第21話 共同会見

文字数 4,166文字

 会場は多くの人で埋め尽くされていた。報道陣と両候補者の支援団体が所狭しと押し合っている。会場に座れなかった者が通路や壁際にまで溢れていた。
「ご存知のとおり、政治家の話は長いものと決まっています」
 司会者の棘のあるユーモアに会場の笑いが長く尾を引いた。大統領とシェブリーは内心を隠して愉快そうな笑顔を浮かべて談笑し合っている。
「本日、お二人には連日の地方遊説でお疲れのことと思います。したがって時間を有意義にお使い頂くよう切にお願いいたします」
 聴衆の中を笑いの輪が拡がっていった。
 司会者は、聴衆の反応に悦に入っている。そして、一呼吸おいて話を続けた。
「無駄な装飾の多い演説の結果、論点が全く語られないこともしばしばです。お二人の主張はあらゆるメディアを通じて周知のとおりですので、今日は完結明瞭に、できれば五分以内にお願いしたいと思います」
 司会者は二人に頷いたあと、一つ咳払いをした。
「その後、候補者お二人に質問を受けて頂きますのでよろしくお願いします。それでは最初に…シェブリー候補からお願いします」
 化粧のため五歳は若返ったシェブリーは、満面に笑みを浮かべて壇上に上がった。フラッシュの点滅が長く続き、彼は右手を振り続けた。傍らでは、大統領が思いとは裏腹に笑顔で拍手を送っていた。
 シェブリーは、フラッシュと拍手の鳴り止むのを待ちながらマイクの位置を丁寧に直した。
「皆さん、シェブリーです」
 大きな歓声が巻き起こった。ライトがシェブリーを浮かび上がらせる。彼は、また右手を高く上げるとその歓声に応えた。
「私の願いは一つです。平和に、そして皆さんと一緒に豊かになりたいのです。現在の政治は私達に何をしてくれているのでしょうか。規制するだけで、強く前進させるものが何もありません。大規模工場の建設は公的機関だけに許され、民間事業では規制されているのです。従って皆さんの生活を潤すことのできる経済発展が著しく停滞しています。今の規制の内、一つだけでも撤廃することができたならばこの世界は大きく成長できるのです。町にも家庭にも物が溢れる豊かな生活が訪れるでしょう。この経済の発展はやがて新しい文明を生む母体となるでしょう、そしてその文明と共に新しい文化が生まれるのです。いえ、生まれるのではありません、私達が創り出すのです」
 シェブリーは歓声の中で一息つくと大統領に目をやり余裕を持って微笑んだ。そして手のひらを上に向けメデスに伸ばした。
「彼は哲学者であり尊敬に値する理想主義者です。しかし、その理想のために、彼は常に国民に犠牲を強いています。彼は常々、自然と言う言葉を口にします。果たして私達国民は自然と共存できないほどの愚かな生物なのでしょうか。今や私達は、宇宙に踏み出すほどの技術力を持っています。皆さん、あらゆるものを進歩から遠ざけ、旧態依然とした生活を強いている政治についてどうか考えてください。手を、手を少し伸ばしさえすれば素晴らしい世界がそこにあるのです。私は、皆さんと共に豊かな生活を創出していくことをお約束します」
 鳴り止まない拍手と歓声の中、シェブリーは自分の席に着いた。そして大統領に演説台へ進むように促した。大統領はシェブリーに一礼して席を立つと壇上に上がった。
 彼もまた拍手と歓声に包まれ、フラッシュの中で笑顔を浮かべた。
「シェブリー候補からは極めて前向きな、言い換えれば急進的なご意見を頂きました。今後の参考にさせて頂きます。ありがとう」
 笑顔で見返されたシェブリーは口を固く閉めたままで複雑な笑顔を見せた。
「彼の言うように私の考えは大統領になる前も、そして今も常に一貫しています。しかし、それは必ずしも柔軟性の欠如を意味するものではありません。私がいつも問題の核心を的確に捉え、私心なく解決策を導き出してきたことは国民の皆さんにご理解頂いていると思います。一昨年前、私の出身国と隣国の間に紛争が起りました。停戦会議の席上で私が口にしたのは(幸福は健康と平和と言う基盤の上にしか存在し得ない)と言うことです。そして紛争の原因を究明し国民の誰もが納得できる形で解決できたと自負しています。結果的に、私は自国の不評を買ってしまいましたが…」
 彼は効果を狙って自嘲気味な笑いを浮かべた。
「しかし、それも仕方ありません。当然のことながら政治家は自国のみの利益代表ではないのですから」
 シェブリーは(やはり奴には過去の実績でしか戦う術はないのだ)と込み上げてくる笑いに必死に堪えた。それでも真剣に耳を傾ける姿を演じるため、所々で頷いて見せていた。彼の所作はすべて報道陣に向けられている。
「…彼の言うように私はいつも(自然)を口にします。それは当たり前のことであり必要な事だからです。私の生まれる前…ご年配の方なら覚えておられると思いますが…経済発展を優先するあまり一部の地域で大変なことが起りました。汚染された水による住民の大量死と言う痛ましい事件です。当時のすべての国民は走り過ぎた文明を非難しました。そして命の尊さを確認しました。私は同じ轍を踏みたくはありません。皆さんも必ずそうだと確信しています」
 司会者が大統領を見て、腕時計を何度か叩いて見せた。
「…どうか僅か六十年ほど前のことを忘れないでください。確かに古い慣習に捕われてはいけません。そして、私も許されるべき規制は廃止すべきであると考えます。しかし、私はその許された範囲の中にだけ私達の自由と真の豊かさを求めるべきだと考えています。私達の手ですべての物と共存し得る発展を目指そうではありませんか。それはゆっくりとした一歩に見えることでしょう。しかしそれこそが間違いなく確実な一歩なのです。ありがとう」
 大統領は支持者の歓声に両手を大きく掲げて手を振った。彼の姿は、再びフラッシュの中に見え隠れしていた。
「両候補、ありがとうございました。それでは質問を受け付けたいと思いますがよろしいでしょうか?」
 二人が頷くと、司会者の指名を待たず会場から質問の声が上がった。
「大統領、着こなしではあなたの勝ちは目に見えていますが、大統領選の結果はどう読まれていますか?」
「ありがとうございます、私が勝っているのは服装だけではないと思いますが…。いかがでしょう?」
 大統領は笑顔を絶やすことなく染め上げた白い歯を見せて笑った。しかし、それも現状では強がりにしか過ぎない。司会者が言葉を引き取った。
「シェブリー候補、外見では既に負けているとのご意見でしたが、あなたの勝算は?」
 シェブリーは聴衆に分からないように、少しの間、司会者を睨み据えた。
「もちろん、連邦国民は私を支持してくれることでしょう。なぜならば政治に必要なのは成長するための施策であって、高価な服ではありませんからね」
「なるほど。では、あなたの改革の第一歩は何になるのでしょう?」
「まず電力でしょう。家庭への供給があまりにも規制され過ぎています。これが機械製品の製造と進歩を妨げ、生活水準を高められない原因なのです。多くの電力を作り多くの家に届ける。これを第一に考えています」
「では大統領、今のシェブリー候補の発言に対しての意見をお願いします」
「現在の技術では環境面から見て安全性に問題があります。これを解決せずに電力の大増産を行うことは長い目で見て自殺行為としか思えません」
「ほう、大統領は増産すれば人間が死に絶えるとでも考えておられるのですか?」 シェブリーはステッキの柄を擦りながら大統領に質問した。
「私は、長い目で見てと申し上げましたが…」
「それでは、結果を見る前からあなたにはすべてがお分かりだと言うんですね?」
「もちろんです。歴史が物語っています」
 司会者が「ここは、討議の場ではなく質問を受ける時間ですので」と制したが、シェブリーはそれを無視した。
「動きながら問題を解決していく方法もあると私は考えますがね」
「一度動き出すと止まらないのです。止めるには始める以上に大きな力が必要です」
「万が一、問題に直面したとき私達には止めることができないとでも?」
「ええ、止められません」
「なるほど、あなたは連邦国民がそれほどの無能者だと考えていらっしゃる?」
 シェブリーが立ち上がり声高に叫ぶと、彼の支持者達は大統領に向かい一斉に不平の声を上げた。
「な、何を言っているんだ!それは論点のすり替えに過ぎない!」
「私はそうとは思いません、あなたは国民を馬鹿だと言っているんだ!」
 シェブリーは爽やかな顔の下で醜悪な笑いを浮かべていた。大統領は首を振りながらシェブリーの顔を睨み返していた。
 司会者は取り繕うように「では次の質問を…」と言って次の質疑に移った。これをきっかけにしてシェブリーの弁舌は冴え渡る。彼は、不利な質疑を狡猾にすり抜け、得手とする質疑で大統領を論破した。
 シェブリーの攻勢は続き、大統領の発言は時間と共に力を失っていった。大統領は、喜色に溢れるシェブリーの横で失意の底を彷徨していた。

 会場近くのホテルの一室から歓声が溢れていた。部屋の中では、満面に笑みを浮かべたシェブリーがステッキを振りながら語り続けている。
「いやあ、腹にまで響く歓声を初めて聞いたよ。さあ、皆んなも飲みなさい」
「ありがとうございます、総長。いや、もう大統領と言ったほうが良いのかもしれませんが」
「気が早いな、まあ良い。何とでも呼んでくれ」
 シェブリーは、嬉しそうに大きな声で笑った。
「大統領のご演説をを聞いたかね?」
「ええ、もうあれは昔話です」
「そのとおり、何も目新しいものがない。そのうえ私の発言への対応に終始してばかりさ。あれで国民の理解を得られる訳がない」
「そのとおりです。彼の発言には希望もありません。その点、総長の提案には夢があります。私でさえ興奮するくらいですよ」
 末席にいたバルムが抜け目なく(おだ)てたが、シェブリーは聞き流した。
「そうだ、あの失礼な司会者は誰だったかな?、まあいい、二ヶ月後には別の仕事に就かせてやるさ。それから、その頃には君達も今より上等な椅子に座っていることだろうね」
 シェブリーを取り巻く全員が一様に口元を緩めて顔を見合わせた。
「これで奴も終わりだ。さあ、皆んな飲んでくれ給え」
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