40. 「M」の来訪/悪い知らせ

文字数 1,584文字

 アオイたちは、当面は、いつでも動きやすいように青梅線沿線のアパートに仮住まいすることにした。幸田は、CIAが何者かに襲撃された報道を見た日にガクンと調子を落とし、それから沈み込みがちだったが、それでも、隣町まで足を伸ばし、監視カメラを備えていない個人商店で食材を買い集めてきた。その食材でミツキが料理をつくり、幸田の調子が良さそうな時は、三人+一人(カスミ)で、トランプで遊んだ。

「大貧民」をやると、カスミにサポートされたミツキがほとんど常に富豪、アオイはほぼ平民、たまに富豪。そして、幸田は、貧民が定位置だった。
 カスミが幸田の不調にお構い無しに、幸田に向かって「ほんと、あんた、下手くそだな」と言ってのけた時は、アオイは心臓が飛び出しそうになったが、幸田は、案外平気そうに「私は、世のため、人のために生きている」と答えていた。

 そんな風にして三日ほど過ごしたある日、幸田のスマホに「M」からLINEの着信があった。
「今夜、『M』が来る」という幸田の言葉に、アオイは嫌な予感がした。
「『M』って、誰だ?」
 カスミがアオイに訊く。アオイが幸田の顔をうかがうと、幸田がうなずいた。話して良いという意味だ。
「『M』さんは、私たちにこの隠れ家を用意してくれたり、資金を援助したりして、助けてくれている人。五十代くらいの、素敵な女性だ」
 というアオイの答えに、カスミではなく、ミツキが「それでは、美味しいものを用意しなければなりませんね。冷蔵庫を見てきます」と答えて台所に飛んで行った。台所でミツキとカスミが言い合っているのが聞こえてきたが、アオイも幸田も無視して、寝袋にくるまって昼寝することにした。

「M」は一九時に現れた。
「M」は、ミツキとカスミに丁寧に自己紹介した。
「本当にお世話になっています。お会いできて嬉しいです」とミツキ。
「あんた、あたしたちみたいなハグレ者の世話をするなんて、もの好きだよね」とカスミ。
 一人の人間から二つのまったく違った感想が飛び出してくる上に、発言に合わせて表情が変わるのを「M」は面白がり、しばらく、世間の色々な事柄について、ミツキとカスミからそれぞれの意見を聞いていた。
「あぁ、面白かった。ミツキさん、カスミさん、ありがとう。では、いよいよ本題に入ります。初めに言っておくけど、とても嫌な話ですから、覚悟して聞いてね」
「M」、アオイ、幸田、ミツキ+カスミの三+一人は、畳の上に車座になって座る。

「M」がスマホを取り出して、三+一人の真ん中に置いた。スマホ画面にフリースクールの太一先生が映っているのを見て、アオイとミツキは息を飲んだ。
 太一先生は、椅子に座り、手を背もたれの後ろに回している。幸田には、ひとめで、椅子に縛られているのだとわかった。太一先生は目隠しをされている。
 画面が、囚われの太一先生から、色浅黒く彫りの深い初老の男性の顔に変わった
「田之上ミツキ君、山科アオイ君、見てのとおりだ。君たちが通っていたフリースクールの太一先生を預かっている。二四時間以内に、君たちふたりだけで、聖命会総合病院の救急外来に来たまえ。さもないと、太一先生の命はない。二人だけで来ること。余計な人間を連れてきたら、太一先生の命はない」
 画像が、もう一度囚われの太一先生に戻り、そして、ブラックアウトした。

「これは……」とアオイがショックに打ちのめされながらつぶやくと、「M」が「こんな事があったとは信じたくないでしょうけど、残念ながら、これは事実なの」と抑えた口調で言った。
「太一先生をさらったのは、CIAか?」とカスミが思いがけず平静な口調で「M」に尋ねた。
「私は、CIAではなく、エル・リケルメという武器商人ではないかと思っている」
 エル・リケルメと訊いて、幸田の顔色が変わった。
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登場人物紹介

山科 アオイ (17歳)


アメリカ国防総省の手で、放電型生体兵器に改造された17歳の少女。

直感派でやや思慮に欠けるところがあるが、果断で、懐が深く、肚が坐っている。

山科 アオイ は自ら選んだ偽名。本名は 道明寺 さくら。


両親とドライブ中に交通事故に遭う。両親は即死。アオイは、アメリカ国防総省が日本国内の山中深くに設置した秘密研究所で生体兵器に改造される。

秘密研究所が謎の武装集団に襲撃され混乱に陥った際に脱出。組織や国家に追われる内部通報者やジャーナリストをかくまう謎のグループに守られて2年間を過ごすが、不用意に放電能力を使ったため、CIAに居場所を突き止められてしまう。

幸田 幸一郎(年齢40台前半)


冷静沈着、不愛想な理屈屋だが、あるツボを押されると篤い人情家に変身する。

幸田幸太郎は偽名。本名は不明。


組織や国家から追われる内部通報者やジャーナリストなどを守る秘密グループの一員で、アオイのガードを担当する「保護者」。英語に堪能。銃器の取り扱いに慣れ、格闘技にも優れている。

田之上ミツキ(17歳)


アメリカ国防総省の手で、ターゲットの自律神経を破壊する「脳破壊型生体兵器」に改造された17歳の少女。知性に秀で、心優しく思慮深いが、果断さに欠ける。15歳までアメリカで育った。

田之上 ミツキは、本名。


両親、妹のカスミとアメリカ大陸横断ドライブ中に交通事故にあう。両親は即死。ミツキとカスミは生体兵器に改造されるために国防総省の特殊医療センターに運ばれるが、カスミは改造手術中に死亡。ミツキだけが生き残る。

国防総省を脱走したアオイを抹殺する殺し屋に起用されたが、アオイが通うフリースクールに転入してアオイと親しくなるほどに、任務への迷いが生まれる。

田之上 カスミ(15歳)


田之上ミツキの妹。ミツキと同時に人間兵器に改造される途中で死亡するが、霊魂となってミツキにとり憑いている。知的、クールで果断。肉体を失った経験からニヒルになりがち。


普段はミツキの脳内にいてミツキと会話しているだけだが、ここぞという場面では、ミツキの身体を乗っ取ることができる。

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