第20話 結び目をほどく

文字数 1,965文字

 正攻法(せいこうほう)が好きです。

 また(やぶ)から棒になにをいう、と思われたかもしれません。そもそも、わたしの話はたいてい藪から棒なので、いまさらでしょうか。

 小説のなかでは、かなりひねくれた書き方をしていたり、まわりくどい表現のオンパレードじゃないか、と突っ込みが飛んできそうですが、じつは、現実に()いては正攻法に勝るものはない、と思っています。

 たとえば、だれかに想いを告げるとき。
 これは恋愛に限らず、あらゆる方面での好意全般です。
 「好きです」
 のひとことに勝ることばはないと思うのです。
 どういうところが好きとか、好きな理由をつらつらと伝えるのは、いかに自分が相手のことを想っているのかを表現するための、いわば肉付けのようなもの。
 大事なのは「好きです」のただひとことだと思うのです。

 たとえば、困難にぶちあたったとき。
 もちろん、困難の種類にもよりますが、まずは正面突破を考えます。それがどうしても無理という場合は、やむを得ず、ない知恵をしぼって策を練ります。

 単純明快、シンプルなものが好きです。
 複雑怪奇、ゴテゴテしたものは苦手です。

 近年よく目に(耳に)する、いわゆる「匂わせ」や、無駄に駆け引きめいたやりとりは、小説などの物語に()いては大いに有効だと思いますし、読んだり書いたりするうえでは大好きですが、こと現実の日常に()いてそれを(もち)いられると、とたんに()めてしまう、めんどくさい人間がわたしなのです。

 以前の日記『平易(へいい)なことば』でも書きましたが、わかりやすい、理路整然(りろせいぜん)としたものが好きです。
 
 人間関係に於いても、しがらみとかもつれっぱなしとか、そういうのがどうにも苦手でいけません。幸いに、というべきか、いまは家族や近しい親類縁者もなく、交友関係もごくせまい範囲に限られているため、なんのしがらみもない暮らしをしておりますが、とても快適です。

 なんで、世のなか、こんなに複雑にもつれあっているのでしょう?

 おそらく、もとをたどれば単純なことなのに、ひとが関わっていく過程で余計なものがくっついて増えていって、原形をとどめない複雑怪奇なものになっているのでは、と思えてしまいます。
 たとえるなら、蝶々結びをほどくときに、したの(ひも)をひっぱればするりとほどけるのに、なぜかあえてうえの()っかをひっぱって、わけのわからない固結びをこしらえて、こんがらかっているみたい。

 だから、雑多なものに(まぎ)れて、真理が見えなくなってしまうのかもしれません。

 群れるのが苦手です。人混みや集団行動が苦痛。
 必要に応じて周囲と足並みを揃える努力はしますが、苦痛以外のなにものでもありません。

 風通しの悪い場所が苦手。物理的にも精神的にも。
 物理的にいうと、乗りもの全般に酔います。閉塞的(へいそくてき)な状況が苦手。窓を開けて換気ができる状態なら、まだいくらかはましです。唯一、長時間乗っていられるのは、各駅停車の鈍行(どんこう)列車くらい。ドアの近くの席なら、駅に停車するたび空気が入れ替わるので、まだ持ちこたえられます。
 人間関係が(みつ)で、ひとの出入りのすくない風通しの悪い環境はもってのほか。息が詰まります。ドカンと風穴をあけたくなります。

 植物は、空気と光と水があればすくすく育つものと思っておりましたが、風も欠かせないものだと聞いて、なるほど、と目から(うろこ)が落ちました。たしかに、自然界ではたいてい風が吹いています。
 よどんだ空気は生きものを(しお)れさせます。
 もちろん、人間も。

 迷ったときや行き詰まったときには、とにかくシンプルに考えるようにしています。
 自分は、なにを、どうしたいのか。
 ぜったいに譲れないものはなにか。
 手放してもかまわないものはなにか。
 優先順位を間違えないよう、取捨選択(しゅしゃせんたく)をします。

 いまの座右(ざゆう)(めい)は、質実剛健(しつじつごうけん)です。

 【質実剛健】〘名・形動〙
 かざりけがなく、まじめで、強く、しっかりしていること。また、そのさま。
 『現代国語例解辞典❲第四版❳』より

 そのようにありたいと思うのです。


 若いころ、お金がなくて図書館に通いつめて手当たりしだいに本を読んだのですが、そのときに宗教や心理学の本をすこしだけかじりました。
 その当時、印象に残ったことばをノートに書き残していたのを見つけたので、最後にご紹介します。
 ブッダのことばです。

 貪ることなく、(いつわ)ることなく、渇望することなく、(見せかけで)覆うことなく、濁りと迷妄とを除き去り、全世界において妄執のないものとなって、(さい)の角のようにただ独り歩め。


 妄執の消滅を求めて、怠らず、明敏であって、学ぶこと深く、こころをとどめ、理法を明らかに知り、自制し、努力して、犀の角のようにただ独り歩め。


 音声(おんじょう)に驚かない獅子のように、網にとらえられない風のように、水に汚されない蓮のように、犀の角のようにただ独り歩め。

 
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