30. 作戦開始/非常事態
文字数 2,322文字
車列の構成は次の通り。
一号車:マスムラ、生体兵器21082、 特殊部隊員三名
二号車:カレン、ウェイド、生体兵器21081 (サイード元・少佐)、特殊部隊員二名
三号車:生体兵器21083、特殊部隊員四名
四号車:生体兵器21084、特殊部隊員四名
五号車:特殊部隊員二名、「肉屋」のクリーン アップスタッフ三名
2108シリーズ四機でアオイを圧倒するというカレンの作戦は、特殊部隊員による中距離からの狙撃破壊に変更されていた。これに伴って、生体兵器の任務は、攻撃の主力から狙撃に失敗した場合の後詰に変わっている。
作戦を変更した第一の理由は、アオイにミツキが同行していること。2108シリーズでアオイを破壊するシミュレーションは数十回行ってあったが、2108シリーズでミツキを破壊するシミュレーションは行っていない。
理由の第二は、アオイの戦闘力がシミュレーション時の想定を上回っている可能性があること。ミツキと接触した時、アオイは、ミツキ一人にねらい定めて非接触放電していた。ターゲットを絞る能力が発現しているのだ。これに伴って、放電の威力も増しているかもしれない。
理由の第三は、アオイとミツキをひと気の少ない山中で攻撃できること。当初の作戦はアオイを市街地で捕捉破壊する前提で立案されていたが、奥多摩の山中であれば、手荒な方法で破壊することもできる。非接触放電の射程外からライフルで狙撃して即死させるのが、最も安全確実な破壊方向であることは間違いない。
ただし、射殺破壊となると、現場での死体処理と証拠隠滅が必要になる。このために、国防総省と取引がある臓器売買業者、「肉屋」の専門家二名を借りていた。
車列は、予定通り六時に日の出山のふもとに到着した。カレンはマイクを取った。
「作戦指揮車から各車へ。作戦を再確認する。これより、各車は、担当地区の捜索に向かう。目標の山荘、山小屋、キャンプ場に到着したら、ハチドリ型小型偵察ドローンでアオイおよびミツキを捜索し、結果を私に連絡。両人を確認できた場合は、各車の現状判断で攻撃に入ることを認める」
昨日、サイード元・少佐から、アオイとミツキが一緒にいることを確認した後に、最低でも三台を現地に集結させてから攻撃すべきではないかと意見具申があったが、カレンはそれを却下していた。
「この作戦は時間との戦いです。昨日イノシシを殺しているミツキたちは、今日にも隠れ家を移動する可能性があります。一刻も早い攻撃を優先します」
カレンはきっぱりと言い切った。
作戦は、ひと気が少ない山中という環境を生かした、手荒なものだ。まず、アオイの生体信号をトラッキングしておよその居場所をつかむ。次に、屋内に侵入できるカブトムシ型偵察ロボットで、アオイとミツキの隠れ家を確認する。確認できたら、攻撃型ドローンから焼夷弾を撃ち込み、アオイとミツキが逃げ出してきたところを狙撃して破壊する。
作戦確認が終わり、五台のSUVは、それぞれの担当地域の探索に散らばっていった。
カレンたちのSUVは、日の出山から流れ出る小川に沿った林道を登って行った。林道の先に、かつては林間学校として使われていて今は廃屋となった宿泊施設がある。逃亡者が身を潜める可能性が高い場所と言える。
砂利を敷き詰めただけの林道の左側は道の端まで山の木々が迫っている。右側は、高さ五〇センチほどの崖になっているが、ガードレールはない。崖の下を細い川が流れ、対岸は、川岸近くまで木々が密集している。
三列シートの一列目にハンドルを握る特殊部隊員とウェイド、二列目に特殊部隊員、三列目にカレンとサイードが席を占めている。二列目の特殊部隊員は、狙撃用ライフルをゴルフバッグに隠して傍らに持ち、加えて五人分のマシンピストルをバッグに入れて足元の床に置いている。
「トラッキング・システムの反応はどう?」宿泊施設の5キロ圏内に入ると、カレンは座席から身を乗り出して、助手席のウェイドに尋ねた。
「まだ、ないな」
「ここは山の中です。木々が邪魔して信号が伝わりにくいかもしれません」サイード元少佐が落ち着いた口調で言った。サイード元少佐がそばにいてくれると、自然と気持ちが落ち着いてくるのをカレンは感じていた。
このような安心感は、相手が人間だからこそ得られるものかもしれない。 カレンは、多くの生体兵器を作って来た慧子が、生体兵器を常に「人間」として扱い続ける気持ちが少しわかるような気がした。
突然、前方でドーンと腹に響く爆発音がして、SUVが急ブレーキをかけて止まった。サイード元少佐が身を乗り出して、前方をうかがう。
「待ち伏せです。何者かが爆薬で木を倒して道をふさぎました。博士は、伏せていてください」
ウェイドが「全速で後退しろ」とドライバーに指示する。タイヤが砂利を弾き飛ばす音とともに、SUVがバックで急発進する。
三秒くらい走っただろうか、車のすぐ後ろで爆発音が起き、車がドシンと硬いものにぶつかって止まった。クルマの後方でも木が倒され、道を塞がれたのだ。
ウェイドが「クソっ」と罵り、マイクを取って、「一号車、待ち伏せにあった。前後を倒木で挟まれて動けない。応援頼む」と他の車両に連絡する。
カレンは、最初のショックを乗り越えて、待ち伏せしていたのが誰であれ、なぜ、自分たちがこの道を登ってくることがわかったのだろうと考え始めていた。