6. 僕は精霊使い

文字数 2,253文字

 戦いがいったん止んだこの時、二人は、エミリオの背後から嗚咽(おえつ)が聞こえてくることに気づいて、目を向けた。

 刺客(しかく)の男が泣いていた。

「殿下・・・エミリオ皇子殿下、もうお止めくだされ。」

 そしてほかの男たちも次々と膝を折り、地面に両手をついて、同じく涙を流し始めたのである。

 それを見たギルは、剣を下ろした。

 なぜこんなことに・・・。家来が堂々と帝国の皇子を(ほうむ)りに来る・・・こんな馬鹿なことがあるかと(いきどお)りもしたものの、その姿はもはや(あわ)れでしかなかった。

 そしてエミリオに目を向けると、苦渋の面持ちでそんな家来たちを見つめている。

 そうして重い沈黙が続く中、やや離れた場所にいて、一歩も動けず、一言も発せず、ただただ立ち尽くすばかりの旅仲間たち・・・。特にレッドとシャナイアの二人は、ずっと気持ちの整理をつけることに必死になっていた。

「なによ・・・これ? どういうこと?」

 シャナイアは、この衝撃がこれほど胸に(こた)えているという、それにも戸惑った。特に、エミリオを知ったことよりも、ギルの正体を知らされたことに、より気が動転しているのにも気付いていた。それは、悲しみを(ともな)っていた。本気で()かれ始めていた・・・と、シャナイアは気付いて愕然(がくぜん)とした。

 だがそこで、ふと思い出した。イオの村で、レッドがいきなり妙なことを言い出したことに。

〝お前、エルファラムとアルバドルの皇子を・・・。〟

 そこでレッドが言い(よど)んだ理由に、この時ようやく気付いたのだった。
「あなた知ってたの?」
 シャナイアは(とが)めるようにレッドをこついた。
「知ってたらこんな顔するか。感づいてただけだ。」
 レッドは、まだあからさまに驚いているその顔で答えた。

 そのレッドの左足には、(おび)えきったミーアが(から)みついている。この少女には全く理解できないままに、いつも仲が良くて優しいエミリオとギルの二人が、どうしたのか、突然人が変わったように怖い顔で戦い始めてしまったので、ショックのあまり、そのまま凍りついたようになっていた。

 やがて、ため息をついて静かに歩き出したギルは、地面に膝をついたままでいる刺客の男に歩み寄って行った。

 ギルが剣を(さや)に収めたので、エミリオも何も言わずに見守った。

「聞くが、エミリオ皇子を葬る以外に・・・なんだ。殺す以外にないとでも言いたかったのか。どうやってそれを証明する。首でも持ち帰るつもりか。できないだろう、お前たちには。」
 ギルは男に向かってきいた。

「もしくは・・・それに(あたい)するものを。」
 隊長が答えた。

 ギルは思案し、エミリオの顔を見て、それから彼の剣に視線を落とした。
「エミリオ・・・無理を承知で頼むぞ。その剣を差し出してくれ。」
「それは・・・できない。」
「その紫の宝石が母親の形見だってことは、知ってる。だからこそ、お前を死んだと見せかけられるものは、それだけだ。」

「ちょっと待って、ちょっと待って! そんなの困る!」(あせ)ったカイルがたちまち悲鳴を上げた。「だって、それ(ほか)にはない特別な石なんだよっ。いるかもしれないし・・・。」

「じゃあ、エミリオを差し出す方がいいか。」
「もっと困る!」
「なら(あきら)めろ。」
「嫌だよっ、どっちも嫌だ!」
「わがままかっ。仕方ないだろ、それしか ―― 」
「あ、そうだっ!」

 ギルは、カイルが何を言いだすのかを待った。

「その精霊石を作ればいいんだ。」
「エミリオ、お前を死なせたくない。頼むから ―― 」
「ちゃんと話を聞いてよ! 僕は精霊使いだよ!」

 精霊使いという響きは、妙に説得力があった。リサでの一件のあとでは、なおさら気を引かれた。

「あの力でこの宝石を? どうやって。」

「水晶占いの原理さ。」とカイルは答えて、説明を加えた。「その精霊石は、オルセイディウスに仕える風の精霊の中でも、より優れた使徒が集まって作られたもの。その色や輝きは、普通の宝石とは違って精霊によるものだよ。水晶に風の精霊を送り込めば、そういう色になるんだ。その色と輝きだけなら、この辺りに転がってる石ころで作ることができるよ。違うのは、そこに神の意志が宿ってるかどうかってことだけで、質は一緒。持って帰って、鑑定させればいいよ。まったく同じ結果が出るはずだから。神秘の結果がね。エミリオが持たない限り、大きな違いはでないよ。」

 その通りだった。母の形見であり神秘の宝石であるそれだからこそ、証拠になるのである。

「石の成分はどうするんだ。マズいだろう。」
 ギルがきいた。
「全部抜き取る。風と大地の精霊を操って同等のものを作ってみせるから、まあ見ててよ。ただ、剣は用意できないけど。」

「それでいいか?」と、ギルはその暗殺部隊の隊長に問うた。

 隊長はエミリオ皇子と目を見合うと、ギルに向かって、ぎこちなく首を縦に動かした。

 すると、カイルは腰を(かが)めて、()めるように地面を見回し始めた。この場にいる全員が不安そうに見つめる中で。

 そして、選んだ小石を一つ(つま)み上げた。それをよくよく眺めて、満足そうにうなずく。
「うん、この石が丁度いい。ちょっと悪いけど、そこのおじさん達どいてくれる?」

 両者の間 ―― 暗殺部隊と、ギルとエミリオとの間 ―― に割って入ったカイルは、刺客の男たちを手で追い払った。

「あいつ、俺を含めて言ってやしないだろうな・・・。」と、レッド。

 彼ら三人はやや後方にいたが、エミリオとギルの二人が下がってくることを予想して、さらに数歩後退した。

 二人の皇子も言われるまま、やや腰を引いている仲間たちのそばまで一緒に下がった。





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