19. あんたの問題/あたしの問題
文字数 1,903文字
カスミがあざけるように言った。アオイは呆れる。実に、性格のひん曲がった奴だ。殺されて霊魂になったせいなのか、それとも、元々、ひねくれてたのか?
「カスミ、大人をからかうのは、やめなさい」ミツキがカスミを叱る。
「残念だな。また一人、ファンが増えたと思って喜んだのだが。でも、いいよ。私はサイン会を開くと一キロの行列ができる」幸田が真面目くさった顔で言った。
「幸田、まさか、それ、本気で言ってないよな?」
「冗談でこんな事を言えるか。それより、今後のことだ。アオイ、こちらのお姉さんと妹さんをどうするつもりだ?」
「幸田、『どうする』は、二人に失礼だ。二人はモノじゃない、人間だぞ。あたしの勝手で、 どうこうできるわけがない」
「ほぉ、イイことを言うじゃないか。では、言い方を変えよう。どうお付き合いするつもりだ?」と幸田。
「アオイさん、連れて逃げてくださいとお願いしておいてこんな事を言うのは残念ですが、私を追い出してください。カスミがいつアオイさんや幸田さんに危害を加えるかもしれない状態で、一緒にいることはできません」
ミツキが泣きそうな声を出す。
「追い出したら、あんた、どうするつもりだ?」アオイが訊く。
「カスミと二人で、姿を隠します」
ミツキの言葉に、カスミが黙っていなかった。
「お姉ちゃん、金もない、行く当てもないのに、バカ言うな。第一、逃げると国防総省から裏切り者とみられて追われる。アオイを殺して、その首をもって、国防総省に戻るのがベストだ」
「首を持って」とは、戦国時代の侍みたいなことを言う奴だとアオイは思う。こいつ、本当に アメリカで育ったのか?
「私は、アオイさんと闘うのは嫌だ! 国防総省に戻って殺し屋として使われるのも、嫌だ」
ミツキにしては珍しく叫んだ。
「お姉ちゃん、一時の気分で、大事な事を決めるな! 現実を見ろ! 国防総省は、デカイ。 あたしたちみたいなちっぽけな人間が闘って勝てる相手じゃない。このアバズレと中年スケベ オヤジが一緒にいても、結果は同じだ。四人、皆殺しにされるだけだ」
アオイと幸田は、顔を見合わせた。
「アバズレだってさ」
「私は、中年スケベオヤジと言われた。心外だな」
「あたしもだ」
アオイたちの醒めた反応をよそに、ミツキ・カスミ姉妹の応酬がヒートアップしていく。
「嫌だと言ったら、嫌だ。一緒に手術を受けたのに私だけが生き残って、こんな事は言いたくない。でも、この身体は、私のものだ。私の好きにさせて欲しい」と、ミツキ。
「お姉ちゃん、それは、違うぞ! 今では、お姉ちゃんの身体は、お姉ちゃんだけのものじゃない。あたしの身体でもある」と、カスミ。
アオイは、姉妹の言い合いを聞いているのが面倒くさくなった。
「わかった、わかった。お互い、言いたいことは、色々あるだろう。あたしを殺して国防総省に戻るかあたし達と一緒に逃げるかは、あんたたちの問題で、あたしの問題じゃない。二人で、気が済むまで相談して決めてくれ」
今は完全にカスミの顔になっているミツキがアオイをにらみつけてくる。
「ただし、あんたたちがあたしを殺すと決めても、『はい、そうですか』と殺されてやる気はない。今までのように、反撃する。何度でも、何度でも、反撃する。どっちかがボロボロになってくたばるまで、闘い続ける。くだらない気もするけど、命あるものは生き続けたいのだから、仕方ない」
「それから」と、アオイは、カスミをにらんだ。
「幸田に何かしたら、あんたを殺す。息の根を止める。刺し違えてでも、あの世に送ってやる」
アオイをにらんでいたカスミの目が少し揺れた気がした。
「それで、お二人の相談がまとまるまでは、どうする気だ?」幸田がアオイに尋ねる。
「一緒にCIAから逃げる。連中が襲ってきたら、闘う。闘って、闘って、あたしの息の根が止まるまで、闘う。幸田は、付き合わなくてもいいんだぞ。カスミが言う通り、勝ち目のない闘いかもしれない。命を無駄にするな」
「それでいいのか?」
「いいんだよ」
「そうなんだ」と言ってから、幸田がしげしげとアオイを眺めた。
「アオイ、君は、実に酔狂な奴だな。だが、私は、酔狂な人間は嫌いではない。つき合わせてもらう。ただし、これまで君と私を支援してくれた人たちに迷惑はかけられない。明日、縁切りに行ってくる」
「その人たちに、あたしがとっても感謝していたと伝えてくれ」
アオイは目ににじんできた温かいものを幸田に見られまいと、横を向いた。