49.  敵は死に人

文字数 2,123文字

 その窓へ駆け寄ったシャナイアは、思いきって外を見た・・・死体を。だが、ただの魂の抜け殻ではない。シャナイアは不意をつかれて愕然(がくぜん)となった。どんな怪物が襲ってくるかと、いちおう心の準備はしていた。それが、動く死体とは。血の気の無い、土気色(つちけいろ)どころか完全な灰色の顔。ずっと首をかしげているように見える者がいる。まともじゃない。まだ少し距離があるが、とにかく異様なそれらが五体、それでも確かに地面を踏みしめながら歩いて来るのである。

 しかし幸い、冷静に戻るのは早かった。普通ならぎゃあぎゃあ(わめ)き散らして、誰かの胸にしがみ付いているところ。だが今は、不思議と、戦場で相手にした敵と同じように、それらを見ることができた。ただ、手にしているものは、ずいぶん頼りなく思えてならなかった。死体を斬って意味があるの ? と。

 だけど、私が守らなくちゃあ・・・。

 シャナイアは剣をグッと握りしめ、窓を開けてフィクサーを部屋へ入れた。
「鍵をかけて、窓も全部!」

 すぐさま勝手口を閉めた主人は、急いで玄関へ走った。夫人も、シャナイアも、次々と窓に鍵をかけていく。

 ミーアは怖くて仕方がなく、シャナイアの腕に手を伸ばした。ところが、とたんに(こば)まれて驚いた。泣きべそをかいて見上げると、シャナイアも悲しそうに見つめ返していた。

「私に近付いてはダメ。一緒にいてあげたいけど、それじゃあダメなのよ。」

 シャナイアはミーアの手を取って、夫人のところへ連れて行った。ミーアは夫人に手を握ってもらったが、少しも気持ちが楽になどなりはしなかった。

 シャナイアは再び窓辺へ行き、恐る恐る外の様子を見た。
 動く死体はかなり接近していた。腐敗(ふはい)してただれた皮膚(ひふ)に、ボロ布と化した着衣をまとっているのが分かる。やはり、一目瞭然の化け物。
 息を殺してじっとしていると、勝手口には気づかれず、窓の外も横切って行った。だが、それらの進行方向には、分かりやすく玄関がある。

 シャナイアは食堂を出て、玄関へ向かった。

 やがて、外からおぞましい気配がやってきた。
 ドアが揺れ動く。

 蹴破(けやぶ)られる・・・!

 (くさ)りかけている体とは思えない力強さだ。

 シャナイアは覚悟を決め、玄関のドアに向かって武器を構えた。

「シャナイアさん、何するつもりです⁉」
 追いかけてきた主人が怒鳴った。
「皆、二階へ行ってて!」
「いけません、さあ一緒に!」
「私は戦士よ。いくつもの戦場を踏んできたの。簡単には()られないわ・・・見慣(みな)れてるし。」
 動いていないものをだけど・・・と、シャナイアは心の中で付け足した。
 そこへ――。
「シャーナ、そばにいて ! 離れたくない、もう離れるのやだ !」

 振り向くと、あとからついてきたミーアが、今にも泣きだしそうな顔で立っている。その後ろには夫人もいた。
 臨戦(りんせん)態勢をとっているシャナイアは、(きし)むドアの向こうと、心配そうに見つめてくる主人と夫人、それにミーアの顔を、そのまま視線だけを動かして交互に見た。

 シャナイアはため息をつくと、剣を握る手を下へ下ろした。

「分かったわ。二階の一番広い部屋はどこ?」
「え・・・。」
 なぜあえてそこを指定するのかが分からず、主人がきき返す。
「広い方がいいわ。どうせやるなら・・・」
 そう言いながら(かが)みこんだシャナイアは、長いスカートを引き上げ、(すそ)の生地を(ひざ)の上でくくった。
「動きやすい方が。」
 足首まであった素敵な緋色(ひいろ)のスカートは、くしゃくしゃに丸められて、膝上の(たけ)になってしまった。

 蝶番(ちょうつがい)の一つが壊れる音がした。

「早く!」
 ミーアの手を握ったシャナイアは、夫婦を急かして一緒に二階へ駆け上がった。

 四人は奥の部屋へ飛び込んだ。ドアのすぐ近くに本棚がある。十段造りの大きな本棚。それを動かしてドアを(ふさ)ぎ、さらにベッドで支えて防御(ぼうぎょ)を強化した。

 だが、あとの手段など何もない。ただ戦うのみだ。

 稲光(いなびかり)が瞬き、直後に雷鳴が(とどろ)いて、無理に閉じ込めた恐怖心が押し出されてしまう。

 シャナイアは二つある照明を点けて部屋を明るくした。

 ほかの者は部屋の(すみ)に固まって小さくなっている。ミーアは夫人にしっかりと抱かれ、主人は手に一輪挿(いちりんざ)しの銀の花瓶(かびん)を握り締めていた。すっかり(おび)えきっていて戦力にはなれそうになかったが。

 一階で大きな物音がした。ドアが外れて踏み倒される音。

 シャナイアは今いる部屋のドアを(にら)みつけて、再び構えた。階段を上がってくる音、そしてのろい足音が途切(とぎ)れることなく響いてくる。その気配は着実に近づいていて、次第に大きくなる。

 息苦しい・・・不意打ちを警戒する時でさえ落ち着いていられたというのに。やはり相手は化け物という意識が(ぬぐ)いきれないせいか。引き締めた気持ちと競り合うように動揺がある。強気と弱気を行ったり来たりする。常に強気でいたいのに、ふと切り替わってしまう。あわてて立て直すものの、いよいよ切迫していて完全に打ち勝つことはできそうにない。そんな時間なんてない。もう、すぐそこに来ている。

 戦場では、何をどうすればいいのか、意識しなくても働いてくれた反射神経。お願い、機能しますように。

 そう祈りながら、シャナイアは臨戦態勢を崩さずゆっくりと深呼吸をした。

 来た・・・!







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