10.  賭け

文字数 2,422文字

 男が先に離れていくと、レッドも一緒に席を立った。

「何か(たくら)んでる顔だぜ、あれは。」
 男の背中を(にら)みつけながら、レッドはギルに(ささや)きかけた。 
「たぶんな。だが、こいつが迂闊(うかつ)に一発やっちまったあとの方が、俺は怖いよ。」
 そう答えて、ギルはリューイに指を向ける。
 そのリューイも、レッドに続いてついて来ていた。

 誘われたその場所へ行くと、連中は相変わらず感じの悪い笑顔をそろえ、あまり快いとは言えない態度でギルを迎えた。正々堂々勝負する気がないのは見ても分かる。が、ギルは、まるで警戒心のかけらもないといった顔で、もの怖じ一つせず、その中に加わった。    

 そばには、レッドとリューイもついている。

事態になるまでは、手も口も出さないし、おとなしく見物しているつもりだ。

 一人の男がカードをきり始めた。まるで一枚一枚手に吸い付いていくような、見事な手捌(てさば)き。かなり使い慣れているとみた。なるほど、これなら巧妙(こうみょう)なイカサマを仕掛けるのもお手のものだろう。

 ギルはそう思い、先ほど(ひらめ)いたことをどう持ちかけるかを考えた。

「ちょっと待った。」
「あ?」

 突然ストップをかけられた男は、気に食わないといった目を向ける。だが、男のそんな態度を逆に面白そうに受け止めると、ギルはこう提案した。

「そう言えば、一般的なカード遊びでも、土地によってルールが違うと聞いたことがある。悪いけど、俺はこの辺りの者じゃあないんだ。そこで、こんなのはどうだろう。」

 連中は都合の悪そうな顔を見合ったが、しばらく考えたあと、ギルに先を話すことを許した。

「ほら、あそこにルーレットダーツがあるだろ?」
 ギルは店の奥隅(おくすみ)を指差して言った。

 そこには確かに、赤と白の二色で大きく番号がふられている、またの名を〝回転式抽選ボード〟と言われるものが置いてある。

「あれに五枚くらいカードを貼り付けて、そっちが選んだ一枚を俺が射抜くことができたら、俺の勝ち。それ以外なら、一人につき三倍の賭け金ってのはどうだ。」
 そんなことを、ギルはあっさりと言ってのけた。

 ほかの全員、呆気(あっけ)に取られて口を開けた。そう、レッドとリューイも。

 それから、連中は一斉にふきだした。
「こりゃあいい、一枚を狙って射抜くのだって簡単にはいかないぜ。」
「それも俺たちが選んだ一枚だと?」
 男たちは口々にそう言って、高笑いしている。できっこない。
 だがギルは無邪気な笑顔のまま、「ずいぶん得だろう?」と、少年のような声で言った。
「ようし乗った。おいお前ら、この中に金を集めろ。すぐに三倍にして返してやる。」
 一人が嬉しそうに、仲間の賭け金を自分の帽子の中へ集め始めた。仲間たちの方も、少しも躊躇(ちゅうちょ)せずに大金を手放している。

 思わぬギルの発言に、一方のレッドとリューイは内心(あせ)っていた。レッドは、こんな腕白(わんぱく)小僧が言いだしそうな考えが閃きであったなど、ギルのことを、ほとほと読めない男だと痛感した。

「できなかったら、どうするつもりだ。」
 レッドは(とが)めるようにきいた。これなら詐欺(さぎ)にあって、ひと騒動(そうどう)やらかす方がまだしもだ。
「できなかったら? そんな例え話は無用だ。」
「やったことがあるのか?」と、リューイ。
「いいや。自信があるだけ。」
 この返答にはさすがのリューイも呆れ返り、レッドは、「まぐれか奇跡でも狙うつもりか。」と、うろたえて言った。
 二人には、ギルの妙に堂々としているさまは、ただの無謀(むぼう)か恐れ知らずにしか見えなかった。
「まあ見てろ。」
 ギルはそんな二人を軽く(なだ)めただけで、平然と男たちに向き直った。
「真剣に体で返してもらう。」
 レッドは半ば本気で考え始めた。この男なら、その気になれば三日で(かせ)げるはずだ。

 三人がそうこうしているうちにも、連中の方はカードを一枚選び終えていた。
 ギルは、ルーレットと専用の矢を借りる許可をもらいに、従業員がいるカウンターへ。その間に、ほかの男たちはその勝負の場へと移動した。

 誘ってきた男が選んだカードをギルに見せ、ギルがそれを覚えたところで、五枚のカードはボードに均等に貼り付けられていく。

 そして準備は整った。

「いくぜ。」
 カードを張り付けた男が言った。
「いつでも。」
 矢を構えて、ギルもうなずいてみせる。

 できるわけがない、とは思いながらも、連中もヘラヘラと()まりのなかった顔をひきしめた。大金を手にする期待に胸を膨らませて。

 ところで、この勝負には互いに条件をつけていた。正当な速度で回すこと。そして、一分以内に矢を手放すことである。

 ボードを回した男は、危ないと判断して素早く下がった。

 そして五十秒が過ぎた時、常識を超えた感覚や動体視力、それに集中力が導き出したタイミングで、矢は寸分の狂いもなくギルの手元を放れた。

 ほかの者から見れば、いつの間に矢を手放したのか。連中が気付いた時には、それは確かに一枚の真ん中辺りを突き刺している。

 連中はたまげて、目が飛び出さんばかりに釘付(くぎづ)けになった。矢がとらえたその一枚に。回転しているターゲットを、どうすれば的確に(つか)まえられるのか。色や周りの番号などが多少のヒントとなっても、回ってしまえば、ほとんど意味はなくなるはず。これだけでもじゅうぶん売り物になる芸当だ。 

 ただ、意地悪をして似ているものばかりを用意したものだから、近付いてよく見ないとまだ分からない。

 だがギルは自信に満ちた様子で歩いて行き、矢を引き抜いた。

 ギルは、ニヤッとほほ笑んだ。


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