第35話 大義名分をふりかざす

文字数 3,162文字

 10月24日の日曜日、山口県では参議院補欠選挙の投票が行われました。

 山口県出身の迷惑系YouTuberのへずま氏が、自身の軽率きわまりない行為によって迷惑をかけたことを謝罪するために国政選挙に出馬する、とのことで、ネットニュースでもちらほら取りあげられているのを見かけました。

 山口県民としての率直な意見。

 なにしとるんじゃ。

 そのひとことに尽きます。
 彼がこれまでになにをしでかしてきたのかは、調べればすぐにわかることなので割愛(かつあい)します。
 わたし自身、とくに彼に対して関心があるわけではないので。
 ではなぜこの話題を持ってきたのかといいますと、選挙繋がりで非常に不愉快なできごとがあったためです。
 その本題についてはのちほどお話しすることにしまして、まずはこのへずま氏。

 選挙に立候補することで謝罪行脚、という時点ですでに
「おまえさんは、なにをゆうちょるんじゃ」
 (あなたはなにをいっておられるのですか)
 状態です。意味不明です。
 ちらほらと目にした情報によりますと、一連の騒動のあと、彼は地元のお店でアルバイトをしていたようですが、それを聞きつけた若者たちによってさまざまな妨害を受けて、結局、辞めることになったとか。その若者たちも、やっていることはへずま氏と同レベルなので
 「アホなことしよるな」
 としか思いませんが、問題はへずま氏です。
 なぜそこから選挙に立候補することになったのか。
 ほんとうに反省しているのなら、ほかにやることがあるのでは、と思いました。

 彼がしでかしたことは簡単に許されることではありませんが、だからといって、彼の実家を特定してご家族に嫌がらせをしたり、アルバイト先で妨害するのは、話がまたべつです。
 そして、彼自身が反省して謝罪し、更生への道を歩むつもりなら、大いにけっこう。
 ……ではあるのですが、報道される彼のふるまいを見る限り、あまり反省しているようには思えないのが正直な印象。
 目立ちたいのでしょう。選挙への出馬もそのためのパフォーマンスとお見受けします。動画の再生数を稼ぐために過激なことをしていたらしいですが(彼の動画は観たことがありません)、そのころとやっていることの本質は変わっていないのでは、と思います。
 彼にとってもっとも(こた)えるのは、おそらく、世間から忘れ去られて見向きもされなくなること。
 ですから、彼について取りあげるのは今回限りとします。

 ***

 ここから本題に入ります。
 以前から、選挙の時期になると、某政党の支持団体の方々がわが家に押しかけてきていました。そのなかのうちのひとりが、まえに住んでいた家のご近所さんで、ある程度は気心の知れた相手ではあるのです。
 特定の宗教や政党に対して、とくに思うところはないのですが、この選挙活動にいそしむ方々のあまりのふるまいに、今回、ついに堪忍袋の()が切れて、ひと悶着(もんちゃく)ありました。

 仕事のあいまの休憩時間が長く取れそうなとき、わたしはいったん帰宅して仮眠を取ることがあります。
 そのつかの間の在宅時間を狙って、そのひとたちはやってくるのです。
 いまの家に越してくるまえから、ずっと。

 「その時間は休憩中で仮眠を取っているので起こさないでください」
 とわたしはこれまでに何度も伝えました。
 そのたびに
 「すぐ済むから」
 といって、わかりきった選挙日程や、
 「不在者投票にはいつ行くの?」
 などと一方的に話をされて時間を奪われるのです。

 ひどいときには、投票日当日、思わぬ体調不良で早退した際に、たまたま家のまえに来ていたそのひとたちに捕まり、
 「具合が悪いから寝たい」
 と断ったにも関わらず、
 「すぐ済むから」
 といって車に乗せられ、投票所まで連れていかれたこともあります。
 押し問答するのもしんどくて、ああもう投票すればいいんでしょ、と投げやりに車に乗り込んだ記憶があります。
 そのひとたちにとって、わたしはひとりの人間ではなく、一枚の投票用紙に見えているのだと思います。

 選挙の時期を除けば、そのひとたちはべつに悪いひとではないのです。
 でも、会うのはたいてい選挙の時期なので、毎回うんざりさせられるのも事実で。

 今回も、二日連続でやってきました。仮眠している最中に。
 インターホンを鳴らされて、まずは猫たちが飛び起きます。
 インターホンを鳴らしながら、ドアをドンドン叩き、
 「桐乃さーん!」

 仮眠を取っているから来てくれるなといったよね?
 あと、防犯のために表札を出していないのに大声で名前呼ぶなよ

 眠たかったのでそのまま無視しました。
 そして翌日。
 まったく同じパターンが繰り返されたあと(もちろん仮眠の最中に起こされた)、出勤時間になったので玄関から外へ出ると、どこから見ていたのか、ふたりで走ってきて、
 「会えてよかった」
 と口々にいうのです。
 その日は自転車で行く予定だったので、駐輪場から自転車を出します。
 「あの、仕事の時間なんで」
 この時点でもう、怒りの沸点はMAXに近いです。
 仮眠の邪魔をされたあげく待ち伏せですから。
 すると、
 「歩きながらでいいから」
 といって、一方的にもう選挙の話を始めるのです。

 いまから仕事に行くといっている、しかも自転車の相手に
 「歩きながらでいいから」って、
 急いでいる自転車の相手に、歩きながら話を聞けってこと?

 ぶちギレましたね。

 「仕事の時間っていいましたよね?
 あと、仮眠しているから起こさないでって何回もいいましたよね?
 そろそろいい加減にしてもらえます?」

 やー、面目(めんぼく)ないです。
 目上のひとたちにえらい剣幕(けんまく)啖呵(たんか)をきってしまいました。
 ふたりともびっくりしていました。いままでおとなしくしていたから、まさか反撃されるとは思っていなかったのでしょう。
 たぶん、甘く見られていたのだと思います。
 女ひとりで行動していると、行く先々で軽くぞんざいに扱われることは珍しくありません。いつもヘラヘラしているから、少々雑に扱ってもかまわない、と思われるのかもしれません。
 今回のように、同性相手からも。

 暴言を吐いて、いやな気持ちになりました。
 それと同時にすこしだけ、すっきりもしました。
 選挙の時期になると、このせいで憂鬱になっていたので。

 それにしても、わたしはずいぶんはっきりと意思表示をしていたつもりですが、おもしろいほど、相手にはまったく伝わりませんでした。

 「仮眠の邪魔をされたくない」
 「起こさないで」
 「いちいち来なくても選挙には行く」
 (だれに投票するかは、もちろんわたしの自由)
 「出勤の時間に来ないで」

 これ以上ないくらい、何回もはっきりと伝えてきたのに、一度も遠慮してもらったことはありません。
 「いま忙しいから無理」
 といわれたら、それに対する最適解は
 「すみません、また日を改めます」
 だと思うのですが。
 なんでそこで
 「すぐ済むから」
 といえるのか、まったく理解できません。
 「選挙のため」という大義名分のまえには、わたしのささやかな意見など取るに足らないものなのかもしれません。
 揚げ足を取るつもりはありませんが、いくら
 「国民のために努力します」
 というようなマニフェストを見せられても、それを持ってくるひとに生活を脅かされていては説得力は皆無(かいむ)です。

 以前、ネットで
 「止まない雨はない、とかじゃなくて、
 いま降っているこの雨がもう耐えられないっていっているんだよ」
 みたいな名言を見かけましたが、わかる、ほんまそれ、と思いました。

 将来的な暮らしの改善よりも切実に、いまのわたしの仮眠を邪魔しないでもらえるのが、個人的にはいちばんありがたいのです。

 あ、投票にはちゃんと行きます。
 政治に一票を投じることのできる唯一の機会ですから。

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