13.  両親のもとへ

文字数 2,904文字

 赤ん坊をシャナイアがあやしながら、一行は木立(こだち)の中で暗くなるのを待った。この子を親のもとへ届けに行くために。もし生贄(いけにえ)の子だと分かれば儀式がやり直される恐れがあるので、暗い方が都合がいい。

 夕方になって涼風が吹き始め、そして夜が訪れた。上空を雲が覆っているために、月も星も見当たらない。不気味な夜。今夜は特にそう感じられた。この町にいるせいだ。

 ランタンの明かりのもと、一行はできるだけ人目を避けて赤ん坊の家へと向かった。夜の街の明かりからは次第に離れていき、そのまましばらく進むと、再び木立に突き当たった。細い木が目立つが、もっと葉を茂らせたその森の中を、リトレア湖の支流の一つがゆったりと流れている。

 キースの案内に従って、堤防の役割をしている石垣(いしがき)沿いを進んだ。その子の母親の匂いを嗅ぎつけたキースの足取りは、一度も滞ることがなかった。

「おい、間違えてあの女の所へ来てしまった・・・なんてことには、ならないだろうな。冗談にならんぞ。」
 レッドが心配してきいた。
「こいつを信じろよ。」
 リューイは自信満々に答えてみせた。

 ジャングル育ちのキースは、訓練された犬並みに優れた臭覚と、判断力の持ち主だ。確実に(にお)いを嗅ぎ分けることができる。赤ん坊の御包(おくる)みに染み付いている、特に強いほかの匂いは三つ。恐らく一つはその子の母親のもの、一つは司祭者の女、そしてシャナイアの匂い。女の匂いは飛びかかった時に覚え、シャナイアの匂いも区別できる。ゆえに、残る一つが母親のものに違いない。 

「この町の雰囲気が暗かったのは、あの儀式のせいだったのね。」
 シャナイアが不意に言いだした。
「それで、俺は人でなしだと思われたのか。」
 誤解が解けたからよかったものの、それでもリューイはショックで肩を落とした。
「町の不良仲間だと思われたんじゃないか。こんな日に平気でいられるのは、あいつらくらいだろう。」
 ギルが言った。

「あんな儀式が行われてるってことは、この町のどこかで、何かが起こってるってことだろう? それも、町の人みんなが困ることが。」
 レッドが言った。
「また化け物が出てるのかよ。」
 リューイはリサの村での一件を思い出した。

「呪いにもいろいろあるから、魔物が出たとは限らないけど・・・。だけどあの感じ・・・何か別の種の・・・特殊な感じがした。」
 その儀式を抜け出してからというもの、ずっと考え込んで無口になっていたカイルが、ここでようやく口を開いた。

「明日またあの場所へ行って、調べてみるかい。」
 そう提案してきたエミリオに、カイルは硬い表情でうなずいた。

「ところで、お前、大丈夫なのか。リサではずいぶん参っていたようだが。」 
 そう声をかけたギルは、ずっと様子をうかがうようにしながら隣を歩いていた。
「平気ではないが、少し慣れたかな。」と、エミリオは苦笑した。
「呪いって免疫(めんえき)つくのか・・・。」と、ギル。 

「だけどさ、カイル。今日初めてってわけじゃないみたいだったろ。」リューイが言った。「あいつら慣れたようにあの場所へ向かってたから、あれでもちゃんと効果があるから続けられてるんじゃないのか。」

「単に、また困ることになるのを恐れているだけかもしれない。そう吹き込まれてな。何があったかは知らないが、少なくとも、それからは平和だったんだろう。」
 レッドが言った。

「確かに嫌な空気を感じたし、彼女も霊能力者であるなら、あの場所を分かってやってるんだろうから、そこでお(はら)いの儀式をやること自体はおかしくないんだけど・・・あんなことするなんて、おかしいよ。あの女の人・・・怪しいよ。」

「そもそも、今の時代で人間を生贄にするなど異常だ。彼女の自作自演って線が強いだろうな。何が目的かは知らんが。」

 ギルの言葉に、エミリオも深刻な顔でうなずいた。

 何のために生贄を捧げているのか。一体、何がこの町に起こったというのか。見た限りでは何の変哲もないどころか、美しく立派な町なのだが・・・。

 沈黙が覆った。

 レッドが赤ん坊の顔をのぞき込んでみれば、今はすやすやと穏やかに眠っている。

「赤ちゃん可愛いね。」
 レッドの首にしがみついているミーアが言った。夕方になると、寒いのと疲れたのとで、ミーアはたいてい誰かに甘えて抱いてもらうのが習慣になっていた。

「お前とたいして変わらないな。」
 ついついレッドがからかった。赤ん坊呼ばわりすると気を悪くされるのは知っているのだが、反応がまた可愛いのでついやってしまう。

 そんなレッドに向かって、ミーアは舌を突き出し、派手に顔を背けて、(ほお)を一杯に膨らませた。

 不気味に暗い木立の中に、すねたミーアを(なだ)める声と、レッドを責める声と、そして笑い声が響いた。 

 その森を抜けると、広々とした畑のある場所に出た。そこをしばらく進んでキースの足が止まったのは、後ろに(かつら)の大樹を(ひか)えた平屋の家である。 

「この家ね。」

 そう言うとシャナイアは、赤ん坊を届けに行くのに、エミリオに同行を頼んだ。もし変に怪しまれたりしたら、自分では対処できないからだ。 

 その家の玄関へと向かう二人を、ほかの者は少し離れた場所から見守った。 

 エミリオが軽く玄関戸を叩いた。しばらくして、何の返事もなくそれは(おもむろ)に開いた。そして中から顔をのぞかせたのは、沈んだ表情で()し目を一向に上げようとしない女性。ひどく悲しみに暮れている様子も無理はない。 

 そんな彼女に、エミリオはあたかも聖者様のようにほほ笑んだ。
「この子のお母さんですね。」

 言われて顔を上げた女性は、目の前に立つ二人の男女をはっきりと認めた。言葉を失った。女神と見紛(みまが)う美女と、思わず(あが)めそうになるほど神秘的で秀麗(しゅうれい)な青年がいる。 

 そして、天に()されたはずの(いと)しい我が子・・・。

「あ・・・あ・・・。」

 彼女は言葉にならない声を漏らして、震える両手を差し伸べた。その手にシャナイアがゆっくりと赤ん坊を手渡してやると、突然、彼女はガクンと腕を落としかけた。力が入りきらなかったようだ。

「ああ危ない!」シャナイアはあわててその腕を支えた。「ほら、しっかり抱いてあげて。」

 女性は胸にぎゅっと我が子を抱き締めた。そして、礼を言うのも忘れてやにわに背中を返し、居間へと駆け込んで行ってしまった。

「あなた、あの子が、私たちの子が帰ってきたわ! 神がお許しになられたのよ!」

 そのあと男性の声で、赤ん坊のものらしい女の子の名前を叫ぶのが耳に飛び込んできた。そして、言葉にならない涙混じりの歓声がそれに続いた。

 エミリオとシャナイアは、自然とほころぶ顔を見合わせる。そして、この家からそっと離れて、待たせていた仲間たちと道を戻り始めた。



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