58.カスミ/幸田
文字数 1,578文字
「ありがとう。だが、私の所に来ていることがミツキ君にバレたら、叱られるぞ。彼女は、太一先生のことで『M』と私に怒っている。そして、ミツキ君は正しい。『M』と私は、アオイを守ろうという気持ちが強すぎて、『巻き添え』になった太一先生をないがしろにしていた。君にも、そこを非難された」
「そのことか……」
カスミが考え込むような口調になった。
「確かに、あのとき、あんたは、ずるかった。だから、あたしは怒った。自分を投げ出して太一先生を守ったお姉ちゃんと、そのお姉ちゃんを守るためにリケルメの銃の前に立った慧子は偉いと、尊敬してる」
「君の言うとおりだ。ミツキ君とレノックス博士を、私も尊敬する」
「でもな、あたしの気持ちは、多分、お姉ちゃんより、もうちょっと込み入ってんだよ」
「どういうことだ?」
「幸田、あんたに紅茶を飲ませてもらいながらあたしが話したことを、覚えてるか?」
「君が家族の中でどんな気持ちでいたか、という話だな」
「あぁ……あんなことを他人に話したのは、あれが初めてだった。あたしの中にはゴチャゴチャグニョグニョしたものが渦巻いてるけど、あそこで少し吐き出せただけで、ずいぶん楽になった」
「そうか。少しでも役に立てたのなら、良かった」
「ああやってあたしの話を聴いてくれたのも、幸田だ。あんたが、あたし達を守るために命がけで闘うところも、あたしは見た。あれも、また、あんただ……だから、あたしは、あんたが太一先生を大事にしなかったというだけで、あんたを嫌いにはなれない」
カスミがそこで言葉を切った。少し、沈黙が続く。
「あのな、うまく言えないんだけど、結局、幸田は神様や仏様じゃなくて、ただの人間なんだよ。あたしも、ただの人間だ。あっ、今は、霊魂だけどな。でも、元は人間だ。人間は、簡単に他の人間にダメ出しできるもんじゃない、いや、簡単にダメ出ししちゃいけない。そんな気がするんだ。幸田、カレンが、最後にあたしに何て言ったと思う?」
「何て言ったんだ?」
「カレンは、『あなた達と二度と会うことがないよう、心から願っている。慧子とアオイに、 くれぐれもよろしく。幸田さんの無事を心から祈っているわ』って、そう言ったんだ。あたしは、一言も忘れずに覚えてる。あのときの、あいつの少し寂しそうな笑顔が、とっても、とってもきれいだったことも、忘れられない」
「そうか……、そんなことを言ったのか? その話を、レノックス博士にしたか?」
「したよ。そしたら、あいつ、何て言ったと思う? 『そんなこと言ったって、あのオンナは政府から命じられたら、また、ノコノコ私達を捕まえにやってくるのよ』って、そう言ったんだ。慧子には、立派なところと人間性が壊れてるところと、両方あるな」
幸田は「ハハハ」と笑ってから、腕の痛みに顔をしかめた。
「いかにも、あの二人らしいじゃないか」
「もしかして、あいつら、本当は友達なのかな?」
「友達では、ないだろう。でも、君が言う『人間同士』の関係があるのさ」
「『人間同士』……かぁ……なんとなく、わかる感じもするな」
幸田には、カスミ顔になったミツキが首をかしげながらうなずいている姿が見えるような気がした。
「『M』が、あたし達の新しいチーム分けを決めるって、言ってた」
「レノックス博士も含めて五人じゃ、多すぎて目立つからな」
「あたしは、他人の目には見えないけどな」カスミが少し寂しそうに言う。
「お姉ちゃんは違うかもしれないけど、あたしは、あんたと同じチームがいいぞ」
「それは嬉しい。ありがとう」と幸田が答えたときには、もう、カスミは、幸田の頭から飛び去っていた。