モノローグ

文字数 929文字

 月と星の明かりを浴びているのだろう。その草むらから、虫の()が聞こえる。時の(うつ)ろいに合わせて音は色を変える。今日は、もう昨日の音ではない。私は、なぜかこの無常の小さな音に人生を思い返すのだ。
 辛いこともあった。苦しいこともあった。そうだ、()すべきことが見えないときが幾度もあったのだ。為すことがなければ絶望し、多ければ悩み迷ったのだ。
 そのとき、私は深く考えた。
 浅薄(せんぱく)なことかもしれないが、私は自分の(なか)(すが)るもの見つけることにした。そして、ただそれだけを信じることにした。これは逃げることではない。
 私は、どんなときも正しいと思うものへ向かい、愚直に歩くことにしたのだ。縋るものは、ただそれだけである。
 間違ってはならない。縋るものは自分の(なか)(はぐく)み、(いつく)しまなければならないのだ。決して外に求めてはならない。なぜならば、それは自分の(はらわた)を差し出すことになるからである。
 誰かが問う(なぜそのように歩む?)
 私が答える(己のため、そして願わくばあとから来る者達が、迷わぬように)

 そう信じ始めてからのことである。
 私の前に多くの人々が現れ始めたのだ。彼ら彼女らは、待っていてくれた。そう、まるで私を助けるためにそこにいたかのように。
 これは偶然なのだろうか?、いや必然であったのだろう。
 そして助けられ導かれて、今、私はここに横たわっている。
 ああ、ありがたきことだ。思い返せば、すべては他力であった。
 このことを息子に伝えておかなければならない。私の癒えた傷痕(けいけん)が語る真実を伝えなければならない。
 人生は他者からの贈り物であり、預かりものである。大切に生きなければならない。そして、渡していかなければならない。粗末に扱う者、悪事を為す者はやがて滅びていくということを。
 そして、もうひとつ。
 正しきことを為す者には、息がかかるほどすぐそこに、睫毛(まつげ)に触れるほどすぐそこに、救いの手が差し伸べられているということを。
 天は、助けられるべき者を助けるのだ。その救いは、天からではなく、姿を変えて隣人より至るものだということを。

 虫の音が鳴り止んだ。
 (かす)かに砂を踏む音が聞こえる。この天幕に向かい来る音の(あるじ)を私は知っている。実直な男だ。
「そこにいるのは、エリアザルだね?」
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