22.  趣味の問題/突き詰めて考えないこと

文字数 2,091文字

 山小屋の前でクルマに乗り込もうとする幸田にアオイは声をかけた。
「幸田、誰だか知らないが、今まで、あたしの世話をしてくれた人によろしく。よくお礼を言っといてくれ」
アオイの隣で、ミツキが「アオイさん、幸田さん、私とカスミのせいで」とうつむく。
「ミツキ、『あんたとカスミのせい』じゃない。あたしと幸田は、自分がしたいことをしているだけだ」
アオイはミツキの肩をたたいた。

 幸田がクルマの窓を開け、「ミツキ君、これは、趣味の問題だ。アオイと私は、自分の趣味を通したい。ただ、それに他人を巻き込んで迷惑をかけると気分が悪いから縁を切りに行くだけだ。全部、アオイと私の勝手。そうだな、アオイ?」と言った。
「その通りだ。ミツキが気持の負担を感じる必要は、全然ないぞ」
アオイがうつむいているミツキの肩を抱き寄せ、幸田が手を振ってクルマを発信させた。

「あんたら、ホント、能天気だな。CIAと国防総省を敵に回して勝てると、本気で思ってるのか?」
突然、カスミの声が聞こえた。
「カスミ、止めなさい。私たちのためにアオイさんと幸田さんが危険を冒してくれているのに、何てことを言うの」とミツキが叱る。

アオイは、ミツキの肩を抱いたまま、ミツキの中のカスミに言い返す。
「勝てるかどうか、やってみなきゃ、わかんない。ただ、あんたとタイマン張って気がついたんだけど、あたしは、逃げ回るのには、飽き飽きしてたんだ。国防総省とCIAに反撃してやる」
「へぇ、あたしを攻撃したことに気づいてもいなかったくせして」
「後追いでも、あんたを撃退した事がわかったら、闘志が湧いてきた」
「マグレが二回続いただけだ」

 次の瞬間、アオイの頭の中が真っ白になり、意識が戻ると、ミツキがアオイの身体にグッタリもたれかかっていた。
「カスミの阿呆が、また、攻撃してきたのか!」
どこまでも勝負にこだわるカスミに、アオイは腹が立ってきた。

 しかし、あたしは、ミツキとカスミに「あたしを殺してCIAに戻るか、あたしと一緒に逃げるかどうかは、二人で気が済むまで相談して決めろ」と言ってある。カスミは、ミツキと話がつくまでは、あたしを襲ってもいいと理解したに違いない。いや、「一緒に逃げる」と決めても、いつ、カスミの気が変わらないとも限らない。
 つまり、カスミが取り憑いたままのミツキを受け入れることは、カスミに不意打ちされる危険も受け入れることなので、カスミに襲われたからといって腹を立てる方がおかしいのだ。

 アオイはミツキを居間に運び入れ、暖炉の前に横たえて火を起した。もう十一月半ばになっていた。山小屋は、暖炉なしでは過ごせない。
 
アオイは、気を取り直すため、パンケーキを焼いた。冷めてしまわないよう、皿に載せて暖炉の前に置く。ココアのカップを、温め直せばすぐ出せるよう段取りした。

 二〇分後、ミツキが意識を取り戻した。
「気が付いたか。温かいホットケーキとココアでなごんでくれ」
 アオイが差し出すホットケーキとココアに手を付けずに、ミツキがうつむいて消え入りそうな声を出した。
「アオイさん、また、カスミが襲ったんですね。ごめんなさい。本当は、私がコントロールしなきゃいけないのに、力不足で・・・…」
「あぁ、そんな事、気にすんな。あたしは、ミツキとカスミで相談して決めろと言った時、二人の間で話がつくまでは、いつカスミに襲われても仕方ないと覚悟してた。今起こった事も想定内だ」
カッコつけて、少し話を盛った。
 
「アオイさん、あんなワガママ勝手なカスミまで受け容れてくださるなんて、どこまで心が寛いんですか?」
カスミが潤んだ目で仰ぎ見るような視線を送ってくるので、アオイは、尻のあたりがモジモジしてきた。
 いやいや、心が寛いとか、そういう立派な話じゃない。単に、計算が甘かっただけだ。あたしは、田之上ミツキを友人にしたい一心で、ミツキについているカスミというオマケの厄介さを過小評価してしまっただけだ。

といっても、ミツキと友人でいたい気持ちに、今も変わりはない。ミツキの人柄が気に入っているのはもちろんだが、ミツキがアオイと同じく、国防総省の手で望んでもいない生体兵器に改造されてしまったことに、運命的なつながりを感じるからだ。

 よっぽど、「あんたが好きだから、カスミという『マイナスのオマケ』つきでもいいと思っただけだ」と言ってやろうかと思ったが、家族について自虐的に悪口を言うのはオーケーでも、他人から悪口を言われると傷つくことがあるので、止めておいた。もう十分辛い思いをしているはずのツキに、これ以上、嫌な思いはさせたくない。

「あのさ、こういうことは、突き詰めて考えない方がいいんだよ。『なんとなく、こんな感じ』って所でやってけばいいんだ。だから、ホットケーキ食べよう。前回より、もっと上手に焼けたよ。ココアもおいしはずだから、ね」
ミツキの尊敬の眼差しを浴びて困惑しながら、パンケーキを口に押し込むアオイだった。
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登場人物紹介

山科 アオイ (17歳)


アメリカ国防総省の手で、放電型生体兵器に改造された17歳の少女。

直感派でやや思慮に欠けるところがあるが、果断で、懐が深く、肚が坐っている。

山科 アオイ は自ら選んだ偽名。本名は 道明寺 さくら。


両親とドライブ中に交通事故に遭う。両親は即死。アオイは、アメリカ国防総省が日本国内の山中深くに設置した秘密研究所で生体兵器に改造される。

秘密研究所が謎の武装集団に襲撃され混乱に陥った際に脱出。組織や国家に追われる内部通報者やジャーナリストをかくまう謎のグループに守られて2年間を過ごすが、不用意に放電能力を使ったため、CIAに居場所を突き止められてしまう。

幸田 幸一郎(年齢40台前半)


冷静沈着、不愛想な理屈屋だが、あるツボを押されると篤い人情家に変身する。

幸田幸太郎は偽名。本名は不明。


組織や国家から追われる内部通報者やジャーナリストなどを守る秘密グループの一員で、アオイのガードを担当する「保護者」。英語に堪能。銃器の取り扱いに慣れ、格闘技にも優れている。

田之上ミツキ(17歳)


アメリカ国防総省の手で、ターゲットの自律神経を破壊する「脳破壊型生体兵器」に改造された17歳の少女。知性に秀で、心優しく思慮深いが、果断さに欠ける。15歳までアメリカで育った。

田之上 ミツキは、本名。


両親、妹のカスミとアメリカ大陸横断ドライブ中に交通事故にあう。両親は即死。ミツキとカスミは生体兵器に改造されるために国防総省の特殊医療センターに運ばれるが、カスミは改造手術中に死亡。ミツキだけが生き残る。

国防総省を脱走したアオイを抹殺する殺し屋に起用されたが、アオイが通うフリースクールに転入してアオイと親しくなるほどに、任務への迷いが生まれる。

田之上 カスミ(15歳)


田之上ミツキの妹。ミツキと同時に人間兵器に改造される途中で死亡するが、霊魂となってミツキにとり憑いている。知的、クールで果断。肉体を失った経験からニヒルになりがち。


普段はミツキの脳内にいてミツキと会話しているだけだが、ここぞという場面では、ミツキの身体を乗っ取ることができる。

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