43.  偵察/驚愕

文字数 4,416文字

 全員の決意と覚悟を確かめた「M」は、「作戦を立てるには、まず、現地の偵察ね。時間がないから急がないと。あなた達はリケルメに顔を知られている可能性が大きいから、ここで待機していて」と言うと、一人で出かけて行った。

 ミツキが「『M』さんを独りで行かせていいのですか?」」と心配そうに尋ねると、幸田が、「大丈夫。『M』には強力な援軍がいる」と答え、ミツキは目を白黒させた。
「『M』が戻ってくるまで、ひと眠りしよう」
 と言い出した幸田は、消耗し切って、もう我慢できないという感じだ。
 アオイは「確かに、今、あたし達に出来ることはない。昼寝しよう」と賛同した。ミツキが「えっ、そうきます?」と泣きそうな声を出す。
 アオイは寝袋に身体を押し込むと、たちまち眠りに落ちていった。
 こんこんと眠っているアオイと幸田をみながら「私は、心配で、とても眠れそうにない……」とミツキがつぶやくと、頭の中でカスミが「お姉ちゃん、あたしは寝るぞ。『M』が帰ってきたら起こしてくれ」と言う。
「もう、カスミったら……」独りため息をつくミツキだった。

「M」が帰ってきたのは、夜一〇時を過ぎたころだった。
「M」はスマホで撮影してきた写真をアオイ達に見せながら、敵地の説明を始めた。
「これが聖命会総合病院。都心の一等地にある大規模総合病院だわ。地上二〇階・地下三階の本館は、都心にあっても、ひときわ目立っている。機密管理が徹底しているので、スキャンダルで窮地に立たされた政治家や有名タレントが身を隠すのに使うことで有名」
 ヨーロッパの大聖堂を思わせるような重厚な建物だ。次に、「M」は、ちょっとしたマンションなみの車止めがある玄関の写真を見せる。
「これが、リケルメが指定してきた救急外来」
「大きいですね」とミツキ。
「入口が二つあるのが特徴。ひとつは、救急車で救急搬送されてきた患者さん用の入口。受付なしに、初期診断室、手術室、ICU、HCUへと入っていける。もうひとつは、自力で来院した救急患者向けの入り口で、こっちは、受付がある」
「どちらの入り口に行けばいいんだ?」
 アオイがつぶやくと、カスミが「受付のある方の入り口に行って、受付で田之上ミツキと山科アオイが来ましたって、名乗るんだろう?」と言う。
「リケルメはどちらと指定していなかった。外来の前まで行けば、迎えが出てくるのだと思うわ」と「M」。

「面白いのは、この救急外来の奥に指紋認証が必要なエレベーターがあること」
「指紋認証?」
 うつむいて畳を見つめていた幸田が顔を上げた。
「怪しいでしょう? しかも、そのエレベーターは、二階以上にはつながっていない。地下三階に直行しているの」
 ミツキが「特定の人が地下三階と一階の救急外来の間を行き来するためだけに使っているわけですね」と興味を示す。
 アオイが「それで、地下三階には何があったの?」と身を乗り出すと、カスミが「バカねぇ。『M』は指紋を登録してないのよ。エレベーターを使えるわけがない」と呆れ声を出した。
「誰かが乗り込む時に、ついてけばいい」
「アオイ、あんた、頭のネジが緩んでないか? 指紋認証でガードしてるエレベーターだぞ。部外者の『M』が乗り込んだら、たちまちつまみ出される」

「地下三階には、聖命会綜合病院の敷地内にある別の建物への地下通路があったの」
「M」がケロリと言うから、アオイは驚いた。
「えっ、どうやって確かめたんですか?」
「M」が「私の代わりに、この子が、地下通路に入っていく病院関係者についていって、見てきてくれた」と言ってアオイに手のひらを差し出したが、そこには何も載っていない。
「何もないじゃないですか?」
「ともかく、触ってみて」と「M」に言われて指を持っていったアオイは「キャッ」と飛びのくことになった。
「見えないのに、何かが、載ってる」

「あたしが見てもいい?」とカスミが言い、「もちろん」と「M」が答える。カスミは「M」の手から見えない何かをつまみ上げ、「案外重いね」と言った。
「ほら、よく見てみな」とカスミが「見えない何か」をアオイの鼻先に突き出す。
 なんと、そこには歪んだアオイの顔が映っていた。
「球体の表面が光を反射する素材で覆ってあって、そこに、周りの風景が映りこむから、何もないように見える。極めて原始的な光学迷彩だ」
「そのとおり」と「M」が微笑む。
「でも、この原始的な迷彩でも、かなり注意して探さないと見つけることはできない」
 カスミが「タイヤもキャタピラもついてないけど、自分で転がってくのか?」と好奇心満点で尋ねる。
「M」がうなずくと、カスミは「うん、こいつは、優れものだ」とはしゃいで、「コントローラーを貸してくれ」と図々しいことを頼む。
「カスミ、止めなさい」とミツキがとがめたが、「M」は「はい、これ」とスマホサイズのコントローラーを畳の上に置いた。
「『シェルター』を出る時に、仲間が餞別にと持ち出させてくれた小型偵察ロボット。今回は、本当に、役立ったわ。この他にも、スズメバチ型の攻撃ドローンとか、ロボットの味方なら、大勢いるのよ」

 カスミに身体を奪われて監視カメラを動かし始めたミツキが、はっとしたように手を止めた。
「それで、太一先生は、どこにいたんだ?」
 カスミの声で、「M」に尋ねる。
「見つけられなかった」と「M」が答えると、カスミの声が強張った。
「肝心の太一先生を探さずに、地下通路なんか探してたのか? あんたは、バカか」
「カスミ、その言い方は失礼でしょ」ミツキが、か細い声で言う。
「失礼なもんか。こんな気が利いた偵察ロボットを持ってるなら、病院中隅々まで探して太一先生の居場所を突き止めるのが先決だろう。先生が閉じ込められてる場所がわかってれば、これから出かけて、夜の闇に隠れて先生を助け出せるのに! 『M』さん、さっきは自爆するなんて大げさなことを言ってたけど、あんた、本気で太一先生を助ける気があんのか!」

「M」がいつもと変わらぬ穏やかな目で、すっかりカスミ顔になっているミツキを見た。
「カスミさん、私は、太一先生があの病院に閉じ込められている可能性はとても小さいと思っているの」
「はぁ! なに、とぼけた事を言ってるんだ!」
 カスミが立ち上がった。
「リケルメは、あたし達に、明日の午後三時に聖命会総合病院の救急外来に来いと言ってるんだぞ。そこで、あたし達と引き換えに太一先生を解放するつもりだ。太一先生は、聖命会総合病院か、その近くに監禁されてるに決まってる」
「でも、カスミさんが言う通りに救急外来で太一先生とあなた達を交換したら、太一先生が、自分が監禁されていたのが聖命会総合病院だったと気づいてしまう可能性が大きいわ」
と、「M」が返す。

 カスミは一瞬言葉に詰まったように見えたが、すぐ、反論を始めた。
「リケルメと聖命会総合病院は、何の関係もないかもしれないじゃない! あたし達と太一先生の交換場所に病院を使うだけなら、太一先生が聖命会総合病院で解放されたと気づいても、何の問題もない!」
「私も、それを考えた。だけど、地下三階の連絡通路の先にあるものを見て、考えが変わったの」と「M」が答えた。

 アオイは、カスミが太一先生を思うあまり、視野が狭くなっていると感じていた。このあたりで、少し、目先を変えさせた方がいいだろう。
 アオイは「M」に尋ねる。
「『M』さんは、連絡通路の先に、リケルメにとって、太一先生に聖命会総合病院で解放されたと気づかれたくないものがあったと言うのね?」
「アオイさん、その通りなの。連絡通路の病院と反対側の出入り口を、AK47で武装した警備員が見張っていた。
 AK47と言えば、五〇年以上前に作られて、今でも世界中の紛争地帯で広く使われている自動小銃だ。そんなものを持った警備員が見張ってるなんて、そこは、絶対にまっとうな施設ではない。

「地下通路を探らせた偵察ロボットは、訓練された警備員には見抜かれてしまうことがある。そこで、私は、偵察ロボットを引き上げて、通路の先にある建物を地上から探ってみることにした。その時は、その建物に太一先生が監禁されている可能性が高いと思っていた」
 幸田が、カスミが「M」に食い下がっている間中、畳に落としていた目を上げて、「それは、いったい、どんな建物だったのですか?」と尋ねた。
「偵察ロボットが記録した移動距離と方位からして、銃を持った警備員が守っていた建物は、これに違いない」
「M」が、「BMI応用医療研究所」という施設のホームページを開いて見せた。そこには、最先端のBMI(ブレイン・マシン・インターフェイス)技術の臨床医療への応用を研究する国内でも数少ない研究所と書かれていた。
 BMIですって? アオイを生体兵器に改造したレノックス慧子は、自分のことを、元々は BMIの専門家だったと言っていた。この施設は、匂う。

「地上五階で地下は何階あるかわからないこの施設には、より小型のゴキブリ型偵察ロボットを四機投入してみた。すると、地上階は、臨床医療の研究施設と言うより生体兵器の研究所のように見えた」
 アオイは口にたまった唾を飲み込んだ。
「地上階のエレベーターは指紋認証でブロックされていないけど、地下一階の職員専用駐車場までしかつながっていなかった。そこで、偵察ロボットを地下一階に降ろしてみたら、地下二階と三階に通じるエレベーターと非常階段があった。このエレベーターと非常階段のドアは指紋認証でロックされていた」
 幸田が「救急外来と『BMI応用医療研究所』は、地下三階の連絡通路でつながっていたのですよね。『BMI応用医療研究所』の地下三階に偵察ロボットを降ろしてみましたか?」と訊く。
「リスクが大きいから悩んだけど、駐車場から降りていく人間が現れたので一緒にエレベーターに乗り込ませた。そして、これが、地下三階の映像」
 アオイ、幸田、今では普段の表情に戻っているミツキが身を乗り出して画面をのぞきこむ。

 アオイは、地下三階の風景が、自分が生体兵器に改造された秘密研究所にそっくりなので、驚いた。
「これ、私が改造された秘密研究所とそっくりです」
 設備の間を一人の女性が歩いている。
「あっ、この人!」とミツキが叫び、アオイはあまりの驚きに声が出なかった。
「誰なの?」と「M」がアオイ達に尋ねる。
「慧子! レノックス慧子博士です。私を人間兵器に改造した人です」と答える自分の声が震えていることにアオイは気づいた。
 ミツキの顔が歪んで、その下からカスミが憎しみのこもった声で言った。
「あたしを改造しそこなって殺した奴だよ」

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登場人物紹介

山科 アオイ (17歳)


アメリカ国防総省の手で、放電型生体兵器に改造された17歳の少女。

直感派でやや思慮に欠けるところがあるが、果断で、懐が深く、肚が坐っている。

山科 アオイ は自ら選んだ偽名。本名は 道明寺 さくら。


両親とドライブ中に交通事故に遭う。両親は即死。アオイは、アメリカ国防総省が日本国内の山中深くに設置した秘密研究所で生体兵器に改造される。

秘密研究所が謎の武装集団に襲撃され混乱に陥った際に脱出。組織や国家に追われる内部通報者やジャーナリストをかくまう謎のグループに守られて2年間を過ごすが、不用意に放電能力を使ったため、CIAに居場所を突き止められてしまう。

幸田 幸一郎(年齢40台前半)


冷静沈着、不愛想な理屈屋だが、あるツボを押されると篤い人情家に変身する。

幸田幸太郎は偽名。本名は不明。


組織や国家から追われる内部通報者やジャーナリストなどを守る秘密グループの一員で、アオイのガードを担当する「保護者」。英語に堪能。銃器の取り扱いに慣れ、格闘技にも優れている。

田之上ミツキ(17歳)


アメリカ国防総省の手で、ターゲットの自律神経を破壊する「脳破壊型生体兵器」に改造された17歳の少女。知性に秀で、心優しく思慮深いが、果断さに欠ける。15歳までアメリカで育った。

田之上 ミツキは、本名。


両親、妹のカスミとアメリカ大陸横断ドライブ中に交通事故にあう。両親は即死。ミツキとカスミは生体兵器に改造されるために国防総省の特殊医療センターに運ばれるが、カスミは改造手術中に死亡。ミツキだけが生き残る。

国防総省を脱走したアオイを抹殺する殺し屋に起用されたが、アオイが通うフリースクールに転入してアオイと親しくなるほどに、任務への迷いが生まれる。

田之上 カスミ(15歳)


田之上ミツキの妹。ミツキと同時に人間兵器に改造される途中で死亡するが、霊魂となってミツキにとり憑いている。知的、クールで果断。肉体を失った経験からニヒルになりがち。


普段はミツキの脳内にいてミツキと会話しているだけだが、ここぞという場面では、ミツキの身体を乗っ取ることができる。

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