第14話 不法投棄

文字数 1,842文字

 運転手は傘も差さず、小走りに門まで行きインターホンを押した。名前を告げると、ゲートは音もなく左右に開き始める。彼は濡れた服のまま車に乗り込み、いつものように玄関まで車を滑らせていった。
 メイドが来客を伝えると、(かたわ)らにいた女は「私が伝えてきますわ。あなたはお迎えをお願い」と言って奥の部屋に消えていった。女は、一つの部屋の前で立ち止まり、チーク材で造られた背の高い扉を開けた。
「あなた、オーガン油製の会長がお見えですが」
 ダークグレーのガウンを着こんだ男は、椅子にもたれて本を読んでいた。そして、妻の言葉に振り向くと「ああ、そうだったね。すぐ着替えるから待たせておきなさい」と言った。
 暫くして男が現れると会長は立ち上がり、笑顔を浮かべて右手を差し出した。男は握り返すと、手を椅子に向けて腰かけるように促した。
 会長は高い天井を見回し、所々に施された彫刻に舌を巻いた。
「いつ見ても立派な邸宅ですね」
 男は手を振り、お世辞だと知りながらも満足した表情を浮かべた。
「それでオーガン君、今日は何の用かね?」
「はい、また溜まって参りましたので積み込みをお願いに参りました」
「ん?、今までは半年に一度だったと思うが…この前は、確か三ヶ月前だったね」
「はい、最近、受注が増えていまして…」
「おかしいね、精油会社はすべて連邦政府の指示どおりの定量精製だったよね、間違いだったかね?」
 オーガンは手を擦り合わせながら笑うと、男も意味ありげな笑いを浮かべて見せた。
 乾いたノックの音のあと、扉が開いて女が姿を現した。足首辺りまでの濃い緑色のドレスが体に巻き付いている。その容姿から、目の前にいる二人がとても夫婦だとは想像できなかった。
「オーガンさん、いらっしゃいませ。珈琲でもどうぞ」
「シェブリー夫人、いつ見てもお美しいですな」
「オーガンさんはいつもお口がお上手で」
 シェブリー夫人は、聞き慣れた言葉に愛想笑いをして言葉を返した。
「いえ、いつもそう思っています。シェブリー総長が羨ましいですよ」
「オーガン、私から盗もうと思っているんじゃないだろうね」
「とんでもない!、しかし何かあった際には、このオーガンをお忘れなく」
 オーガンは笑いながら手を胸に当て、夫人に会釈して見せた。
「忘れませんわ、オーガンさん。では、ごゆっくり」
 夫人は銀色のトレーを胸に抱え、笑みを浮かべて部屋を後にした。その姿を見送ってシェブリーが口を開いた。
「それで?」
「民間は政府の認可した量だけでは満足していません、それはそうでしょう、油があればあるほど物が作れて儲かるのですから。ただ、ご存知のように精製過程で発生する廃油処理に高額な費用がかかるのです」
「それで認可量を超えて精製した分の廃油を安く処理したいと?」
「そのとおりです」
「この私が?、違法な廃油を?」
 シェブリーは自分の胸を指差して(とぼ)けて見せた。
「いつものことではありませんか」
 二人が大きな声で笑ったので、広い応接間に声が響いた。その残響の中、シェブリーはテーブルの上の鈴を鳴らした。
 現れたメイドに自分の部屋から鞄を持って来るように伝えると、オーガンに珈琲を勧めた。
「オーガン、今回はこれで良いが頻繁になると困るよ。手の広げ過ぎが命取りにならないとも限らないからね」
「分かっています。しかし、今後は三ヶ月に一度の処分をお願いしたいのですが…」
 シェブリーは戻って来たメイドから鞄を受け取ると中から手帳を取り出した。そして少し離し、目を細めて細かな字を確認した。
「今回は、十日後に出航する予定になっているな、これに間に合うかね?」
「もちろん、無理にでも間に合わせます」
「それと、三ヶ月に一度のペースもなんとかなりそうだ。私から国際氷河観測省に連絡しておこう」
「ありがとうございます」
 オーガンはシェブリーに礼を言うと、粘りつくような笑いを浮かべた。
「値段はいつもどおり、一キューブ当たりこれで…」
 彼は二本の指を立てた手を差し出した。
 シェブリーは、ゆっくりと首を横に振った。そして、オーガンの出した手を取ると固く結ばれた指の中から一本の指を解いて立てた。
「いや、私もこれから少々入用(いりよう)でね、できればこれでお願いしたいのだが」
「それは、高い!」
 オーガンは素っ頓狂な高い声を出して叫んだ。
「高い?、君の廃油が何の跡形もなく氷の下に眠ってくれるのだよ。氷河観測隊の船を使うんだ、それくらい出しても罰は当たらないだろう」
 シェブリーは、細い目をしてオーガンを睨み据えた。
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