31. 銃撃戦/犠牲者
文字数 2,370文字
カレンたちを待ち伏せた連中は、旧ソ連で開発され、半世紀以上も世界中で使われてきた自動小銃AK四七を使っているのだ。
「ボス、防弾ガラスがあっても、接近され爆破されたらアウトです。クルマを降りて応戦しましょう」二列目に座っている狙撃手が、傍らのゴルフバッグに収めた狙撃用ライフルではなく、足元のバッグに納めたマシンピストルを取り出しながらウェイドに進言する。
「よし、車から出るぞ。マシンピストルを寄越せ」と言うウェイドに、サイードが「ダメだ。敵は、我々を右手に追い出して、右手の木々の間に隠れている仲間に撃たせる考えかもしれない」と反論した。
敵は、左手からの斉射で慧子たちを右手の川方向に追い出してから、川向こうの山中から狙撃しようと目論んでいる。サイードは、そう警戒しているのだ。
「グズグズしてたら、周りを囲まれます!」狙撃手が叫ぶ。
「私が先に降りて、右手の敵をクリアする」サイードが落ち着いた声で言った。
「森の中に潜んでいる敵がわかるのか?」とウェイドが驚く。
「私には、私や仲間を攻撃しようとする意志がある人間を探知する能力がある」
「そうなのか?」とウェイドがカレンに訊く。
「設計にはなかった能力だけど、サイード元・少佐と21084にだけ発現した。科学的な説明はつかない」
「二列目のドアをあけるぞ」サイードに言われて、狙撃手が二列目シートの左端に移動した。サイードが二列目ドアを前に倒し、ドアノブに手をかけた。カレンは息を飲む。
サイードがクルマから出た。サイードは伏せなかった。姿勢を低くもしなかった。すっくと背筋を伸ばして立ち、まるで的にしてくれと言わんばかりだ。視点を高く保って敵を探知しやすくするため、敢えて危険を冒しているのだ。
サイードの身体から川向こうの林へと、一筋の青い閃光が走った。敵を視認して放電する時は閃光は現れないのだが、気配だけを頼りに放電する時は、閃光が走るのだ。AK四七がタタタと短く鳴って、沈黙した。サイードが言う通り、細流の向こうの樹間にも敵が潜んでいたのだ。
続けて三本の稲妻が林の中へ奔ったところで、敵が我慢しきれなくなったのだろう、右手から一斉に銃声が起こった。右側の防弾ガラスに火花が散り始める。
「サイード元少佐を援護します」と言って、狙撃手がドアをあけて出て行った。タタタ、タタタと、狙撃手が林に向かって銃弾を撃ち込む音が聞こえ始めた。
「クソッ、今度は左手の連中が山から下りてきた。窓を開けて応戦するぞ」
ウェイドが言い、二列目席に移動した。ドライバーとウェイドが左側の窓をあけ、マシンピストルを撃ち始める。
スピーカーから「二号車のマスムラだ。あと三分でそちらに到着する」と声が流れた。「後三分」とカレンは考える。三分間、ここでじっと床に伏せているのとサイードを援護するのと、どちらが自分の生き残る確率が高くなるか? カレンの論理は前者を選べと指示した。
しかし、カレンは銃を取って闘う方を選んだ。今の自分は科学者ではない。作戦の指揮官だ。
カレンは二列目シートの床に置かれたバッグからマシンピストルを取り出し、クルマから出た。木々の間に見えた人影に向けて三点バーストを二回繰り返す。
不思議なことが起きた。川向こうの林から撃ってこなくなったのだ。なぜだ? 敵は全滅したのか? それとも、ロケット弾など、より強力な攻撃を仕かけてくる気か? カレンは口の中に溜まったつばをごくりと飲み干した。
右手からクルマのエンジン音が近づいてきた。目を向けると二号者だ。急ブレーキをかけて、倒木の二メートル先くらいで停まる。
マスムラがマシンピストルを手に助手席から飛び出し、二号車と倒木の間で姿勢を低くして川向こうに銃口を向けた。
「ここで私が援護する。みな、二号車に乗り移るんだ」マスムラが叫ぶ。
サイードが、カレンに「博士、私が援護する。早く行きなさい」と言う。マスムラが倒木の向こうで顔を振ってカレンを招いている。
カレンは姿勢を低くして倒木を飛び越え、二号車に駆け寄ろうとした。その時、カレンの身体にマスムラがラグビーのタックルのように飛びついてきた。えっ、なぜ、邪魔をする?
うつ向けに倒されたカレンの目の先で、二号車のラゲッジスペースあたりで爆発が起きた。車体が後部側面から巨人のパンチを食らったように斜めになって右手の木々の間に飛び込む。川の方向からロケット弾を食らったのだ。
「博士、じっとしていたまえ」とマスムラが言い、カレンは地面に強く圧しつけられた。
マスムラは自分の身体でカレンを押さえつけながら一号車に目を向けた。二発目のロケット弾が一号車の側面中央部に飛び込む。一号車が大きく宙に浮き、半回転して屋根から地面に落ちた。サイード元・少佐と隣にいた特殊部隊員が爆風で崖下に吹き飛ばされた。
左手の山中から、黒い戦闘服姿の人影がわらわらと現れ、爆風で川床まで飛ばされたサイード元少佐と特殊部隊員に止めを刺しに行く。
マスムラの身体の下では、カレンが「エージェント・マスムラ、何が起こっているの!」と叫びながらもがいていた。
戦闘服姿の一人がマスムラに近づき、カレンの首筋にピストル型の注射器を押し当てた。薬液がカレンの体内に勢いよく流れ込み、カレンの動きが止まった。
マスムラはカレンを肩に担ぎあげ、崖を降りた。頭を撃ちぬかれたサイード元・少佐の遺体を横目に、マスムラは黒い戦闘服の連中と一緒に川向こうの林に入っていった。た。