42.  犠牲

文字数 2,141文字

 その一方、ギルはやっとのこと逆さ吊りでいるレッドの頭の下までくると、剣の切っ先を上へ向けて構えた。

 こいつを手放すしかないか・・・。

 魔物がすばしっこく逃げ回るリューイに躍起(やっき)になっているおかげで、どうにか救出のチャンスを得たものの、それが体中から出しているものが目の前で入り組んでいるため、手が届く範囲では、どれがレッドの足を縛っているものに繋がっているのかが分からない。思いついた案を実行するには、自身を犠牲にしなければならなかった。

「頭を守れ、レッド。上手く落ちろよ。」
 ギルは慎重に狙いを定める。
「何する気だ!」
 ハッとしてレッドが怒鳴る。
「心配するな、俺を信じろ。」
「そんなことを言ってるんじゃない!」
「いいから動くな。」
「バカよせ、それを手放したら・・・!」

 レッドの言葉を聞き流して投げたギルの剣は、やはり見事な命中率で、レッドの片足に巻きついているものを貫き、ちぎりきった。

 左腕をとられた。あっと思う間もなく次々と絡みついてくる。武器を失ったギルは鞘に手を伸ばしたが、それを外すよりも先に右手首をも引っ張られ、さらに四方から伸びてきたものが肩と胸を縛り上げる。もはや、完全に動きを封じられた。

 レッドは、肩からしたたかに廊下に叩きつけられていた。腕のつけ根を痛め、頭に血が上っていたせいで眩暈(めまい)に襲われながらも、首を振って視野が定まると(あわ)ててギルを見た。

 その体は、もはや逃れる(すべ)も無くがんじがらめにされている。

「そうなるだろ・・・いっ。」

 肩をつかんで立ち上がったレッドは、取り上げられた自分の剣を探した。簡単に見つけることができた。すぐ状況に意識を向け直すと、(うめ)き声が聞こえる。このあいだもギルの胴体はじりじりと締め上げられているようだ。

 ギルの投げつけた剣は、天井を飾る華やかな金属の隙間(すきま)(はま)っていた。かなりの高さがあり、超人的跳躍(ちょうやく)力のリューイでも、とうてい引き抜くことはできない。だが頭が途方(とほう)に暮れる前に、夢中になっている体の方がとんでもないことをしていた。このおぞましい怪物が吐き出しているものが、ふと気付いた時には恰好(かっこう)の踏み台になっていたのである。自分の行動に仰天(ぎょうてん)しつつも、とにかくリューイは、ギルの大剣を手にすることができた。

 リューイは、ギルのそばでやたらにその剣を振り回した。

 一方、剣を二本とも取り戻したレッドも、どうにも邪魔な障害物に乱打をくれながら駆け寄った。

「よし、先に行けっ。」
 (もだ)えながらギルが言った。
「どこがよしだ、意味が分からん。」
 ギルに背中を向けているレッドが、(あき)れて言い返した。
「分かるだろ、あれに勝てると思うか⁉ これは作戦だ。俺はいいから、今のうちに置いて行けって意味だ。」
却下(きゃっか)する。」
「そんなこと、できるかよ。」

 レッドもリューイも、肩越しに一瞬だけギルを見た。レッドの目つきは怒っているし、リューイはうろたえているのが見て取れた。

「気使い合ってる場合か。こいつには俺のこの体をくれてやる。一人でも足りないくらいなんだぞ。今のうちに早くほかの道を当たれ!」

 懸命に言い聞かせようとするその言葉も(むな)しく、二人の奮闘するさまは激しさを増すばかりだ。魔物は吐き出したロープのようなものを豪快にうねらせ、そんな二人をも捕まえようとたけり狂っている。見ているだけの立場というのは苛立たしい。ギルは腹の底から(しか)りつけて言うことをきかせたかったが、もう息をするのも難しく、本当なら何かを話せる状態ではないのである。

 そんな中、エミリオは、この状況をただ無為(むい)傍観(ぼうかん)しているわけではなかった。カイルの呪術が効かない理由も察していた。だから魔物を(ひる)ませなければいけないと気付き、カイルを(かば)いながらも、体を攻撃できる場所まで抜けられる方法を探っていたのである。だがそう悩んでいる間にも、ギルは絞め殺されてしまうだろう。

 やむやく、エミリオは一旦カイルのそばを離れた。

 ギルは視界の片隅(かたすみ)に、華麗に大剣を振るう男の姿を目に留めた。
「お前まで何してるんだ、エミリオ!早く、この聞きわけのない馬鹿どもを連れて行け!」
 エミリオは、聞きわけのないその二人を見もせずに、「私でも聞いてもらえそうにない。」と、返した。
「ええい、どいつもこいつも。そんなに仲良く食われたいかっ。」
 ギルはもう、それ以上何も口にすることができなくなってしまった。呼吸はどんどん苦しくなっていく。

 その頃、カイルは依然(いぜん)として力の限り使役できる精霊を求めていたが、漲る力を得ることは一向にできそうになかった。何度呼びかけても、手応(てごた)えは返ってはこない。その気配どころか、(きざ)しさえも感じられない。無力で未熟・・・という思いが、(あせ)る気持ちにますます拍車をかけ、同時に落胆(らくたん)させた。

 ただ・・・カイルは、役立たずで弱気になり始める自身とも闘いながらも、実は頭の片隅に〝 最後の手段 〟という、思い詰めた言葉を長く居座らせていた。

 最後の手段・・・つまり、切り札。

 なかなか実行に移さなかったのは、実際にそれが、それこそ下手をすれば死を招く、かなりの危険を(ともな)うからだ。だが、何度も何度も躊躇(ちゅうちょ)し考えあぐねたあげく、ついに、ほかに(すべ)はないと決断した。

 これしか・・・方法は・・・ええい、ままよ!




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