第29話 後の先
文字数 1,710文字
大統領の杞憂 は、意に反して現実となった。
当初、ハミル総長が公表した文献発見に絡む疑惑は小さな記事で伝えられた。しかし、氷河観測省の不祥事と思われていた案件に国際文化省の関与が囁かれ始めると状況は一変する。
観測省の度重なる不祥事は大統領を、そして文化省の関与疑惑は事件の背景としてシェブリーを浮き上がらせる。各新聞は国民の期待する筋書きを揃え、興味本位に大統領選挙と絡めて一斉に報じた。
シェブリー文化総長は冷静を装い、誰かが自分を陥 れるために流したゴシップであると、暗に大統領を非難した。そして、裏では金をばら撒き、早急に噂を消し去ることに躍起となっていた。
大統領は、自らが任命した総長の発言とあってシェブリーに対して効果的な反論を行えずにいる。大統領とシェブリーはお互いに苦虫を噛み潰したような心境で対峙せざるを得なかった。
―大統領執務室―
大統領は、執務室の中を落ち着きなく歩き回っていた。ソファーにはボーリック副大統領とマランド秘書官が座り込み、大統領の動きを目で追っていた。
「心配したとおりになったよ。確かに彼女のイメージは清廉で素晴らしいが、もっと考慮すべきだったのかもしれない」
大統領が鎮痛な表情を浮かべ落ち着きなく歩いている。秘書官は厳しい顔で頷き、腕を組み直すと沈んだ口調で追随した。
「私もそう思います。彼女の前歴をもっと考慮すべきでした。病気を理由に暫く休養を取らせたらどうでしょうか」
他人事のように聞いていたボーリックは(あの前歴があるからこその総長なのだ。彼女の発言だから意味があるんだよ)と心の中で溜息をついた。
「休養か…」
大統領は立ち止まり、指で米噛みを押さえながら呟いた。ボーリックは、つまらない会話に欠伸を我慢しながら口を開いた。
「大統領、私は何の問題もないと思うんだが…」
「問題ない?、君の推薦したハミル総長のせいでこうなったのだがね!」
不満を吐き出す糸口を見つけた大統領は、ボーリックに向かって大きな声を上げた。ボーリックは、落ち着きを失った大統領を見つめ(討論と駆け引き、これが彼の弱点なのだ)と思いながら首を振った。
「困っているのはシェブリーも同じだ。この件は、悪くても痛み分けで終わるさ」
「ボーリック、楽観的過ぎないかね」
「まあ、向こうが動くなら、それに合わせてこっちも動くしかないだろうがね」
ボーリックは何事もなかったような顔で大統領に笑顔を返した。
―文化総長室―
「この件で私がいくら金を使ったと思っている!、あいつの収賄事件さえなければこんなことにはならなかったのだ!、あの馬鹿が」
シェブリーは前観測省総長を頭に浮かべて早口でまくし立てた。
「総長、放っておいても大丈夫だと思いますが?」
テーブルを取り囲んでいた選挙担当長が発言した。
「いや、だめだ。何としてもこの件はでっち上げだと国民に納得させろ。もうそこに大統領の椅子があるのだ」
シェブリーの話をバルム委員長が引き取って答えた。
「省員の方は問題ありません。主だった省員には金を握らせました」
「すべてだ、すべての省員に金を掴ませろ!、そうしなければ安心できん」
「分かりました。それより問題は国際氷河観測省総長です」
「金ではどうにもならんと言うことか?」
「そうです、理屈の分からない政治家には困ったものです」
バルムはそう言いながら一冊のファイルを差し出した。
「うん?、ハミル・シェスナー。これはあの女のファイルかね?」
「ええ、そうです。人事局から拝借してきました」
シェブリーは、表紙をめくり写真を確認すると舌打ちをした。
「ほう、素晴らしい学歴だ」
「ええ、母親は前大統領の親戚にあたるそうです」
「何の苦労もない名門のお嬢様と言う訳か。この類 の人間が一番嫌だね、それに厄介だ。…おや?、ほう、総長には子供がいるのか」
シェブリーは、目を閉じて何度も頷いた。そして、ファイルを閉じると選挙担当長を指差した。
「君らは、このゴシップが大統領側の捏造だと臭わせ続けろ、いいな!、そしてバルム、お前は…」
シェブリーは、近づいて来たバルムの耳元で何事か囁くと口の端に気味悪い笑いを浮かべた。
当初、ハミル総長が公表した文献発見に絡む疑惑は小さな記事で伝えられた。しかし、氷河観測省の不祥事と思われていた案件に国際文化省の関与が囁かれ始めると状況は一変する。
観測省の度重なる不祥事は大統領を、そして文化省の関与疑惑は事件の背景としてシェブリーを浮き上がらせる。各新聞は国民の期待する筋書きを揃え、興味本位に大統領選挙と絡めて一斉に報じた。
シェブリー文化総長は冷静を装い、誰かが自分を
大統領は、自らが任命した総長の発言とあってシェブリーに対して効果的な反論を行えずにいる。大統領とシェブリーはお互いに苦虫を噛み潰したような心境で対峙せざるを得なかった。
―大統領執務室―
大統領は、執務室の中を落ち着きなく歩き回っていた。ソファーにはボーリック副大統領とマランド秘書官が座り込み、大統領の動きを目で追っていた。
「心配したとおりになったよ。確かに彼女のイメージは清廉で素晴らしいが、もっと考慮すべきだったのかもしれない」
大統領が鎮痛な表情を浮かべ落ち着きなく歩いている。秘書官は厳しい顔で頷き、腕を組み直すと沈んだ口調で追随した。
「私もそう思います。彼女の前歴をもっと考慮すべきでした。病気を理由に暫く休養を取らせたらどうでしょうか」
他人事のように聞いていたボーリックは(あの前歴があるからこその総長なのだ。彼女の発言だから意味があるんだよ)と心の中で溜息をついた。
「休養か…」
大統領は立ち止まり、指で米噛みを押さえながら呟いた。ボーリックは、つまらない会話に欠伸を我慢しながら口を開いた。
「大統領、私は何の問題もないと思うんだが…」
「問題ない?、君の推薦したハミル総長のせいでこうなったのだがね!」
不満を吐き出す糸口を見つけた大統領は、ボーリックに向かって大きな声を上げた。ボーリックは、落ち着きを失った大統領を見つめ(討論と駆け引き、これが彼の弱点なのだ)と思いながら首を振った。
「困っているのはシェブリーも同じだ。この件は、悪くても痛み分けで終わるさ」
「ボーリック、楽観的過ぎないかね」
「まあ、向こうが動くなら、それに合わせてこっちも動くしかないだろうがね」
ボーリックは何事もなかったような顔で大統領に笑顔を返した。
―文化総長室―
「この件で私がいくら金を使ったと思っている!、あいつの収賄事件さえなければこんなことにはならなかったのだ!、あの馬鹿が」
シェブリーは前観測省総長を頭に浮かべて早口でまくし立てた。
「総長、放っておいても大丈夫だと思いますが?」
テーブルを取り囲んでいた選挙担当長が発言した。
「いや、だめだ。何としてもこの件はでっち上げだと国民に納得させろ。もうそこに大統領の椅子があるのだ」
シェブリーの話をバルム委員長が引き取って答えた。
「省員の方は問題ありません。主だった省員には金を握らせました」
「すべてだ、すべての省員に金を掴ませろ!、そうしなければ安心できん」
「分かりました。それより問題は国際氷河観測省総長です」
「金ではどうにもならんと言うことか?」
「そうです、理屈の分からない政治家には困ったものです」
バルムはそう言いながら一冊のファイルを差し出した。
「うん?、ハミル・シェスナー。これはあの女のファイルかね?」
「ええ、そうです。人事局から拝借してきました」
シェブリーは、表紙をめくり写真を確認すると舌打ちをした。
「ほう、素晴らしい学歴だ」
「ええ、母親は前大統領の親戚にあたるそうです」
「何の苦労もない名門のお嬢様と言う訳か。この
シェブリーは、目を閉じて何度も頷いた。そして、ファイルを閉じると選挙担当長を指差した。
「君らは、このゴシップが大統領側の捏造だと臭わせ続けろ、いいな!、そしてバルム、お前は…」
シェブリーは、近づいて来たバルムの耳元で何事か囁くと口の端に気味悪い笑いを浮かべた。