第30話 熱量はひとそれぞれ

文字数 1,947文字

 自分が持つ熱量と同じだけのものを返してほしい、といわれたら、どのように思われるでしょう。
 わたしは、無理。と思ってしまいます。

 以前、そういったひとがいました。
 「自分と同じ熱量で打ち返してほしい」
 と。
 年下の、立場上はわたしの上司でしたが、入社時期がほぼ同じだったので、わたしは彼に対してタメ口で、彼のほうは年上のわたしにずっと敬語で話していました。
 先ほどの台詞(せりふ)は、わたしに対してではなく、しょっちゅうなにかしらやらかしていた後輩と、同じく後輩であり彼の恋人でもあるふたりに対して向けられたものです。ややこしいですが。

 彼はお説教が大好きでした。お説教というか、とにかく語るのが好きなひとで、持論を展開するのが得意。ターゲットは、先ほどの後輩たちです。暇を見つけてはよく演説をかましていました。
 決して悪い人間ではありません。人当たりがよく、上司の覚えもめでたく、とんとん拍子に出世していきました。すこし視野が狭いかな、と感じることはありましたが、頭はよいのです。話していて、タイムラグがなく、すんなりと会話が成立するのでストレスがありません。こちらが投げた球を的確に拾ってくれるし、なかなかおもしろい変化球を投げてくるので、話し相手にはもってこいで。

 ただ、ちょっとばかり、暑苦しいのです。
 熱量が。
 松岡修造ほどではありませんが、暑苦しい。
 そして、冒頭の発言になるのです。
 「自分と同じ熱量で打ち返してほしい」

 これは、あれです。
 たとえば、恋愛的な意味で好きなひとができて、とにかく相手に気に入られたくて、よろこんでほしくて、至れり尽くせりがんばって、でも相手はぜんぜんなびいてくれない、となったとき。
 なんで? こんなに


 この、

、という感情の危うさ。
 相手に頼まれたわけでもなく、自分が好きで一方的にはじめたことなのに、当然のように相手からの見返りを期待する、この理不尽さ。

 人間ですから、それなりの反応を期待してしまうのは理解できます。
 では、逆の立場で、自分がされる側になったと仮定します。
 べつにとくべつ好意を抱いているわけではない相手から一方的に想いを寄せられ、あれこれと尽くされたとします。それがうれしい、と感じられるひとはよいのです。お礼になにかしらのアクションを起こして、よい関係を築くことができるかもしれません。
 そうでない場合。
 べつに頼んでいないにもかかわらず、
 「せっかくやってあげたのに」
 となじられたら、どう感じるでしょうか。
 恩着せがましい、と思ってしまうかもしれません。

 相手に自分と同じ熱量を求めるのは(こく)なこと。ひとにはそれぞれ個人差があります。自分にとっては興味のあることでも、相手からすればとくに響くところのないものかもしれません。
 わたしのように、体温低めのドライな人間もいるのです。

 前述の彼はよく、
 「~してやったのに」
 といういいかたをしていました。
 「せっかくしてやったのに、甲斐(かい)がない」
 ということでしょう。
 本人は「してやった」つもりでも、相手は「してもらった」とは思っていないかもしれません。

 彼は、友人としては楽しい相手でしたが、上司としては評価が難しい人物でした。取り巻きがいないとなにもできないタイプなのです。だから、取り巻きが離れていかないように、一部の人間を贔屓(ひいき)するのです。そのぶんの皺寄(しわよ)せは周囲にいきます。
 職場内での温度差がすごかった。

 おそらく、彼はメンタルが弱いのだと思います。はたから見るとちょっとめんどくさいようなメンヘラの異性が好みらしく、彼女もそんなかんじでした。
 自分がついていないとなにもできないような、いってみれば、すこし問題のある人物を好んでそばに置いて、めんどうを見るのが好きなのでしょう。いつだったか、実際に本人がそういっていました。
 彼にとっては、それが他人から必要とされる実感だったのだと思います。

 結局、彼と、その取り巻き御一行はその後、退職しました。
 この顛末(てんまつ)については、すこし気の毒にも思いますが、入社時にはメンヘラ街道まっしぐらだった彼女が思わぬ成長ぶりを見せて、立場逆転、今度は彼を支える頼もしい女性へと変貌を遂げたのです。
 正直にいいますと、わたしは当初、そのメンヘラでぶりっこの彼女があまり好きではなかったのですが、だんだんしっかりとたくましく変化しはじめてからの彼女は好きでした。わたしの予想では、彼よりも彼女のほうが頭がよくて、したたかだと思うのです。
 強い女のひとが好きです。
 ただ守られているだけなんて、つまらない。
 おそらくいまごろは、彼女が上手に手綱(たづな)を握って、うまくやっているのではないかと思います。


 
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