55. 合流/階段の激闘
文字数 4,968文字
アオイはドアノブに手をかけ、身体を重い鉄の扉に押し当てた。幸田が背負っている傭兵の指先を、指紋認証画面に押し付ける。かみ合っていた金属が外れるガチッという音がして、ノブが回った。扉を少しだけあけて、止める。
「よし、先にドローンを廊下に入れる。次に、この男を扉と壁の間に挟んで、扉が閉まらないようにする。そして、私たちも突入だ」
傭兵を背中から降ろしながら幸田が言う。「わかった」と答えて、アオイはドアノブを握る手に力をこめる。
アオイは、まず、扉を三分の一くらいあけた。扉の隙間からドローンが勢い良く廊下に飛び込んでいく。全てのドローンが廊下に入ると、アオイは、ドアを思い切り押し開けた。扉の前には、誰もいなかった。ドローンの群れは、もう、廊下を一〇メートルほど先まで進んでいる。ターゲットを自ら探索するようプログラムされているのだ。
ドローンの群れのスピードが急に上がった。前方に何かを見つけたらしい。アオイはドローンを追って駆け出す。ドローンの黄色い雲の向こうに人影が透けて見えた。ベッドのようなものの傍らに女性が二人。その中の一人に見覚えがある気がした。
「慧子、慧子?」アオイはドローンの羽音にかき消されないように、全身の力を込めて叫んだ。
「アオイ、私だ」懐かしい声が返ってきた次の瞬間、アオイの頭が真っ白になった。
銃を手にアオイに続いていた幸田は、アオイの身体から青白い閃光がほとばしるのを見た。 閃光はドローンの群の真ん中に飛び込み、渦を巻いてドローンを吹き飛ばし始めた。電光が 閃き、破壊されたドローンが火花を上げ、地下三階の廊下は強烈な光で満たされた。幸田は手で目を覆った。
目を射る光が弱まり、手を目から外すと、アオイの前方の廊下に、黒いススが散らばっていた。アオイに近づいた幸田は、ススのように見えたものが、灼かれ引きちぎられたドローンの 破片だということに気づいた。
「アオイ、何をやってるんだ?」
つい、詰問調になってしまうのも仕方ないと幸田は思う。虎の子のドローン部隊を、アオイが 放電で壊滅させてしまったのだから。
「慧子に会えたと思ったところまでは覚えてる。でも、後は、何がなんだか……」
アオイが困惑した顔で言う。
「幸田さん、アオイを責めないでくれ。アオイは、あたし達をドローンから守ってくれたんだ」聞き覚えのある声がするが、それに相当する人間の姿がない。
「あたしだ、カスミだ。お姉ちゃんの身体を借りなくても話せるようになった」とカスミが声に力を込める。
「ベッドの上にいるのは、ミツキさんか?」幸田が尋ねる。
「身体に爆弾を埋め込まれそうになったところを、『こいつ』と一緒に助け出した」と、カスミが空中のどこかで言い、幸田は、「『こいつ』とは、どちらの女性だ?」と聞き返す。
「メガネのオンナだ。レノックス慧子だ」とカスミがなぜか自慢げに言う。
「レノックス慧子? アオイとミツキを改造した、あのレノックス博士……」
「レノックス慧子です。あなたは?」と、メガネの女性が幸田に目礼してから訊き返す。
「幸田と言います。アオイ君、ミツキ君と行動を共にしている者です」
ミツキを一度手放してしまったので、「保護者」とは名乗りにくい。
「どうやって、ここまで降りて来たのですか?」
「傭兵を一人気絶させて、彼の指紋を使いました」
「それはいい、これで、私たちも外に出られます」
慧子の頬に笑みが浮かんだ。
「慧子、そっちは誰だ?」
アオイがカレンをじろじろ見ながら尋ねる。
「カレン・ブラックマン博士。国防総省の人間だけど、今は、ミツキを助け出すのを手伝ってもらっている」
と慧子が答える。
「山科アオイ、あなたに、こんな力があるなんて思ってもみなかった」
カレンが感嘆したように言う。
「自分が出来ると思ってやったことじゃない。ここにいるのが慧子だとわかったとたんに意識が飛んで、気づいたらこうなっていただけだ」
幸田は、やっと事情が飲み込めた。ドローンは、アオイ、ミツキ、「M」、幸田の四人以外の人間は全て攻撃するようにプログラムされている。アオイが止めなかったら、今頃、レノックス博士もブラックマン博士も、あの世に送られていただろう。
つまり、アオイは我が身を守るためだけでなく、アオイにとって大切な人間を守るためにも 放電能力を使えるということだ。
「地下二階からリケルメの傭兵どもが降りて来ないうちに、逃げよう」と幸田が言い、アオイ、幸田、慧子、カレンの四人とベッドに寝かされているミツキ、そして、所在不明というか所在自由のカスミを含めた五人は、非常階段に向かって急いだ。非常階段の前で、ミツキをベッドから降ろしてカレンの肩に担がせる。
アオイが先頭に立ち、その後ろに、それぞれが銃を持った幸田と慧子が続き、ミツキを背負ったカレンが最後尾について、非常階段を昇り始めた。幸田が先頭に立つと言ったが、アオイが自分の方が一度に多数を倒せると主張し、それに慧子も賛成したのでこの並び順になった。
敵に出くわしたら、アオイが非接触放電で倒せるだけ倒し、とりこぼしを幸田が銃で倒す。アオイと幸田の二人で敵を片付けられなかったら、後がなくなる。
慧子は廊下の監視カメラをつぶすのに銃弾を消耗してしまい、残弾が三発しかなく、カレンにいたっては、丸腰だからだ。
地下三階と地下二階の間の踊り場にさしかかったとき、左手上方にある地下二階の扉が開き、傭兵が一人飛び出してきた。アオイの身体から閃光が放たれ、傭兵が後ろに飛ばされて壁にぶち当たる。
次の瞬間、扉の陰から、2つの銃口が突き出された。幸田がアオイの背中に飛びついて、階段のステップの上に押し倒す。
幸田の頭上すぐ近くでフルオートの斉射音が響き、銃弾の暴風が背中をかすめた。敵は、今は動転して高く撃ってきているが、落ち着きを取り戻して低く撃ってきたら、背中を蜂の巣にされてしまう。
「アオイ、私が前に出る。君は、左に転がれ」
幸田が姿勢を低くして階段を駆け上がろうとするのを見た慧子は、傭兵が隠れている壁に向けて銃弾を1発放った。壁のコンクリートが砕け散り、傭兵が銃口を引っ込める。これで、残りは2発。
幸田は、地下二階の踊り場に身体を投げ出しながら、壁に身を寄せている傭兵の足に二発、銃弾を浴びせた。傭兵がうめき声を上げて、うずくまる。その頭に一発、撃ち込む。
次の瞬間、背中を銃弾の嵐がかすめた。廊下の奥から傭兵が五名、銃を撃ちながら駆けつけてくる。
先頭の傭兵が幸田の頭に狙いをつけたとき、廊下に移動していたカスミの霊魂が傭兵に取り憑いた。銃口を隣の仲間に向けさせる。廊下に銃声が響き、血煙が立ち込めた。カスミは自分のしたことのおぞましさに驚き、傭兵の身体から離れる。
幸田は、隣の仲間を撃った傭兵の胸に二発見舞った。傭兵の身体が後ろにはじかれ、後に続く傭兵の射撃を妨げる。残りの三名は、伏せて、倒れた仲間の死体を盾にして撃ってきた。幸田は右肩をもぎとられるような衝撃を受け、拳銃を取り落とす。くそ、撃たれた。
「幸田!」と叫んで階段を駆け上ろうとするアオイに慧子が飛びつき、引き止めた。
「私が連中を撃つ。あなたは私の後ろから放電しなさい」
厳しく命じて、階段を駆け上がる。
慧子には目算があった。敵は、伏せている幸田を狙って低い位置から撃ってきている。壁の陰の高い位置から撃ち返せば、敵は、すぐには狙いを移せない。
慧子が壁の角から銃を差し出すと、案の上、傭兵達は、伏せて、仲間の死体を盾にして撃っていた。慧子は、敵を見下ろす位置から2発を浴びせた。
慧子が放った銃弾は、1発が一人の傭兵の肩をかすめただけだったが、傭兵達を驚かせ、一瞬、射撃を止めさせるには十分だった。
慧子がつくったチャンスを、アオイは逃さなかった。踊り場に飛び出し、三人の傭兵めがけて電光を放つ。今度は、意識が飛ばなかった。こいつらを倒すと、ハッキリ意識しながら放電していた。傭兵達が一度ブルっと震えて動きを止めた。
「アオイ、扉を閉めて」と慧子の鋭い声が飛んでくる。アオイは、重い扉に身体を押し当てて閉じた。
慧子が幸田の右肩の傷を見て、言う。
「弾は貫通している。骨もやられていない。でも、動脈を切られた。急いで止血しないといけない」
「あなた達の迎えのクルマに、救命キットはあるの?」と慧子がアオイに尋ねるが、肩からドクドクと出血している幸田を前にアオイは動転して、すぐには答えられない。
「救命キットはあるの?」もう一度、慧子が訊く。
「あ、ある……こういうこともあるかと、簡単な手術ができる道具と消毒薬、麻酔、それから抗生物質を用意してきた。簡単な手術なら「M」が出来るって……」
「『M』というのは、あなたの仲間ね。私も外科手術の真似事ならできる。ともかく、止血だけはできそうね。急いで駐車場に上がりましょう」
慧子が幸田に肩を貸して起き上がらせ、幸田から拳銃と替えの弾倉を受け取った。
「二人が先に行って」と慧子が言い、アオイが先頭に立ち、ミツキを背負ったカレンが続く。その後を、幸田を支えた慧子が、ちらちら後方をうかがいながら、登っていった。
カスミはミツキの身体から遊離したまま、廊下に残っていた。生まれて初めて見る銃撃戦の惨状におののき、動けずにいたのだ。
盾に使われた二つの死体から流れ出た血が廊下を赤く染め、アオイの放電で倒された中のひとりも、慧子から受けた銃創から血を流していた。
カスミは、はっとした。ここで、固まっていてはいけない。廊下の奥に敵が残っていないか偵察して幸田に知らせなくては……。
カスミは幸田が撃たれたことに気づいていなかった。
カスミは廊下に面した部屋の一つひとつを点検していった。最初に入った部屋は、武器庫だった。多くの拳銃やマシンピストル、それに、カスミにはなんだかわからない銃器が残されていたが、人の姿は、まったくなかった。
武器庫を出たところは、エレベーターの前だった。開いたエレベーターの前に一〇人近い傭兵が倒れていて、そのまわりに、黄色いミツバチ型攻撃ドローンが散らばっている。ここで、人間対ドローンの激しい闘いが行われたのだろう。
次に、簡単なキッチンとテレビを備えた居間があった。休憩所だろうか。人の姿はない。念のためにテーブルの下ものぞいたが、誰もいなかった。
隣はベッドが並んだ部屋だった。傭兵達の寝室だろうか。ここも、からっぽだ。ベッドの下に隠れている者もいない。
その隣は、正面の壁一面がスクリーンになっていて、その手前に階段状にテーブルとイスが配置された部屋だった。スクリーンには、地下二階の廊下に並んだ傭兵達の死体が映っている。各テーブルの上にはノートパソコンが置かれている。カスミは、ていねいに、テーブルの下まで見て回った。誰もいなかった。
「よし、偵察完了だ」
カスミは戻ることにした。
帰りは偵察をしないから、瞬時に幸田のところに帰り着いた。ちょうど、カレンがミツキを後部座席に横たえているところだった。
カスミは幸田が肩から血を流して慧子に支えられている姿にショックを受けた。
「幸田、撃たれたのか? 大丈夫か?」
「大丈夫、命に関わるような傷じゃない」慧子はカスミを動揺させないために、ウソをついた。地下二階でうっかり本当のことを言ったため、アオイが顔を真っ青にして震えている。これ以上、パニックを広げてはいけない。
「地下二階には、もう、誰もいなかった」
カスミは、見てきたことを、誰かひとりの頭に話しかけるのでなく、みなに聞こえるように伝えた。
「誰もいなかったの?」カレンが鋭く食いついてきた。
「ええ、テーブルやベッドの下まで見てまわったけど、誰もいなかった」