25.  新宿行き/バイト?

文字数 1,212文字

 カスミの身の上話を聴いた翌朝、幸田は、朝食を終えて部屋に戻ろうとするアオイを呼び止めた。
「アオイ、ちょっと、都心まで出かけてこないか?」
「『出かけてこないか』って、あんたとミツキは、どうするの?」
 普段は声の大きいアオイが、小さな声で訊いてきた。
「私は、ミツキと、ここに残る。今日は、ハイキングにでも行ってくる」
 アオイが顔を近づけてきた。
「それは危険だ。あたしがいない間にカスミが暴走してみろ。幸田には、止められないぞ」
 アオイの顔に不安の影がさしている。
「だが、君と私が二人で出かけると、カスミ君が心穏やかでないかもしれないぞ」
「そうか、あたし達が逃げ出したと勘違いされたら困るな」
「それに、これは、急ぎの件だ。ミツキ君とカスミ君の間で話がつくのを待っている余裕がない」
「わかった。それで、どこに行けばいいんだ?

 幸田は胸のポケットからメモ用紙を取り出してアオイに渡した。
「『スナック華』……? 幸田、金に困ってるのなら、あたしは、バイトでもなんでもする。だけど、スナックのホステスはまずいだろう。人目につき過ぎる」
「バイトじゃない。そこで人に会うだけだ。駅までは、ミツキ君も乗せてクルマで送っていく。あとは、一人で、電車を乗り継いで、このメモの住所に行け。新宿駅南口から目的地までの地図も書いておいた。それから、これを使え」
 幸田はポケットからスマホを一台取り出してアオイに差し出した。
「『飛ばし』のスマホだ。ネット検索もメールも出来ないように設定し直してある。 LINEで私とつながっているだけだ」
「非常に残念なスマホだな」

「CIAと国防総省から逃げ回っていることが非常に残念な状況なのだから、スマホが残念でも仕方ない。訪問先の電話番号も書いておいたが、そこに電話して道を聞くのは、どうしても困った時だけだ。出来る限り、地図だけで行け。他人に行き方を尋ねるな。もちろん、交番は、論外だ」
「心配すんな。あたしは、地図が読める美少女だ。それより、カスミにはくれぐれも気をつけろよ」
「わかっている。気を引き締めて、君の帰りを待っているよ」
 と答えたものの、幸田は、昨晩の感触から、カスミに襲われることはないと確信している。
 カスミから聴いた内容は墓まで持って行くが、二人だけで話したことは、アオイに伝えるつもりだった。だが、それは、今ではない。

「今から行ったら開店前に着けるはずだ。勝手口に回ってノックして、『幸田の使いの者です』と言えば、開けてくれる。スナックに着くのは、ちょうど昼飯時だろう。昼食は、スナックで出してもらえるよう、私から頼んである。だから、」
「お食事処をウロウロ探すなと言うんだろう。わかってる。CIAと国防総省がすぐ近くまで迫ってるかもしれない。お茶もしない、ゲーセンにも寄らない。用を済ませたら、すっ飛んで帰ってくる」
「それなら、よろしい」
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登場人物紹介

山科 アオイ (17歳)


アメリカ国防総省の手で、放電型生体兵器に改造された17歳の少女。

直感派でやや思慮に欠けるところがあるが、果断で、懐が深く、肚が坐っている。

山科 アオイ は自ら選んだ偽名。本名は 道明寺 さくら。


両親とドライブ中に交通事故に遭う。両親は即死。アオイは、アメリカ国防総省が日本国内の山中深くに設置した秘密研究所で生体兵器に改造される。

秘密研究所が謎の武装集団に襲撃され混乱に陥った際に脱出。組織や国家に追われる内部通報者やジャーナリストをかくまう謎のグループに守られて2年間を過ごすが、不用意に放電能力を使ったため、CIAに居場所を突き止められてしまう。

幸田 幸一郎(年齢40台前半)


冷静沈着、不愛想な理屈屋だが、あるツボを押されると篤い人情家に変身する。

幸田幸太郎は偽名。本名は不明。


組織や国家から追われる内部通報者やジャーナリストなどを守る秘密グループの一員で、アオイのガードを担当する「保護者」。英語に堪能。銃器の取り扱いに慣れ、格闘技にも優れている。

田之上ミツキ(17歳)


アメリカ国防総省の手で、ターゲットの自律神経を破壊する「脳破壊型生体兵器」に改造された17歳の少女。知性に秀で、心優しく思慮深いが、果断さに欠ける。15歳までアメリカで育った。

田之上 ミツキは、本名。


両親、妹のカスミとアメリカ大陸横断ドライブ中に交通事故にあう。両親は即死。ミツキとカスミは生体兵器に改造されるために国防総省の特殊医療センターに運ばれるが、カスミは改造手術中に死亡。ミツキだけが生き残る。

国防総省を脱走したアオイを抹殺する殺し屋に起用されたが、アオイが通うフリースクールに転入してアオイと親しくなるほどに、任務への迷いが生まれる。

田之上 カスミ(15歳)


田之上ミツキの妹。ミツキと同時に人間兵器に改造される途中で死亡するが、霊魂となってミツキにとり憑いている。知的、クールで果断。肉体を失った経験からニヒルになりがち。


普段はミツキの脳内にいてミツキと会話しているだけだが、ここぞという場面では、ミツキの身体を乗っ取ることができる。

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