第13話 とある休日。

文字数 1,765文字

 今日は休みにもかかわらず朝七時にきっちり目が覚め、日記「不言実行、そして言霊」を書きあげてから小一時間お昼寝。それからお布団でゴロゴロしながら小説を読み、夕方になって、昨夜のうちに干しておいた洗濯ものを取り込み、掃除機とモップがけをして、土鍋でごはんを炊きながら、その隣で(さば)を焼きました。

 まじめに生活している!

 いや、ふつうじゃね? と思われたかもしれませんが、わたしの休日はたいてい布団でゴロゴロして終わります。夜になって日が暮れてからごそごそと動きだすのです。
 それに比べると、今日は上出来の部類。
 清々しい達成感に満ちております。

 部屋のあちこちにふわふわ浮いた毛玉がずっと気になっていたのです。でも仕事から帰宅すると、たいてい深夜。掃除機をかけるには気がひける時間帯で。深夜にコロコロを転がしてお茶を(にご)しておりました。

 ごはんは多めに三合炊いて、保存容器に小分けにして冷蔵庫へ。
 鯖は、先週の生協の宅配で注文していたもので、わが家は冷凍庫がないので、早めに食べないと、と気になっていました。あとはまだ豚バラと茄子(なす)とピーマン、そして(かわら)そばが冷蔵庫で待機しております。

 瓦そばは、山口県民には馴染みのある郷土料理です。
 下関(しものせき)川棚(かわたな)温泉が発祥といわれています。
 明治の西南戦争の際、熊本城を囲む薩摩軍の兵士たちが野戦のあいまに瓦で肉や野草を焼いて食べた、という話から着想を得て生まれたものだそうです。
 戦場に煮炊きするための鍋を持参するの、けっこうな荷物になりますよね。鍋がないなら瓦で焼けばいいじゃない、という発想がすごい。そういう、手近にあるものを使って代用する精神、好きです。たしかに、真夏の炎天下など、瓦のうえで卵を割ったら、火をおこすまでもなくすぐに目玉焼きができそう(ソウジャナイ)。

 本場の瓦そばは、ほんとうに瓦にのった状態で提供されますが、一般家庭で作るときはホットプレートかフライパンで焼いて食べます。わが家にはホットプレートはないのでフライパンで焼きます。

 瓦そばは緑色をした茶そばで作ります。たぶん、県内のスーパーなどでふつうに瓦そばとして、つゆとセットで販売されています。
 そばに具は混ぜないで、単体で炒めます。多少、焦げてパリッとしたくらいが香ばしくておいしいです。
 具材は、甘く煮た牛肉(塩で焼くだけという説もあり、家庭によって微妙に違うのかも?)、錦糸卵(きんしたまご)、刻みネギ、大根おろし、もみじおろし、輪切りのレモン、あとは海苔(のり)をのせる場合もあるようです。

 わたしはめんどくさがりなので、具は刻みネギのみで食べる場合が多いです。茶そばとあったかいつゆの相性が抜群(ばつぐん)で、それだけでもわたしは満足です。

 さて。ごはんも炊いたし、鯖の塩焼きも残っているし、肉と野菜と瓦そばもあるので、しばらくは食べるものに困らなくて済みそうです。
 仕事の時間が不規則なため、買いものに行くのがどうにも億劫(おっくう)で、食料が尽きたら、買い置きのお菓子などをつまんで空腹を(まぎ)らわすこともしばしば。

 角田光代さんの、なんという題名だったか失念してしまいましたが、とある小説の主人公の女性が、同棲(だったと思います)している恋人が、お腹がすいたらちゃんとした食事をとらずにお菓子などを食べてすませてしまうことが許せない、みたいな場面があって「ヒッ、すみません!」とまるで自分が(しか)られたかのようにシュンとしたのを覚えています。

 本はわたしの血肉となるけれど、食事で身体(からだ)はつくられる。
 そうわかっているのに、どうにも食事をおろそかにしがちでいけません。とくに、本に夢中になると、文字どおり寝食を忘れて読み(ふけ)ってしまい、自分の生活は二の次になってしまうのです。

 生活するために働いているのに、いまのわたしは働くための生活になっていて、本末転倒だなと思います。
 仕事は好きなんですけど。
 なかなかままならないものです。

 買い置きを強化するため、近々ちゃんとした冷凍庫つきの冷蔵庫に買い換えようかなと、検討中です。食品を使いきれずダメにしてしまったり(冷凍保存できれば解決)、ちょいちょい買い出しに出かける手間(てま)と時間の節約を考えれば、費用対効果は高いと見込んでいるのですが、わたしにとっては大きな買いものなので、二の足を踏んでおります。うーん、どうしよ。
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