47. 受け入れ準備/体内爆弾
文字数 3,436文字
「アオイとミツキは、明日の午後三時に、聖命会総合病院の外来受付に現れる。その後の段取りを、君たちと確認しておきたい」とリケルメが言った。
「本当にアオイとミツキが来ると思っているの? 私が彼女たちだったら、絶対に来ないわ」と侮蔑も露わにカレンが言った。
リケルメがぬめりとした笑顔で、慧子に「レノックス博士、君は、どう思うかね?」と尋ねた。
「来る。あの子たちは、来てしまう。アオイも、ミツキも、自分たちの教師が、自分たちのせいで人質に取られているのに見て見ぬふりをできる子ではない。こんな作戦を立てたあんたは、とんでもない卑怯者だわ!」
慧子は、冷静でいたかったが、最後は感情的になってしまった。
「あはは、これは驚いた。慧子、あなたが、そんな能天気な性善説論者だったとは知らなかった」カレンが嘲笑った。
「人間全般が性、善なるものか・悪なるものかなんて、わからないし、そもそも興味もない。でも、アオイとミツキが、この場面で、太一先生を助けに来る人間だということなら、私は確信を持っている」
「それより、リケルメさん、あなたは、アオイ達が来たら、必ず人質を解放するのでしょうね」慧子は矛先をリケルメに向けた。
リケルメが真剣な表情で答えた。
「私は悪党だが、それなりの美意識を持っている。人質を取るのは汚い。私の趣味ではない。今回は時間がないのでやむを得ず使っただけだ。目的を達したら、人質は、必ず解放する。もちろん、人質の証言で足がつくようなヘマはしない。人質監禁チームの部下たちは、太一に目隠しをして都内をさんざんドライブしてから、『あすなろ園』近くに戻って、アパートの一室に監禁している」
「人質は、この病院にはいないの? だったら、人質を解放したことをアオイ達に見せられないじゃない」とカレンが言った。
「ミツキとアオイが指示通り救急外来に現れたら、人質監禁チームは、太一を『あすなろ園』近くまでクルマで運んで、クルマから降ろす。太一がそこから『あすなろ園』に歩いて帰る映像を撮影・送信し、救急外来でそれを受信した部下が、ミツキとアオイに見せる」
「アオイ達が太一先生が解放されたことを信じたら、その後、どうするつもり?」今度は慧子が訊く。
「二人に麻酔を打って眠らせ、地下通路を使って、この工場に移動させる」
「あなた、二人がおとなしく麻酔を注射させると思ってるの? これもまた、とんでもない『性善説』ね」
「太一をクルマから降ろしたところで、このまま『あすなろ園』まで無事に帰すのと引き換えだと言って、まず、ミツキに麻酔を打つ。両博士から聞いた田之上ミツキの性格からすると、おとなしく注射を受けるだろう。この時点では、太一は、まだ半分人質だから、アオイも逆らわないはずだ」
なるほど、アオイとミツキ、二人の性格の違いを踏まえた要領のいい作戦だと慧子は思う。
「それで、太一先生が園内に入るところをアオイに見届けさせてから、アオイにも麻酔を打つつもりね」
慧子の問いに、リケルメがうなずいて返した。
「人質の解放を見届けたアオイが暴れ出したら、手に負えないかもしれないわよ」とカレンが突っ込む。
「その時点では、太一の代わりにミツキが人質になっている。それに」と言って、リケルメが慧子に目を向けた。
「アオイが、一般市民、それも事故や病で瀕死の状態にある患者がいる救急外来で非接触放電をするだろうか? 君は、アオイをそこまで自分本位で見境のない人間に育てたかね?」
慧子は、リケルメをにらんだ。
「私はアオイを育ててなんかいない。兵器に改造しただけ。ただ、四年間、身近にいたから、あの子が救急外来で非接触放電するような子でないことは、知っている」
「つまり、私の捕獲作戦はパーフェクトということだ」
リケルメがにんまり笑った。
カレンはまだ納得できないような顔をしていたが、話題を変えてきた。
「二人を生体兵器改造工場に運んで、どうするつもり?」
「二人がユーザーに逆らえなくするために、衛星からの信号で、地球上どこにいても起爆させることができる体内爆弾を埋め込む」
「冗談も休み休み言ってよ。武器商人のあなたが使える軍事衛星があるわけないじゃない」というカレンの言葉にリケルメがニヤリと笑った。
「私は、軍事衛星から信号を送るとは、言っていない。他にもいろいろな目的の衛星が地球の周りを回っていて、その中にはセキュリティがゆるいものもある」
「衛星のコンピューターに侵入して、アオイとカスミの体内に埋め込んだ爆弾に起爆信号を送らせるつもりね」と慧子が言うと、リケルメが「その通り」と答えた。
慧子は、表情に力を込めて「そのアイディアはお勧めしない」と言い切った。
「2108シリーズの開発中に、特殊兵器局長が反抗予防のために体内爆弾を埋め込むことを思いついた。でも、特殊兵器開発局の精神科医が反対した。生体兵器は、自分たちを管理する人間の気まぐれで起爆信号が送られてくるのではないかと心配するに違いないと、彼女は言った。そんな事はありえないと、生体兵器にどれだけ説明しても、不安を拭い去ることはできない。そして、その不安が生体兵器の心をむしばみ続け、ついには、心を壊してしまう。私も彼女の説に賛成だった。結局、体内爆弾を埋め込む案は棄却された」
「なるほど、それは説得力がある。だが、私から生体兵器を買うユーザーの立場になってみたまえ。生体兵器が暴走し始めた時に歯止めをかける仕掛けがないと不安でたまらないだろう」とリケルメ。
「人間だって、暴走するわよ。マスムラが私たちを裏切ったみたいに」カレンが皮肉と恨み半々の口調で言う。
「犬猿の仲のお二人が、アオイとミツキに起爆装置を埋め込むことには、そろって反対ときた。すると、私としては、お二人が揃って反対する案を実行したくなる」
リケルメが「笑ったヘビの顔」で慧子とカレンを見た。
カレンがあっさりと、「わかった、お好きにどうぞ」と言った。アオイとミツキの改造にカレンは関わっていないので、こだわりがないのだ。慧子は、黙って唇を噛んだ。
「話はわかったから、私は部屋に戻るわね」と言ってリケルメに背を向けたカレンに、リケルメが「まだ、話は終わっていない」と声をかけた。
「君達二人には、ミツキとアオイへの体内爆弾の埋め込みに立ち会ってもらう」
リケルメが慧子に鋭い視線を投げてきた。
「レノックス博士、確か、アオイは全身にチップを埋め込み、人口神経でつないであるのだったな」
「そうよ。体内に爆弾なんか埋め込んだら、アオイが放電する時の電流で簡単に起爆してしまうわよ」
「だから、君に生体爆弾を埋め込むのに適した位置を指定してもらう」
クソッ、そう来たか。悔しいが、アオイの命を守るためには、私が手を貸すしかない。そうだ、もう一つ、大事なことがある。
「ミツキは、体内が金属アレルギーなの。だから、金属製容器に格納した爆薬埋め込むと発作を起こして死んでしまう」
「そのことは、マスムラ君から聞いている。大丈夫だ、プラスチックの容器を用意してある」
裏切り者も役に立つことがあるものだ。
「ちょっと待ってよ。どっちも、私には関係のない手術じゃない。私は立ち会わないわよ。血を見るのが嫌いなの」
カレンが言葉遣いは荒いが、語調はすがるように言う。
カレンは、本当に、血を見るのが苦手だ。生体兵器への改造手術に立ち会わせた時に、めまいを起こして倒れたことがある。
「ダメだ、君にも見ておいてもらう。君が今後製造する生体兵器もすべて体内爆薬を埋め込む。そのための参考だ。よく見ておきたまえ」
カレンがため息をつくのが聞こえた。
「明日の午後二時に、改造工場内の手術室に集合だ。以上」
リケルメが部下に解散を宣する将校のような口ぶりで言い、慧子とカレンは、工程管理室を後にした。
廊下に出たとたん、カレンが「どうして私が血を見て倒れたことを、話してくれなかったの?」と食ってかかってきた。
「私が言っても、信じないわよ。今度、本当に倒れたら、あいつもわかるんじゃない」慧子はあっさり流して、さっさと自室に戻った。