17. 買い出し/第二回衝突

文字数 1,456文字

 三鷹で乗り換えたクルマで奥多摩に向かう途中、アオイは食料の買い出しを幸田に提案したが、答えはノーだった。
「CIAが警視庁を動かして君とミツキを緊急手配しているかもしれない。隠れ家に逃げ込むのが優先だ。それに、山小屋に足りないものは食料だけではないだろう。必要なものをまとめて買い出しに出る方が効率が良い」
 幸田にそう言われて、アオイは空腹をこらえることにした。ミツキはいつの間にか、アオイに身体をもたせかけて眠りこんでいる。

 二時間弱で、目的の山小屋に着いた。二階建ての小さな小屋で、一階は暖炉のある食堂兼居間。二階に、ツインベッドの寝室が二つあった。幸田は、眠ったままのミツキを抱いて二階に上がり、ミツキをベッドに寝かせた。
 小屋の内外を点検して買い物リストを作った幸田は、帰ってきた時の合図のノックをアオイとすり合わせると、クルマで買い出しに出かけた。一人になると、急に心細さがこみあげてきた。

 階段が鳴る音がした。見ると、ミツキがふらつく足で降りてくる。
「ミツキ、無理しちゃだめだ。あぶないぞ」
 アオイは駆け寄って肩を貸し、テーブル周りの木製椅子のひとつに座らせる。
「『なんか、温かいものでも』と言いたいところだが、幸田が買い出しから帰ってくるまでは、水しかない。ガスコンロは使えるし、ヤカンもあるから、白湯でも飲むか?」
「ありがとう」とミツキが言い、アオイはミツキを背に、コンロに向かった。

 次の瞬間、アオイの頭の中が真っ白になり、意識が飛んだ。意識が戻った時、水道の栓もあけていないし、ヤカンも置いたままだった。
「あれ、何してたんだ?」と狐につままれたような気になっていると、後ろからうめき声が聞こえてきた。

 振り向くと、ミツキが椅子ごと横倒しになって、うめいていた。
「ミツキ、どうした? 大丈夫か?」
 駆け寄ってかがんだ時、「アオイさん、離れて」というミツキの声が遠くから聞こえた気がした。うめいているミツキの顔が、いつものミツキと違うように感じた瞬間、また、頭が真っ白になって、意識が飛んだ。

 気づいたら、ミツキの身体が小屋の入り口まで移動していた。
「いったい、どうなってるの!」
 アオイは、棒を飲んだように立ち尽くす。ミツキはうめき声も上げず、ピクリとも動かない。何が起こったかわからないが、ミツキの身にとんでもない事が起こったことだけは、わかる。アオイはミツキに駆け寄って、かがんだ。
「ミツキ、何があった? どうした? 大丈夫か?」
「アオイさんこそ、大丈夫ですか?」 
 か細い声でミツキが尋ねてくる。
「あたしは、ピンピンしてる。それよか、あんただ。どうして、こんな所に転がってる? ていうか、そもそも、どうして、椅子ごと横倒しになったんだ?」

 ミツキの右手がアオイの右腕をつかみかけて、滑り落ちた。アオイがミツキの右手を握り締める。
「アオイさん、とんでもない事が起こって、私、すごく驚いています。だから、アオイさんは、もっと驚くと思うんですけど、これ、本当のことだから、聞いてください」
 ミツキが声を喘がせながら言った。

「私の妹のカスミがアオイさんを殺そうとして、反対に、アオイさんの放電で飛ばされたんです」
「妹? カスミ?」
 アオイは室内を見回す。
「あたしたち以外に、誰もいないじゃない」
「あたしの中にいるんです。カスミの霊魂が」
「霊魂だって!」
 ミツキに言われたとおり、アオイは驚いて腰を抜かしそうになった。
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登場人物紹介

山科 アオイ (17歳)


アメリカ国防総省の手で、放電型生体兵器に改造された17歳の少女。

直感派でやや思慮に欠けるところがあるが、果断で、懐が深く、肚が坐っている。

山科 アオイ は自ら選んだ偽名。本名は 道明寺 さくら。


両親とドライブ中に交通事故に遭う。両親は即死。アオイは、アメリカ国防総省が日本国内の山中深くに設置した秘密研究所で生体兵器に改造される。

秘密研究所が謎の武装集団に襲撃され混乱に陥った際に脱出。組織や国家に追われる内部通報者やジャーナリストをかくまう謎のグループに守られて2年間を過ごすが、不用意に放電能力を使ったため、CIAに居場所を突き止められてしまう。

幸田 幸一郎(年齢40台前半)


冷静沈着、不愛想な理屈屋だが、あるツボを押されると篤い人情家に変身する。

幸田幸太郎は偽名。本名は不明。


組織や国家から追われる内部通報者やジャーナリストなどを守る秘密グループの一員で、アオイのガードを担当する「保護者」。英語に堪能。銃器の取り扱いに慣れ、格闘技にも優れている。

田之上ミツキ(17歳)


アメリカ国防総省の手で、ターゲットの自律神経を破壊する「脳破壊型生体兵器」に改造された17歳の少女。知性に秀で、心優しく思慮深いが、果断さに欠ける。15歳までアメリカで育った。

田之上 ミツキは、本名。


両親、妹のカスミとアメリカ大陸横断ドライブ中に交通事故にあう。両親は即死。ミツキとカスミは生体兵器に改造されるために国防総省の特殊医療センターに運ばれるが、カスミは改造手術中に死亡。ミツキだけが生き残る。

国防総省を脱走したアオイを抹殺する殺し屋に起用されたが、アオイが通うフリースクールに転入してアオイと親しくなるほどに、任務への迷いが生まれる。

田之上 カスミ(15歳)


田之上ミツキの妹。ミツキと同時に人間兵器に改造される途中で死亡するが、霊魂となってミツキにとり憑いている。知的、クールで果断。肉体を失った経験からニヒルになりがち。


普段はミツキの脳内にいてミツキと会話しているだけだが、ここぞという場面では、ミツキの身体を乗っ取ることができる。

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