22.  喧嘩

文字数 3,070文字


 レッドは喧嘩(けんか)慣れしていた。そのほとんどは和解役に割って入るのだが、結局はいつも、聞きわけのない連中を手荒な方法で黙らせてしまうことになり、喧嘩両成敗という結果に落ち着くことが多い。ただ、今は具合の悪いことに、取っ組み合い、殴り合いでは、負傷している方の腕はほとんど使いものにならない。それどころか、(かば)いながらやり合わなければならなかった。

 一方ギルの方は、戦はともかく喧嘩沙汰には縁がなかった。そこで、「悪いが、俺もこいつを使わせてもらうぜ。何か手にしていないと落ち着かん。」と、壁に立て掛けてあったモップに手を伸ばした。

 その直後。大股で接近してきた男の振るう(びん)をスッとかわしたギルは、(たく)みな動作で相手の右肩を強打した。(ひざ)を折って(うめ)いているその男のそばで、ギルは「持ちにくいな・・・。」と呟き、これからその掃除道具をどう扱うかに頭を悩ませた。

 レッドが突き出した一撃が怒り狂った男の出鼻に命中すると、もつれ合うようにして二人の男が倒れた。雄叫びを上げてすぐ、次の相手が飛びかかってきた。が、レッドはそいつの握り拳を難なく受け止めて腹に膝蹴(ひざげ)りを仕掛け、床にうずくまらせた。

「いいぞお、やれやれいっ。」
 ライデルは腕を組み、大口を開けてがははと笑う。

 へべれけに酔っ払った男が、頭上で腕を振り回す。ジョッキを突き上げた男が、わけの分からないことを(わめ)きたてる。

 面白いことに、酒に酔ってただ笑うばかりと思われた見物人たちも、呂律は相変わらずあやふやなものの様々な言動をした。ギルの鮮やかな剣捌(けんさば)きならぬ棒捌(ぼうさば)きには、()れ惚れして長い感嘆(かんたん)吐息(といき)を漏らし、リューイが連続技で二人の男を()り飛ばした時には、目を見開いて一瞬静まり返った。

 テーブルだろうが椅子だろうが、リューイは所構わず身軽に飛び乗って、必要以上に動き回り、完全に男たちを翻弄(ほんろう)していた。

 実際、リューイは楽しんでいた。アースリーヴェの密林にいた頃は、毎日のように疲れ果てるまで樹海を駆け回ったり、海で泳いだりしていたものだったが、そこから離れて一人旅に出てみれば、あまりに違う世界が待っていて、以前のように遊ぶことができなくなった。そんな子供のように我慢していた気持ちが一触即発されると、自制心など簡単に自分の中からどこかへ行ってしまった。

 そんなリューイに度々目をやりながら、ギルとレッドは(あき)れて肩をすくう思いだ。

 たちまち殺伐(さつばつ)とした店内は、もはや大乱闘。

 ガラの悪い見物人たちは愉快そうに腕を振り回し、いつまでも何か聞きとれぬ野次を飛ばしている。やかましい笑い声を上げ、この騒動を鑑賞しながら、肉や魚をむしゃむしゃとむさぼり、ビールを飲み干して口をぬぐう。

 背中合わせに、レッドは誰かとぶつかった。ハッとして肩越しに振り向くと、そこにはひらりと飛び退()いて攻撃を()けた直後のギルが。

 互いの目が合い、不適な笑みを交わし合う。 

 そこへ、それぞれ相手にしようとしていた二人の男が、いきなり降ってきた人間に押しつぶされて、ともども床に倒れた。横っ飛びにその男たちの背後からぶつかってきたのは、リューイが胸倉をつかみ、引っ張り回したあげく放り投げた太った男だ。

 手間が省けた。

「ありがとよ。」
 ギルが礼を言った。

 それにリューイもニヤリと笑って返した。

 その時、リューイの足元で倒れていたまた別の男が、(うめ)きながら無理に体を起こして、(ほこり)まみれの手を伸ばしてきた。

「お前、丈夫だな。」

 呆れたようにそう言ったリューイは、もはやヨレヨレの男を見下ろして立っていただけだった。そのため的が外れて左(そで)をぐいと引き下げられたリューイは、素早く胴着から腕を抜いて男に組みかかり、また無造作(むぞうさ)に放り投げた。
 
 この男も簡単に宙を舞って壁に激突した。こともあろうに腐った羽目板(はめいた)が割れ、ヘロヘロになった男の体は、ベキッという破壊音と共に別の部屋へ飛び込んでいった。
 サッと()けて、飛んでくる男に道を空けてやった見物人たちは、腹を抱えて大笑い。また分からないことを楽しそうに(わめ)いて、(のど)に勢いよく酒を流し込む。

「レッドを手放して正解だったな。」
 寂しそうにそう呟いたライデルは、何を言っているのかと目を向けてきた子分たちに、レッドの方へ(あご)をしゃくってみせた。
「見ろよ、あいつの顔。悔しいが、俺たちといた時よりも輝いてるじゃねえか。」
 (かしら)のいつになくキザなセリフに、仲間たちは一斉にふきだした。
 だが、それから一様に笑みを浮かべて、レッドとその友人たちを眺めた。
「いい奴らじゃないか。二人共最高だ。」
「仲間は飽きない奴に限る。」
 ライデルの言葉に子分のリオが付け加え、男たちは肩を組んで互いの(きずな)を確かめ合った。

 最後を決めたのはレッドだった。

 ふと気づくと、包帯から血が滲んでいる。さすがにマズイと思ったレッドは、後ろ向きに椅子に飛び乗ると、(なぐ)りかかってきた男の顎を蹴り上げた。男はテーブルの上を滑り落ちて、おまけに自分で倒した椅子の下敷きに。

 執拗(しつよう)に立ち向かっていた男たちも、これでようやく全ておとなしくなった。気絶するか、苦しそうにうずくまるかで、どのみちもう戦闘不可能の様子。

 三人の勝利に、ほかの客はみな(あぶら)ぎった腕をさかんに振りたて、一斉に拍手を送った。
 耳障(みみざわ)りな声で野蛮な喝采(かっさい)を浴びせかけてくれるが、見かけほど悪い奴らではなさそうだと、ギルは苦笑いでその歓声に応えた。

「さて・・・と。」

 ギルは腰に両手を当てて、深々とため息をつく。それからカウンターの方へ足を向け、そこに居るいかつい店長の前でもまた苦笑した。

 その店長は、この争いの渦中にいながら少しも動じず、澄ました顔で食器を拭き続けていたのである。肝っ玉の座ったこの男は、幾多の実戦を積んできた古兵(ふるつわもの)で、店をめちゃくちゃにされることもしばしばだった。その場合、大損害を(こうむ)った分はたっぷりと利息をつけて償ってもらうのが彼の流儀だ。

「たいした見世物だったぜ。ところでこの始末、いったいどうつけてくれるんだい。」
 店長は手にしている皿から目を離すことなく、目の前に立った若者に言った。

「その件だが・・・これで勘弁していただけないだろうか。」
 ギルは、着衣からつかみ出した巾着袋をカウンターの上に置いた。

 ガチャリという小気味のよい音が鳴った。

「札束もある。修理代にはなるだろう。」

 いかつい店長は、視線をだけを動かしてそれを見た。そして、やっと若者にも目を向けた。

 彫りが深くて厳しい目つきのその顔を、ギルも真っ直ぐに見つめ返した。
「すまないが、粗大ゴミの始末・・・いや間違えた、片付け程度にそれもお願いしたい。」
 店長は精悍(せいかん)な顔を少し崩した。
「また来な。」

 丁寧に頭を下げたギルは、背中を返してそのまま出入り口へ向かう。
 リューイもすぐに続いた。

 レッドだけが、名残(なごり)惜しげにゆっくりと爪先を向けた。
「それじゃあ・・・。」

 すると・・・。

「テリーに、喧嘩の仕方は教わったか。」

 レッドは立ち止まった。ライデルは笑顔を浮かべていたが、食い入るような熱い眼差しをしている。その目を見つめ返して、レッドは答えた。

「いや・・・。」

 レッドは背中を向けた。歩きだしざまに軽く手をひと振りし、すぐに二人のあとを追って行った。

 ライデルもその子分も、レッドが店を出るまでは黙って見送った。

「あの鉄拳の繰り出し方・・・親分にそっくりだったな。」
「ああ、身ごなしもだ。」
 やがて子分たちが口々にいいだした。

 その(すき)に酒瓶をひったくったライデルは、嬉しそうに中身を全部飲み干した。




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