第8話 対価を支払う

文字数 1,897文字

 ただより高いものはない。よく聞く言葉です。

 ただでもらい受けたものでも、それに対するお礼を用意することを考えれば、もらったものと同額あるいはそれ以上の費用がかかる。
 結局、自分で代金を支払って購入したほうが安くつく。そんな意味の言葉です。

 無料という言葉の響きにめっぽう弱い、というひとを見かけます。
 どうしてそれがわかるかというと、たとえばスーパーでお寿司などを売っているコーナーにて、セルフサービスになっている小袋入りのお醤油やガリをひとつふたつではなくガバッと鷲掴みして持っていくひとをたびたび見かけるからです。なんなら、お寿司を買わずにお醤油類だけ取っていくひともいます。
 このパターンはよくある光景です。
 ファミレスのドリンクバーに置かれている砂糖やミルクをガバッと取っていくひと(その場でそれだけぜんぶ使うのならよいのですが)。
 またまたスーパーですが、購入済みのものを袋詰めする場所で、そこに設置されているビニール袋をその場で使わないのに何枚も持って帰るひと。
 そして、たとえば、開店記念などで先着○名に粗品をプレゼント、などというイベントがあると、開店まえからお店のまえに長蛇の列ができていたりします。

 そんなに欲しいものなのかな、と不思議に思います。
 もしかすると、欲しいというより、ただならもらわないと損、という感覚なのかもしれません。
 ただならもらわないと損。
 この言葉は、ときどき耳にします。
 べつに損ではないよね、とこれも不思議に思います。
 だって、自分はそれに対して一円も支払っていないのに、どうして損をするのでしょう? お金を支払ったのに商品をもらえなかった、というなら理解できますが。
 ただであることに価値がある、という価値観なのでしょうか。

 生鮮食品やお惣菜、日用雑貨などがセールでお安くなっていると、これはわたしももちろんうれしいです。お得な気分になります。実際、定価で買うよりお得になっているので。
 ただ、安いことに価値がある、とは思いません。
 欲しいものがお安くなっているのはうれしいけれど、欲しいものならセールでなくても買います。

 いまもけっこうかつかつの暮らしをしておりますが、若いころはほんとうにお金がなくて、欲しい本の一冊も買えない、という時期がありました。そのころは、図書館と古本屋にとてもお世話になりました。図書館も古本屋も、いくら利用者が多くても、本の著者には一円も入らないという話を聞いて、申し訳なく思いながらも、おかげでたくさんの本を読むことができました。
 著者に対価が発生しないこのシステムは、いまもそうなのでしょうか。

 好きなだけ本が買えるようになったら、好きな作家さんの本は新刊で買う。そう思っていた夢が、いまはすこしながらも叶いました。
 いままで読んできた本はすべて、作者のかたはもちろんのこと、多くのかたが携わって、わたしの手許に届けられたもの。
 本以外のものも、すべてそうです。
 だれかの仕事がわたしの暮らしを支えてくれ、日々に彩りをあたえてくれる。

 ちょっとうろ覚えで申し訳ないのですが、池上彰さんの著書でしたでしょうか。
 「お金を支払って商品を買うことは、それを作ったひと、売ってくれるお店を応援すること」
 という趣旨の言葉があり、おお、なるほどたしかに、と感銘を受けました。

 いま、コロナの影響で大打撃を受けているお店を応援するために、好きなお店や贔屓(ひいき)のお店をなるべく利用しようとされているかたも多くおられることでしょう。
 まさに、そういうことです。
 対価を支払うことで応援できる。

 各種ジャンルに()しがいるかたには、よく理解できる話だと思います。かくいうわたしの友人にも、推しのATM と化しているひとがいます。とてもしあわせそうで、推しにとってもファンにとっても双方にありがたい、すてきな関係だと思います。

 モノはいらないから、とにかく応援したい。
 もはや無償の愛レベルですが、そういうかたは、寄付、投げ銭、クラウドファンディングといった手段で応援されているのではないでしょうか。
 ときどき、都道府県や市町村、施設宛てに匿名で多額の寄付金が届けられた、というニュースを見かけますが、すごいな、と思います。
 庶民のわたしはそんな(けた)のお金など目にすることがないので、まるで雲の上のような話に思えますが、匿名で寄付をされたかたは、現世でそんなに徳を積んだら来世は仙人になってしまわれるのでは、とあまりの徳の高さに震えてしまいます。

 なにかを購入することで、だれかを応援できる。
 対価を支払うというのはそういうことです。
ワンクリックで応援できます。
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