42. 決意/命
文字数 3,163文字
「お姉ちゃん……」と、ミツキの表情の下でカスミが驚いた声を出す。
アオイが「あたしも、思いは同じだ。一緒に闘おう」と応えると、ミツキの顔にカスミの怒った表情が現れ、「あんたは、『シェルター』の臆病者どものルールに合わせるんじゃなかったのか?」と詰問してきた。
「あたしは、『シェルター』のルールは合理的だと思っただけだ。『シェルター』に隠れている全員の安全を守るためには、誰も闘わないのが正解だ」
アオイが「M」に目を向けると、「M」が小さくうなずいた。
「でも、あたしは、今は、『シェルター』の外にいる。闘いたい時に、闘ってかまわない。太一先生があたしのせいで人質に取られた。今、闘わないで、いつ闘うんだ」
「私もです。私は闘いは嫌いです。でも、私たちのせいで、何の罪もない太一先生が人質に取られて、見て見ぬ振りはできません」とミツキ。
「なんだよ……、二人とも闘うのかよ。あたしは、最初っから、その気だったからな」カスミがぶすっとした調子で言う。
幸田が顔を上げた。「M」と目を合わせ、そして、穏やかだが覚悟のこもった口調で、「『M』と私も、一緒に闘う」と言った。
次の瞬間、カスミの声で思いがけない言葉が飛び出した。
「『M』の助けはありがたい。でも、幸田は願い下げだ。病人に足を引っ張られたら困る」
「カスミ、なんて事を言うの!」とミツキが大慌てで叱る。
カスミは姉を無視して、アオイに話を振ってくる。
「アオイ、あんたは、幸田が病気なのを知ってるんじゃないか? そうでなくても 最近、とても具合が悪いことくらい気づいてるだろう。それなのに、幸田を巻き込んで平気なのか?」
もちろん、知ってるよ。気がついてるさ。だから、幸田を巻き込みたくない。だけど、その気持をどう伝えたら幸田を傷つけずにすむかと悩んでる。それを、デリカシーのかけらもない阿呆が、失礼極まりない言い方をしやがって。
アオイはカスミの手をつかんで非接触放電してやりたかったが、この大事な場面でミツキまで気絶させてしまっても困る。
とがった空気をを和らげたのは、「M」の言葉だった。
「幸田君は、自分の病気には慣れている。具合の悪い時は、悪いなりに出来ることをしてくれて、無理にそれ以上のことをしようなんて、思わない。そういう彼の賢さに、私はいつも助けられている」
幸田が「M」に目を向け、「M」が、穏やかに微笑んで返した。
アオイは、自分も幸田に言葉をかけたくなった。「M」のように上手に言うことは出来ない。だから、前に言ったことを繰り返そう。
「幸田、あたしは、前に、あんたの調子が下がったら、あたしがあんたを守ると言った。覚えてるよな。あたしは強い。歩く兵器だ。ヤバくなってきたら、あたしの後ろに隠れてろ」
幸田が他の三人を見渡して苦笑いした。
「せいぜい足手まといにならないよう務める。ヤバイことになったら、守ってくれ」
「任せとけ」とアオイが答えるのと同時に、カスミも「任せとけ」と言ったので、アオイは驚いた。
前にも、幸田とカスミの間には「なんかある」と感じたことがあったが、こうなってくると、本当に疑ったほうがいいかもしれない。
アオイは好奇心と疑念たっぷりに幸田の顔を見た。幸田が「えっ?」という感じの間抜けな表情を返してくる。
「えっ?」と言いたいのはあたしの方だよと、アオイは苦笑いした。アオイは現実的・実践的に出来ているので、自分の中のモヤっとした感じは流すことにした。今は、太一先生を助けることが第一だ。そのためには、幸田とカスミが良好な関係にある方がいい。
「さて、みんなで闘うと決まったところで、私たちから、あなたたち三人にお願いがあるの」と「M」が改まった口調で切り出した。
「幸田君と私は、これから、こういうものを身につける」と言って、「M」は上着のポケットからカメオを二つ取り出した。一つは、美しい装飾のあるお洒落なもので、もう一つは、金貨のようなデザインでやや地味目だ。「M」がお洒落な方を首からかけ、幸田は、「M」に地味なほうを渡した。
「このカメオは、口に放り込んで噛み締めると炸裂する小型爆薬なの」と「M」が言い、ミツキが「ええっ」と言って、畳の上で後ずさりした。
「私たち二人は、『シェルター』の事を知りすぎている。もし、武器商人に捕まり、拷問されたら『シェルター』の情報を吐いてしまうかもしれない。そんなことになったら、『シェルター』に大変な迷惑をかける。だから、捕まりそうになったら、これを噛んで自爆する」
「そんな……」とミツキが泣きそうな顔になる。
「でも、気を失ったり傷を負ったりして、自爆できないかもしれない。そういう時は、アオイさん、ミツキさん、カスミさん、あなたたちに、私たちを殺して欲しい」
「M」が祈るような目をアオイ達に向けてきた。
幸田も顔を上げる。。
「拷問で仲間のことをしゃべってしまっても、結局は殺される。人生の終わりをそんな情けない形で迎えたくない」
今の幸田が言うと、ぞっとするようなリアリティがある。
「そんな事は、できません」とミツキが泣き出した。
アオイは、「あたしが、何があっても二人を守るから、そんな心配は要らない」と言いたかった。
だが、敵は、CIAの追跡部隊を撃破した武器商人だ。それなりの人数を抱えて重武装しているに違いない。その上、向こうは、太一先生を人質に取っている。
あたし達は、不利だ。自分が幸田と「M」でも、同じ事を頼むかもしれない。そして、それに応じてもらえて、初めて安心して闘えるかもしれない。
アオイは肚をくくった。
「わかった。万々、万が一、そういうことになったら、あたしが二人を苦しませずにあの世に送ってあげる」
突然、ミツキに肩をつかまれた。
「アオイ、気でも狂ったのか!」
カスミの声だった。
「幸田さんをお前の手で殺すなんて、お前、本気か? そんな事を考えられるなら、お前は人間じゃない。兵器でもない。怪物だ!」
もともと荒っぽい物言いのカスミが、今は、怒り狂ってアオイをののしっている。
「私も、アオイさんがそんな人だったとは、思ってもみませんでした」
今は、完全にカスミ顔になっているミツキの中でミツキ本人が珍しく怒っている。
二人にそこまで言われると、アオイは自分がとんでもない冷血漢のような気がしてくる。
「M」が、アオイに救い船を出してくれた。
「アオイさんは、私と幸田君を安心させたくて言ってくれただけだわ。だから、アオイさんを怒らないであげて」
そこで「M」が口調に力をこめた。
「私が、つい気弱になって変なことを言ったのがいけなかった。みんなで太一先生を助け出して、無事に戻ってきましょう」
「そうだよ、誰一人傷ついたり、捕まったりしない」
カスミが涙声になっている。こんなことは、初めてだ。
「そうです。私たちは、絶対に勝って、無事に帰ってきます」
いつも泣き虫のミツキの方が、しっかりした口調で言う。
「幸田君、カメオを私に返して」
幸田が戸惑いながらもカメオを首から外して「M」に渡した。
「M」も、首にかけたカメオを外す。
「これは、もう、必要ない」
そう言って、「M」は、カメオを自分のショルダーバッグに納めた。
「アオイさん、気を遣わせて、本当にごめんなさい」と、「M」が丁寧に頭を下げた。
アオイは、なんとも言いようがないので、ただ、ペコリと頭を下げた。
「M」が、明るい声で「さて、これで心構えは出来た。具体的な作戦を考えましょう」と言い、微笑んだ。