28. リトレア湖の廃屋
文字数 2,167文字
ギルは笑顔でそう言うと、修理に使えそうな道具を探すため、物置はどこかと尋ねた。
一方、エミリオは内心、修理を手伝いたい思いだったが、老婆は話し相手ができてよほど嬉しいらしい。口調は相変わらずおっとりしているものも、話す猶予を与えず、よく喋るのである。彼女の相手をしてやらなければならない。
聞くところによると孤立無援というわけではなく、何日かに一度は、知り合いの婦人が代わる代わる世話をしに来てくれるという。昔は来客も多くいたが、次第に便利さを求めてほかへ移住してしまったので、この辺りからめっきり人が減ってしまったのだということだった。今では、その婦人たち以外とは滅多に顔を会わせることはなく、旧友の顔も忘れそうになるほどだと言って、彼女は悲しそうに苦笑した。
すぐ頭上で、ミシミシと屋根が軋 んでいた。それをエミリオが気にしていると、心配していた通りに、突然バキッという破壊音 が。
驚いたエミリオが反射的に目を向けてみれば、屋根から足が生えている。
「修理をしに登ったのではなかったのか。」
どうやら無事らしいその様子に、エミリオはほっとして笑った。
「・・・の、つもりだったんだが。」
そう答えながら、ギルは突き出した足を引っ込める。
余計に家を壊されてしまったというのに、ギルが穴から申し訳なさそうな顔を覗かせると、老婆も愉快そうに小石が擦 れ合うような笑い声を上げた。
エミリオは本来の目的を忘れていたわけではなかったが、なかなかその話をきり出そうとはしなかった。孫の代わりが務まるとは思わなかったが、もう少し、ここにこうして一緒にいてやりたかったのである。そこでエミリオは、ひとまずギルが修理を終えるまで待つことにしたのだった。
「このニルスの町は、古代から有名な商業都市じゃった。腕のいい服飾職人に、料理人、工芸家。画家に鍛冶 職人に大工 、建築家。城に持ち込まれるものは全て、その道の名人が手掛けたものじゃった。おかげで城には、質のよいものばかりがそろえられた。その技術は今も受け継がれておる。この町の住人の多くは、その子孫じゃからの。」
そのあともエミリオは、いつまでも終わりそうにない、そんな白亜 の町の歴史話でもてなしを受けた。その中に、偶然にもリトレア湖の小島にある例の廃屋 の話が出たので、結局のところ、わざわざ問うまでもなく用事を済ませることができた。
それによると、例の廃屋は間違いなく、古い時代に建てられた王家の離宮。当時の君主であるセイレン王の要望に応え、建築に関わるそれぞれのプロが、意匠 を凝らして造ったものだそう。さらには、財宝の隠し場所として、小島の地下には洞窟 から入ることのできる通路も造られた。その財宝は今もなお眠り続けているという。
カラスが三度鳴いて、老婆がふと気付いたというように話を終えた。それから、夕食をご馳走すると言って、使い古した台所へよろよろと入って行った。
身を乗り出して、エミリオはその姿を見守った。
屋根を修理し終えたあと、庭の手入れまで自己流に仕上げたギルは、出来栄 えにまあ満足して、ようやく家の中へ戻った。こういう仕事は生まれて初めて体験したが、地道な作業に没頭し、汗水垂らして働いたあとの充実感は清々しく、気持ちがよかった。
顎の汗をさかんに拭いながらやってきたギルは、エミリオと同じソファに腰を下ろしたが、ぐったりと背凭れに倒れかかったその疲れようは、エミリオが思わず笑みを零してしまうほど。
そんな疲労困憊のギルにねぎらいの言葉をかけながら、老婆は出来上がった夕食を運んできてくれた。だがトレーを両手で持つ様子が危なっかしい。気づいたエミリオは、さりげなく動いて手を貸した。
メニューは、カボチャのポタージュと、スライスオニオンやハムなど数種類の具材をのせたオープンサンド。いちおう、珍しい客人に対する精一杯のおもてなしである。
粗末な吊 りランプにはすでに明かりが灯され、外はすっかり夜の色に染まっていた。
やがて食事を終えた二人は、エミリオがギルに用件は済んだと話していたこともあり、不自然だが、このまま礼だけを述べて帰ろうとした。
すると、その矢先。
「ところで、何か用があったんじゃないのかね。」と、老婆の方からきいてきたのである。
「ああ、それは、先ほどのお話の中で偶然 解決したので。リトレア湖にある廃屋について知りたかっただけなんです。では、私たちはそろそろ・・・。」
そう答えながらエミリオは腰を上げ、ギルも同時に立ち上がった。
「あの呪われた離宮についてかい。」
老婆のその一言に、エミリオとギルの表情が変わる。
「呪われた・・・?」
ギルがきき返した。
「ひと昔もふた昔も前の噂だけどね。もう何百年も前から立ち入り禁止になっている禁断の場所だよ。ただ、今ではその理由を知る者は少ない。子供に語って聞かせるには、むごすぎる物語だからね。」
目を見合ったエミリオとギルは、サッと着席。
そして、こう声をそろえた。
「どのようなお話で?」
一方、エミリオは内心、修理を手伝いたい思いだったが、老婆は話し相手ができてよほど嬉しいらしい。口調は相変わらずおっとりしているものも、話す猶予を与えず、よく喋るのである。彼女の相手をしてやらなければならない。
聞くところによると孤立無援というわけではなく、何日かに一度は、知り合いの婦人が代わる代わる世話をしに来てくれるという。昔は来客も多くいたが、次第に便利さを求めてほかへ移住してしまったので、この辺りからめっきり人が減ってしまったのだということだった。今では、その婦人たち以外とは滅多に顔を会わせることはなく、旧友の顔も忘れそうになるほどだと言って、彼女は悲しそうに苦笑した。
すぐ頭上で、ミシミシと屋根が
驚いたエミリオが反射的に目を向けてみれば、屋根から足が生えている。
「修理をしに登ったのではなかったのか。」
どうやら無事らしいその様子に、エミリオはほっとして笑った。
「・・・の、つもりだったんだが。」
そう答えながら、ギルは突き出した足を引っ込める。
余計に家を壊されてしまったというのに、ギルが穴から申し訳なさそうな顔を覗かせると、老婆も愉快そうに小石が
エミリオは本来の目的を忘れていたわけではなかったが、なかなかその話をきり出そうとはしなかった。孫の代わりが務まるとは思わなかったが、もう少し、ここにこうして一緒にいてやりたかったのである。そこでエミリオは、ひとまずギルが修理を終えるまで待つことにしたのだった。
「このニルスの町は、古代から有名な商業都市じゃった。腕のいい服飾職人に、料理人、工芸家。画家に
そのあともエミリオは、いつまでも終わりそうにない、そんな
それによると、例の廃屋は間違いなく、古い時代に建てられた王家の離宮。当時の君主であるセイレン王の要望に応え、建築に関わるそれぞれのプロが、
カラスが三度鳴いて、老婆がふと気付いたというように話を終えた。それから、夕食をご馳走すると言って、使い古した台所へよろよろと入って行った。
身を乗り出して、エミリオはその姿を見守った。
屋根を修理し終えたあと、庭の手入れまで自己流に仕上げたギルは、
顎の汗をさかんに拭いながらやってきたギルは、エミリオと同じソファに腰を下ろしたが、ぐったりと背凭れに倒れかかったその疲れようは、エミリオが思わず笑みを零してしまうほど。
そんな疲労困憊のギルにねぎらいの言葉をかけながら、老婆は出来上がった夕食を運んできてくれた。だがトレーを両手で持つ様子が危なっかしい。気づいたエミリオは、さりげなく動いて手を貸した。
メニューは、カボチャのポタージュと、スライスオニオンやハムなど数種類の具材をのせたオープンサンド。いちおう、珍しい客人に対する精一杯のおもてなしである。
粗末な
やがて食事を終えた二人は、エミリオがギルに用件は済んだと話していたこともあり、不自然だが、このまま礼だけを述べて帰ろうとした。
すると、その矢先。
「ところで、何か用があったんじゃないのかね。」と、老婆の方からきいてきたのである。
「ああ、それは、先ほどのお話の中で偶然 解決したので。リトレア湖にある廃屋について知りたかっただけなんです。では、私たちはそろそろ・・・。」
そう答えながらエミリオは腰を上げ、ギルも同時に立ち上がった。
「あの呪われた離宮についてかい。」
老婆のその一言に、エミリオとギルの表情が変わる。
「呪われた・・・?」
ギルがきき返した。
「ひと昔もふた昔も前の噂だけどね。もう何百年も前から立ち入り禁止になっている禁断の場所だよ。ただ、今ではその理由を知る者は少ない。子供に語って聞かせるには、むごすぎる物語だからね。」
目を見合ったエミリオとギルは、サッと着席。
そして、こう声をそろえた。
「どのようなお話で?」