15. 悩むミツキ/決断するカスミ

文字数 1,015文字

 イズミがレモンサワーで祝杯をあげているころ、ミツキは、ベッドの中で悶々としていた。
 眠ってしまいたい。眠って、朝目覚めたら、すべてが夢であって欲しい。そう思っても、二時間たっても、三時間たっても寝付くことができず、苦しみが増すばかりだった。
 ミツキは、机の引き出しから睡眠薬を取り出すためベッドを降りた。引き出しには、一回三錠服用の睡眠薬が四二錠入っていた。
 ミツキは、衝動的に、手につかめるだけの薬を手に取った。薬を飲むために机に置いてある水差しからコップ一杯に水を注ぐ。

 その時、頭の中で、カスミが話しかけてきた。
「お姉ちゃん、まさか、自殺なんて、考えてないよね。お姉ちゃんが死んだら、あたしの居場所がなくなる。お姉ちゃんにとっては自殺かもしれない。でも、あたしが巻き添えになるんだ。それは、殺人だよ」

「この身体は、私のものよ。どうしようと、私の勝手でしょ」ミツキは、声に出して言い返す。
「アオイを殺せないから、自分を殺すの? それも、あたしを巻き添えにして?」
「あなたは、霊魂、幽霊。死に損ないでしょ」思わず口走ってから、自分の言葉の冷酷さに心が震えた。
「ごめん、カスミ。こんなことを口走るなんて……私、もう、ダメなの。私は、アオイさんに勝てない。もし勝てたとしても、この先、生体兵器を続けていく自信がない。カスミ、あなたには悪いけど、私を死なせて」

 ミツキが睡眠薬を口に詰め込もうとしたとたん、手が勝手に動いて錠剤をゴミ箱に放り込んだ。続いて、右手が水を満たしたコップを払いのけた。コップが床に落ち、ガラスが割れ、水が床を濡らす。
「えっ、私は、いったい?」
「お姉ちゃんの身体を乗っ取らせてもらった。あたしがアオイを殺すから、お姉ちゃんは、眠って待ってな」

「ウソ! カスミ、いつからこんなことができるようになったの!」
「今、初めて、できた。お姉ちゃんに自殺させたくないと必死になったら、お姉ちゃんの身体を乗っ取れちゃった。お姉ちゃん、命令とアオイへの友情の板挟みで辛かったでしょう? 少し眠って心を休めるといいわ」
「カ、カスミ、私の……身体を……返して……」ミツキの意識が消えていった。

 内面がカスミに入れ替わったミツキの顔がキリリと引き締まった。
「アオイ、あんたに恨みはないけど、お姉ちゃんとあたしを守るためだ。死んでもらうよ」
 カスミがミツキの柔らかい唇をきりりと結んだ。
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登場人物紹介

山科 アオイ (17歳)


アメリカ国防総省の手で、放電型生体兵器に改造された17歳の少女。

直感派でやや思慮に欠けるところがあるが、果断で、懐が深く、肚が坐っている。

山科 アオイ は自ら選んだ偽名。本名は 道明寺 さくら。


両親とドライブ中に交通事故に遭う。両親は即死。アオイは、アメリカ国防総省が日本国内の山中深くに設置した秘密研究所で生体兵器に改造される。

秘密研究所が謎の武装集団に襲撃され混乱に陥った際に脱出。組織や国家に追われる内部通報者やジャーナリストをかくまう謎のグループに守られて2年間を過ごすが、不用意に放電能力を使ったため、CIAに居場所を突き止められてしまう。

幸田 幸一郎(年齢40台前半)


冷静沈着、不愛想な理屈屋だが、あるツボを押されると篤い人情家に変身する。

幸田幸太郎は偽名。本名は不明。


組織や国家から追われる内部通報者やジャーナリストなどを守る秘密グループの一員で、アオイのガードを担当する「保護者」。英語に堪能。銃器の取り扱いに慣れ、格闘技にも優れている。

田之上ミツキ(17歳)


アメリカ国防総省の手で、ターゲットの自律神経を破壊する「脳破壊型生体兵器」に改造された17歳の少女。知性に秀で、心優しく思慮深いが、果断さに欠ける。15歳までアメリカで育った。

田之上 ミツキは、本名。


両親、妹のカスミとアメリカ大陸横断ドライブ中に交通事故にあう。両親は即死。ミツキとカスミは生体兵器に改造されるために国防総省の特殊医療センターに運ばれるが、カスミは改造手術中に死亡。ミツキだけが生き残る。

国防総省を脱走したアオイを抹殺する殺し屋に起用されたが、アオイが通うフリースクールに転入してアオイと親しくなるほどに、任務への迷いが生まれる。

田之上 カスミ(15歳)


田之上ミツキの妹。ミツキと同時に人間兵器に改造される途中で死亡するが、霊魂となってミツキにとり憑いている。知的、クールで果断。肉体を失った経験からニヒルになりがち。


普段はミツキの脳内にいてミツキと会話しているだけだが、ここぞという場面では、ミツキの身体を乗っ取ることができる。

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