36. 生体兵器製造施設/二年前の真相
文字数 2,009文字
カレンは拘禁を解かれ、リケルメに、カレンが拘禁されている建屋の地下二階にある生体兵器製造施設を案内された。
カレンは、施設の仕様が、日本に設置されていて二年前に謎の武装勢力に襲撃され破壊された秘密研究所にそっくりなことに気づいた。
整備の行き届いた施設を見渡しながら「これにそっくりな施設を見た覚えがあるわ」と水を向けると、リケルメは「国防総省に設置していた秘密研究所がモデルだ。君も出入りしていただろう異」と、あっさり種を明かした。
「秘密研究所を襲ったのは、あなたたちだったの?」
「我々ではない。アメリカのある政治家がポケットマネーで傭兵を集めて襲撃させた。我々は、その傭兵部隊にスパイを送り込み、設計図と破壊される前の施設の映像を入手させた」
「アメリカの政治家」と聞いて、カレンの頭に一つの名前が浮かんだ。
「その政治家というのは、上院国防監視委員会に属していたイアン・ステューディ議員かしら?」
一年半前にガンで世を去ったイアン・ステューディは、ネイティブ・アメリカンのベテラン議員だった。ベトナム戦争に従軍し、米軍がナパーム弾と枯葉剤で子どもを含んだが多数の非戦闘員を殺し、ベトナムの国土を荒廃させるのを目の当たりにしたステューディは、議員当選後、一貫して、国防総省の兵器開発に懐疑の目を投げ続けた。
カレンたち、国防総省の兵器開発者にとって、ステューディは天敵と言ってもよい存在だったのだ。
リケルメが目を細めてカレンを見た。そして、右の眉を上げた。
「故人だから、名を明かしてもいいだろう。君が言う通りだ。イアン・ステューディ議員は、国防総省が東アジア、東南アジアの少年少女を生体兵器に改造するために日本に秘密研究所を作ったことを知ったが、その時には、ガンで余命六カ月を宣言されていた。ステューディ議員は、議会で政府を追及するという正攻法だが時間のかかるプロセスより、自ら傭兵を集めて研究所を破壊させる手っ取り早い手段を選択した」
「大変な執念ね」
「執念深いのは、君たち国防総省の方だろう。ナパーム弾、原爆、枯葉剤、細菌兵器、劣化ウラン弾、ドローン、そして生体兵器。より卑劣でより残忍な兵器を、悪魔に取り憑かれたように開発し続けている。ステューディ議員は、君たち悪魔から世界を守ろうとしただけだ」
リケルメの言葉が、カレンを驚かせた。
「兵器開発者を悪魔呼ばわりするなんて、武器商人らしくないわね」
「ふっ」とリケルメが小さく笑った。
「実は、私も、ステューディ議員と同じで、政治家、軍人、兵器開発者、軍需産業という悪魔どもを憎んでいるのだよ。だが、ステューディ議員が悪魔を制圧できると考えていたのと違って、私は、この世から悪魔が消えることはないと考えている。悪魔を制圧できないなら、アメリカ、ロシア、中国のような一部の大国に悪魔を独占させておくより、世界中に悪魔を広める方がマシだ」
リケルメがカレンの目を正面から見据えてきた。
「アフガニスタンの貧しい子ども達は、毎日、いつドローンの誤爆に遭うかと怯えて暮らしている。その一方で、アメリカの子ども達が恐れているのは『親の暴力とSNS上のイジメ、学校での銃乱射だけ』というのは、不公平すぎる。アメリカの子ども達の頭上にも、死神を徘徊させるべきだ」
「つまり、恐怖をあまねく世界に広めようというわけ?」
「何事も不公平はいけない。世界で最も残忍な兵器を開発するアメリカ人は、その兵器の恐怖を応分に負担すべきだ」
リケルメの顔には諦観とも達観ともとれる静かな表情が浮かんでいたが、目は何かに取りつかれたようにぎらついていた。
カレンも、自分が携わっている兵器開発が悪魔の所業ではないかと疑ったことがないわけではない。特に、生体兵器は「禁断の兵器」だと考えている。
人間に暴力を振るうのを思いとどまらせる最後の歯止めは、「やったら、絶対にやり返される」という恐怖だ
ところが、生体兵器で人を殺す者は、自らが殺しに関与した証拠を残さずにすむ。報復される恐れなしに、殺したい人間を殺すことができるのだ。生体兵器は、へ超えてはいけない一線を超えてしまった兵器、「禁断の兵器」なのだ。
それでも、節度を持って適切に使用されるなら、生体兵器は「テロとの戦い」の切札になる。カレンは、アメリカは、民主主義国家の模範であり、生体兵器を節度を持って適切に使用できる世界で唯一の国だと信じている。
だからこそ、生体兵器はアメリカによって独占されなければならないし、その技がアメリカの外の漏れることがあってはならない。
カレンにとっては、リケルメこそ、世界の秩序と平和を破壊しようとする悪魔に違いなかった。