21. 昼間の連中
文字数 2,327文字
「そうか・・・。」
仲間もみな沈黙した。
店内の騒音さえ虚 ろに耳をすり抜ける。
テリー・レイ・アークウェット。彼は旅路でライデル率いる盗賊一味と出くわし、奇妙にも意気投合して一夜を共にしたのだが、そこで年若いレッドを目にし、熱心に彼を引き取りたいと申し出た。それというのも、ライデルからレッドの身の上話を聞いたテリーが、その勇気と正義感に惚 れこんで、レッドの素質を見抜いたからである。
レッドを自分たちには染まらせず、息子のように可愛がっていたライデルは、だからこそレッドが承知したならば手放そうと決め、テリーについていくかときいた。
すると、ライデルや仲間たちをとても慕 っておきながら、窃盗にはほとほと嫌気がさしていたレッドは躊躇 して、なかなか決断せずにいた。
そこでライデルは、とうてい敵 わないと分かっていながら、レッドには「勝った方について行け。」と言って、テリーに決闘を申し込んだのである。それをレッドも承知した。
結果、ライデルは敗れた。
そこで実際にアイアスの衝撃的な強さを見て知ったレッドも、ライデルの胸の内を理解して何も言わずに別れだけを告げ、そうしてレッドは、テリーという伝説の戦士に引き取られていった。
その後、テリーに約三年間マンツーマンで剣術を教わり、凄まじい速さで技を身につけ、戦う術 を習得していったレッドは、やがて、テリーと同じく、大陸最強の組織アイアンギルスの試験に臨む。そして、数か月にわたる全ての試練に合格し、ストレートでその資格を得た。
アイアスの試験官には現役のアイアスも含まれ、交替で務めている。そのため、テリーが試験管を務める番に合わせて受験したレッドの二次試験 ―― 現役のアイアスと共に戦場を渡り歩く ―― には、師匠のテリーが同行した。
だが・・・そうしてレッドを期待通りに育て上げ、さあ独り立ちさせようという矢先に、その弟子の犠牲となってテリーは死んだ・・・。
下を向いたレッドは、眉間 に皺が寄るほどぎゅっと目を閉じて、よみがえる辛い記憶をひとまず消し去った。
そこへ不意に、出入り口から荒々しい声や靴音 が響いてきた。それは喧噪 に紛れていたが、それでも耳に飛び込んできた。ガラの悪い客が入店したらしい。
ギルは、反射的に目を向けた。そのとたん、顔色を変えて首を振り戻した。そして、「なんてこった・・・。」と、呟いた。
どうしたのかと、レッドも同じようにそちらを見やる。やはりすぐに顔を背 けて、「まずいな・・・。」と、言った。
だが続いて、「あっ・・・。」と声を上げたリューイだけは、堂々と顔を上げたままでいる。おかげで早速見つけられてしまったようだった。
昼間、さんざんコケにした連中に。
ギルとレッドは、チラっと覗 き見た。昼間の男たちがこちらに向かって腕を突き出し、指差して、目を丸くしているのが見えた。その目にみるみる憎悪 がこもっていく。
「面倒なことになりそうだな・・・。」
ギルが下を向いたままで言った。
「見ろよ、あの顔。あは、すっげえ怒ってる。」
リューイは奇妙にもおかしくなった。
「おいおい、いったい何をやらかしたんだ。」
言葉のわりには、ライデルが普通に囁きかける。
「ああ、ちょっとな。」
レッドはいい加減に答えた。
そうしている間にも、男たちはずんずんと足を踏み鳴らして近づいてくる。
「きさまら・・・。」と、そのうちの一人が興奮して言った相手が悪かった。
男がただ腕を伸ばして指を突きつけてきただけで、リューイはいきなりその手を取ると、さっと腰を落として、豪快に投げ飛ばしてしまったのだ。
「しまった、つい・・・。」
条件反射だった。もう、体がその気になっている。そもそもリューイは、昼間のあの時にも先に手を出そうとした。それをギルがたまたま止めただけだ。
「兄ちゃん大胆だね。」
ライデルもさすがにぎょっとしたが、まだしっかりと椅子に座っていた。
一方、テーブルの上でしたたかに背中をぶつけた男の仲間は、口を開けて唖然 とした顔。
「お連れさん方は喧嘩の仕方をちゃんと心得ているのかい、レッドよ。」
火蓋をきった金髪青年に目を奪われながら、ライデルはきいた。
「喧嘩・・・はどうだか知らんが、たぶん皆より腕はたつよ。」
「あんな綺麗な顔でか。二人とも傭兵 じゃねえんだろ。今のは正直ぶったまげたが。」
「取っ組み合いなら、あいつは俺なんかより遥かに強い。」
「言っておくが協力はしないぜ。無関係のいざこざに首を突っ込むのは趣味じゃねえんでな。」
「手はいらないが、邪魔もしないでくれよ。」
「ふ、口が達者になりおって。さて、腕の方はどうかな。」
そこでようやく、ライデルは腰を上げた。
「お前ら、台無しになる前に皿と酒を持って避難しろ。喧嘩がおっぱじまるぞお。」
その声は子分たちだけでなく、店内にいるほかの客 全てを端 へ移動させた。酔いつぶれた男を仲間が引きずり、とばっちりを食うまいと酒や料理を持ち上げ、あっという間に壁際 に人垣 が出来上がってしまった。
野次馬たちが酒の回っためちゃくちゃな呂律ではやしたてる。彼らにとって乱闘など、見物する分にはよい退屈しのぎでしかない。その証拠に、さっそく博打 のネタにされてしまったようだった。
投げ飛ばされた男の仲間は、今やカンカンにいきり立っていた。空いた大皿やら、そのへんに転がっていた瓶 やらを手に、今にも襲いかからんばかりだ。
「リューイ、ここは町の中だ。分かってるな。」
「気をつけるよ。」
リューイの〝うっかりしないように〟という意味のいつもの返事を確認しながら、レッドは羽交い絞めを仕掛けてきた一人目の鳩尾 に肘鉄 をめりこませ、次いでその左頬に鉄拳をお見舞いした。
仲間もみな沈黙した。
店内の騒音さえ
テリー・レイ・アークウェット。彼は旅路でライデル率いる盗賊一味と出くわし、奇妙にも意気投合して一夜を共にしたのだが、そこで年若いレッドを目にし、熱心に彼を引き取りたいと申し出た。それというのも、ライデルからレッドの身の上話を聞いたテリーが、その勇気と正義感に
レッドを自分たちには染まらせず、息子のように可愛がっていたライデルは、だからこそレッドが承知したならば手放そうと決め、テリーについていくかときいた。
すると、ライデルや仲間たちをとても
そこでライデルは、とうてい
結果、ライデルは敗れた。
そこで実際にアイアスの衝撃的な強さを見て知ったレッドも、ライデルの胸の内を理解して何も言わずに別れだけを告げ、そうしてレッドは、テリーという伝説の戦士に引き取られていった。
その後、テリーに約三年間マンツーマンで剣術を教わり、凄まじい速さで技を身につけ、戦う
アイアスの試験官には現役のアイアスも含まれ、交替で務めている。そのため、テリーが試験管を務める番に合わせて受験したレッドの二次試験 ―― 現役のアイアスと共に戦場を渡り歩く ―― には、師匠のテリーが同行した。
だが・・・そうしてレッドを期待通りに育て上げ、さあ独り立ちさせようという矢先に、その弟子の犠牲となってテリーは死んだ・・・。
下を向いたレッドは、
そこへ不意に、出入り口から荒々しい声や
ギルは、反射的に目を向けた。そのとたん、顔色を変えて首を振り戻した。そして、「なんてこった・・・。」と、呟いた。
どうしたのかと、レッドも同じようにそちらを見やる。やはりすぐに顔を
だが続いて、「あっ・・・。」と声を上げたリューイだけは、堂々と顔を上げたままでいる。おかげで早速見つけられてしまったようだった。
昼間、さんざんコケにした連中に。
ギルとレッドは、チラっと
「面倒なことになりそうだな・・・。」
ギルが下を向いたままで言った。
「見ろよ、あの顔。あは、すっげえ怒ってる。」
リューイは奇妙にもおかしくなった。
「おいおい、いったい何をやらかしたんだ。」
言葉のわりには、ライデルが普通に囁きかける。
「ああ、ちょっとな。」
レッドはいい加減に答えた。
そうしている間にも、男たちはずんずんと足を踏み鳴らして近づいてくる。
「きさまら・・・。」と、そのうちの一人が興奮して言った相手が悪かった。
男がただ腕を伸ばして指を突きつけてきただけで、リューイはいきなりその手を取ると、さっと腰を落として、豪快に投げ飛ばしてしまったのだ。
「しまった、つい・・・。」
条件反射だった。もう、体がその気になっている。そもそもリューイは、昼間のあの時にも先に手を出そうとした。それをギルがたまたま止めただけだ。
「兄ちゃん大胆だね。」
ライデルもさすがにぎょっとしたが、まだしっかりと椅子に座っていた。
一方、テーブルの上でしたたかに背中をぶつけた男の仲間は、口を開けて
「お連れさん方は喧嘩の仕方をちゃんと心得ているのかい、レッドよ。」
火蓋をきった金髪青年に目を奪われながら、ライデルはきいた。
「喧嘩・・・はどうだか知らんが、たぶん皆より腕はたつよ。」
「あんな綺麗な顔でか。二人とも
「取っ組み合いなら、あいつは俺なんかより遥かに強い。」
「言っておくが協力はしないぜ。無関係のいざこざに首を突っ込むのは趣味じゃねえんでな。」
「手はいらないが、邪魔もしないでくれよ。」
「ふ、口が達者になりおって。さて、腕の方はどうかな。」
そこでようやく、ライデルは腰を上げた。
「お前ら、台無しになる前に皿と酒を持って避難しろ。喧嘩がおっぱじまるぞお。」
その声は子分たちだけでなく、店内にいるほかの客 全てを
野次馬たちが酒の回っためちゃくちゃな呂律ではやしたてる。彼らにとって乱闘など、見物する分にはよい退屈しのぎでしかない。その証拠に、さっそく
投げ飛ばされた男の仲間は、今やカンカンにいきり立っていた。空いた大皿やら、そのへんに転がっていた
「リューイ、ここは町の中だ。分かってるな。」
「気をつけるよ。」
リューイの〝うっかりしないように〟という意味のいつもの返事を確認しながら、レッドは羽交い絞めを仕掛けてきた一人目の