第33話 鬼がくる

文字数 2,269文字

 タイトルはものものしいですが、ホラーではありません。

 先日、とあるお店で、小学校低学年くらいのこどもを連れた家族連れがいました。
 このこども、男の子ですが、落ち着きがない。こども特有の甲高い声でキャーキャー騒いでいます。
 正直、うるさい。
 お母さんが何度か注意していましたが聞く耳を持たず。
 お母さんもイライラしたようすで怒鳴ります。

 「鬼がくるよ!

 おお、と思いました。なんて古風な。
 若いお母さんなのに、そこで「鬼」が飛び出すとは。
 こどもが恐れる鬼といえば、まず真っ先に思い浮かぶのはナマハゲですが、このお母さんのいう鬼とは、どんな鬼だったのでしょう。
 わたしが知らないだけで、こどもを叱るときに「鬼」が出てくるのは現代でもごくふつうのことなのでしょうか。

 ひとむかしまえ、になるのでしょうか。
「そんなことをしていると、ひとさらいがくるよ」
 という台詞も耳にしたような記憶があります。
 鬼でもなんでも、
 「悪い子はどこかへつれていかれる」
 という考え方なんですよね。

 親御さんがこどもを(しか)るときに、聞いていてどうしてもモヤモヤしてしまう台詞があります。

 「よそのひとに怒られるよ」
 「店員さんに怒られるよ」

 この赤の他人に怒られるよシリーズです。

 それこそ、ひとむかしまえなら、近所のおとなが悪さをするこどもを叱る、という習慣がまだ生きていたように思います。おっかないおじいちゃんやおばあちゃんがいて、見つかったら雷が落ちるまえに裸足で逃げ出すような。
 いまは、どうでしょう。
 おっかないご老人は健在でも、よそのこどもを叱ろうものなら親が飛んでくるのではないでしょうか。
 もちろん、こどもにただイチャモンをつけたいだけの偏屈老人も存在します。わたしがこどものころにもいました。文句をいうためだけにこどもたちを見張っているような、ひまを持て余したご老人が。

 そういうのではなく、他人に迷惑をかけたら、叱る。
 ごくふつうのことですが、殺伐(さつばつ)とした世のなかですし、実際、危険な人物に遭遇することもありますから、赤の他人がよそのこどもを叱るのは下手をすると「変質者」「虐待」というふうに見られてしまう可能性があります。
 それなのに、
 「よそのひとに怒られるよ」
 という台詞をいまだに耳にします。「鬼がくるよ」と同じ感覚で使われているのかもしれません。

 わたしはサービス業に従事しており、こども連れのご家族と接するのは日常茶飯事です。お行儀のよい子もいれば、そうでない子もいます。店内を走り回ったり、ほかのお客さまにご迷惑になる行為をされるお子さまには、注意をすることもあります。
 「店員さんに怒られるよ!」
 といっていたお母さんが、いざこちらが実際にこどもに注意すると、たいていイヤな顔をされるか、(にら)まれます。そしてこどもに
 「ほら見ろ! あんたのせいで怒られたじゃろ!」
 と明らかな八つ当たりをします。
 恥をかかされた、とでも思うのでしょうか。
 厳しいいいかたかもしれませんが、店内をわがもの顔で走り回るこどもを放置しておしゃべりに興じているほうが、どうかと思うのです。
 これがお店のなかではなく、公園であったり、走り回っても少々だいじょうぶな場所であれば、わたしはなにもいいません。店内で、だれかにぶつかって怪我をしたりさせたりする危険があるから注意するのです。

 できれば「店員さんに怒られるよ」ではなく、親御さんが叱ってあげてください。店員が注意した際にイヤな顔をするのであれば。
 家の外で、こどもが興奮してはしゃぐのが悪いとはいいません。こどもだけでなく、そういうおとなもいますから。
 ただ、公共の場でのふるまいは、知らずに育つとこどもが成長してから恥をかくことになります。

 以前、職場にいた二十代の娘さんたちは、それぞれに目に余る行いがあり、見かねて注意をすると、あからさまにふて腐れて、イライラしているのが手に取るように伝わってきました。
 あとで聞いてみると、ふたりとも、親御さんに怒られたことがないそうで。他人からはじめて注意をされて、プライドが傷つき、人格を否定された気持ちになってしまったようです。
 結局、ふたりとも続かず、辞めていきました。
 叱られることにある程度、耐性がついていないと、社会に出てから心が折れるかもしれません。
 極端な話、パワハラは論外ですが、たとえまっとうな理由で叱られても、自分は悪くないと相手を逆怨(さかうら)みしてしまったり。

 こどもをのびのび育てたい、というのと、公共でのふるまいを厳しく教えることは、決して矛盾(むじゅん)しません。
 自由とは、()を押し通すことではないのです。
 ルールやマナーを理解したうえでの自由があるのだと思います。
 基本がなっていないひとほど、いきなり応用に手を出そうとする、そんな印象があります。

 こどもを育てるのがどんなに大変なことか、こどものいないわたしには想像するしかありませんが、自分がこどもだったことはあるので、親がどうやって自分を育ててくれたか、あるいは育児放棄をしたか、それは理解しています。
 父親は基本的に放任主義でしたが、ここぞという場面では容赦(ようしゃ)なくわたしを叱りました。当時、反抗期真っ盛りだったわたしはよく楯突(たてつ)きましたが、いまとなっては感謝しております。

 怒る、と叱る、は違うと、よく聞きます。
 「怒る」は感情的、「叱る」は(とが)める、というふうに。
 手許にある辞書を引くと、
 【怒る】腹を立てる。
 【叱る】よくない点をとがめ、いましめる。
 とあります。

 一目瞭然ですね。
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