第23話 良心

文字数 782文字

 翌日、目覚めると頭はすっきりとしていた。真冬の暗い朝とは違い部屋はもう明るい。体の中には、(たと)えようのない充実したものが溢れ、彼の心を軽くしている。
 彼は、部屋の壁に張った紙を剥がし終わると、大事そうに本棚の中に仕舞い込んだ。部屋はいつもどおりの味気ない部屋に戻っていた。
 陶器の山をすり抜け、玄関まで来ると足許に小さな紙袋が落ちているのに目が止まった。彼はそれを拾い上げ、紙袋から出てきたものを窓からの光に翳した。そして、その輝きに驚きの声を上げた。それが何であるかがすぐに理解できたからである。
「デ、デラ教授のブレスレット...」
 ヘッジスは、それを放り出すと落ちたブレスレットから慌てて離れた。彼はそのままそこに座り込んで頭を抱えている。
(なぜここにあるんだ!)
 彼の頭に、様々な考えが浮かんでは消えていった。
 ヘッジスに(自分)が話しかけた。
(どうする、ヘッジス、どうするんだ!)
(……)
(おい、それを持っていったら犯人にされるかもしれないぞ!)
(で、でも、デラ教授にしてみれば大事なものだろ)
(偽善者ぶるのはやめろよ!)
(偽善なんかじゃないよ、これが自分の物だったら出て来て欲しいだろう)
(だから偽善者ぶるのはやめろって。捨ててしまえって!)
 ヘッジスは、俯いたまま(自分)と言う悪魔と罵りあったが、答えは出なかった。玄関の時計だけが規則的に無機質な音を立てている。
 彼は止まってくれない時計を恨んだ。そして目の前のブレスレットを鷲掴みにすると(自分)に時間を与えず、玄関を飛び出していった。
 凄い勢いで走り去るヘッジスを見て、エンヤ婆さんは目を(しばたた)かせた。洗い物仕事に戻ろうと川脇の道端に目を移すと、雪の中に鈍く光るものがある。鍵が落ちていた。
 エンヤ婆さんは「ヘッジス、鍵を落としたよ!、ヘッジス!」と大きな声で呼んだが、そこにはもう彼の姿はなかった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み