第40話 巡りあわせか偶然か   

文字数 1,809文字

 あと一時間は寝ていたかったのに猫に叩き起こされたので、二度寝せずにまじめに今年最後の日記を書くことにします。

 ***

 たとえば、あるひとのことを考えていたときに、偶然そのひとにばったり出会う。
 あのひと、いまごろどうしているだろう。ちょっと連絡してみようか、と思っていたときに、まるで見計らったかのように、ちょうどその相手から連絡がくる。
 そんな経験をしたことが、だれにでも一度はあるのではないでしょうか。

 今回は、上記のような人間相手ではないのですが、いまだに深く印象に残っている出会いについてのお話をしたいと思います。

 あれはいつのことだったか。すくなくとも十五年以上まえの話です。
 わたしは当時、図書館に足しげく通っておりました。その図書館では、ごくちいさな音量でクラシック音楽が流れていて、本を選びながら、聴くともなくそのBGMに耳を傾けていました。すると、ふと、ある曲がとても耳に残り、なんていう曲なんだろう、だれの作曲したものなんだろう、と興味を()かれました。

 いまなら、館内にいらっしゃる司書や職員の方に
「すみません、いま流れているこの曲は、なんという曲ですか」
 と尋ねることができますが、当時のわたしは、それはもう、筋金入りの人見知りで。見ず知らずの方に声をかけるなんて、もってのほか。その選択肢は(はな)から存在しません。
 BGMは、ひととおり曲が流れるとふたたび最初の曲に戻るようになっていて、何度も耳にしました。ですが、なにしろごくちいさな音量ですので、細部まではよく聞き取れません。華やかで、あかるい曲調。なんの楽器なのかすら、知識のないわたしには判別できません。

 いまはもうない近所の古本屋さんに、当時なぜか新品のクラシックCDが置いてありました。しかも、とてもお安いお値段の。おそらくですが、著作権がすでに切れているため、破格のお値段で製造販売されていたのでは、と想像しております。
 そこに、あの曲があるかもしれない。
 そう思いました。
 種類はあまりないとはいえ、クラシックだけで棚何列かはあります。そのなかから作曲家の名前も曲名もわからないものを探そうだなんて、よくそんな無謀(むぼう)なことを考えたな、と思いますが、若さゆえの勢いでしょうか。

 迷ったすえ、だれでも一度は名前を聞いたことのある有名な作曲家のCDを一枚、ためしに買ってみることにしました。もちろん、収録曲は知らないタイトルです。
 いそいそと家に帰り、いまとなっては懐かしいCDラジカセにディスクをセットすると、スタートボタンを押します。

 もう、おわかりでしょうか。

 そうです。まさかのこの一発で、わたしは探していたあの曲を引き当てたのです。
 曲が流れてきた瞬間の驚きをご理解いただけるでしょうか。
 一曲めの、そのイントロで。
 この曲だ、と。

 こんなことって、ある?
 探していたにもかかわらず、わたしはしばし呆然としました。

 作曲家は、バッハ。
 曲名は『ブランデンブルク協奏曲』。
 その第一楽章が、わたしの探していた曲でした。

 バッハくらい、曲調を聴いただけで
「あ、バッハの曲だ」
 とわかるだろう、といわれてしまいそうですが、ほんとうになんの知識もなかったので、ぜんぜんわかりませんでした。

 数年まえの引っ越しの際に、本やCDはあらかた手放しましたが、このときに買ったCDはいまだに手許に残してあります。いつでも聴けるように。

 ふとした拍子に心を惹かれたものに、あとあと引き寄せられるようにして巡りあう。
 そういうことが、たびたびあります。
 本に関しても。
 ただの偶然なのか、はたまた必然か。
 頭のなかのどこか片隅、ほんのりと意識にあるため、それに出会ったときに目につきやすい、というだけかもしれません。つまり、アンテナが立っている状態といいますか。

 巡りあうまでに時間差はあっても、自分が必要としているものは、いずれかならずどこかで出会う。
 そんなふうに思っています。
 スピリチュアル系はあまり好きではないのですが、目に見えないものすべてを否定するつもりはなく、たとえば、(えん)のようなものはあると思っています。

 ***

 今年もまた、コロナに始まりコロナに終わる年となりそうですが、来年こそは、穏やかな一年となることを願うばかりです。

 本年もお世話になりました。
 来年もよろしくお願いいたします。
 みなさま、どうぞよいお年をお迎えください。
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