第2話 鍵宮流杖術と選別

文字数 2,979文字

 小学2年生の頃、父親が入信した。
その日から朝夕に祭壇の前で手を合わせ、開祖様のお言葉を唱えることが日課となった。

 朝晩行われる父親の連打の太鼓と読経(どきょう)。そして私の杖術の稽古。
うるさいと近所から苦情がくれば、信者では無い母親が平謝りした。

 日曜日は必ず、父親の運転する車で30分ほどかけて『原理神州鍵宮梯子の会』北関東支部研修本部に行った。
そこには同世代の子達がたくさんいたので、学校で友達が作れなくても気にはならなかった。
 研修本部で女子は “鍵宮流杖術” の訓練を受けた。棒を使った護身術で、教祖様を守る盾になるのだと教えられた。
 男子は “鍵宮流柔術” の訓練を受けていた。
練習が終わるとみんなでシャワーを浴びて、ご褒美の小さなお菓子を受け取った。そして父親が戻るまで、ロビーに置いてある教団の成り立ちや教えを説いた本や漫画を読んだ。


 『開祖(かいそ)様は地上での名を宮田(みやた)スエといいました。鍵宮(かぎみや)地区の貧農で生まれ、口減(くちべ)らしのために繊維工場の女工として働きました。開祖様は幼い頃から賢く、手先が器用で道具の扱いが丁寧であり、みんなのお手本となっておりました。
ある冬の日、開祖様は高熱を患い生死を彷徨(さまよ)ったときに、夢の中に白く輝く梯子(はしご)が降りてきました。それに昇って下界を見ると、工場が燃えているのが見えたではありませんか。
 翌朝「火事に気をつけてください」と上司に進言(しんげん)しました。上司は開祖様を馬鹿にしますが、なんとその晩工場でボヤ騒ぎが起こりました。開祖様は上司から放火を疑われ独房(どくぼう)に入れられてしまいます。
 それでも開祖様は心身を律し、精神統一して毎晩梯子に登ります。

 今度は戦況や、戦地に赴いた上役(うわやく)達の家族の消息を見てきたように話しました。上役達は驚き、開祖様のお力は、次第に口伝えで広まっていったのです。
しかし、宮田開祖が真実を語り人々を目覚めさせることを、こころよく思わない人々や組織がありました。~2巻へ続く~』


 宮田スエが83歳で亡くなったあとは、息子の宮田守(みやたまもる)様が代表理事となった。それが本部にいる教祖様だ。
教祖様は、開祖様を “降ろして” 教えを語った。



 あれは私が小学5年生の9月のことだった。
前の晩父親から、
「真奈、おめでとうございます。支部長のお眼鏡にかない選別に合格しました。明日は教祖様がお忍びでいらっしゃいます。日頃の練習の成果を思う存分に発揮してください」
正座して頭を下げられた。私は緊張と誇らしさで身が引き締まる思いだった。

 研修施設には小中学生の女子は全員で22人ほど来ていたのだが、次の日、私を含め11歳から15歳の女の子5人が更衣室に集められた。
内藤女史が白く薄い浴衣を配り、私達はそれに着替えた。内藤女史は怖いので、陰で “鬼” と呼ばれている幹部だった。内藤女史の口癖は、
「サボればすぐに振り出しに戻る。一からやり直し。杖術も学問も同じ。毎日の鍛錬を忘れないこと」

 浴衣に着替えたあと、更衣室から細い通路を経て中庭に出た。
中庭にはコンクリートでできた池があり、寸法の小さいナイアガラ風の滝が塀の上から落ちていた。
 それから内藤女史の指示で、みんな横一列に並んで滝に打たれながら読経をあげた。
終わってまた整列する際に、私はびっしょりになった浴衣の裾の水を絞ろうとしたら、内藤女史から、
「高山! 襦袢(じゅばん)はそのままで」
と言われた。それでそのまま立っていたが、水に濡れた浴衣が体に張り付き、みんなの体の線があらわになっていた。そして一人ずつ杖術を奉納(ほうのう)しろと言われた。

 上級生から順番に杖術を行い、自分の番が来る間、石でできたベンチに腰掛けて待った。
杖術の演舞(えんぶ)は激しい。杖と自分を一体化しなければならない。
今までシャワーの時はさほど関心が無かったみんなの体つきが、はっきりと見てとれた。

 春佳(はるか)ちゃんの胸はさほど大きくないのに、乳首だけは大きく目立っていた。
美苑(みその)ちゃんの股がうっすら(かげ)っていて、もうあんなに毛が生えているんだと少し驚いた。
(れい)ちゃんは一番背が低かったけど、胸が一番大きく揺れていた。
くるみちゃんはふっくらとしていたので、胸が大きいと思っていたけど、実際胸もお尻もペッタンコで寸胴(ずんどう)だった。

 私の番になったら、きっと私の痩せた体もはっきりと見えてしまうだろう。
教祖様はどこからかご覧になっておられるのだろうか。
4人の中で一番に目立ちたいと思う反面、見世物にされているような後ろ暗い気分になった。
男子はいいな、男子になりたかったな。

 演舞が終わると、大浴場に連れて行かれた。
体を洗い温まったあとはまた新しい浴衣に着替え、洋室に通された。
そこで5人で茶色のふかふかした大きなソファーに座って待機していると、銀縁眼鏡のおじさんがひょっこり入ってきた。

 春佳ちゃんと美苑ちゃんが「あっ!」と声をあげ床に土下座したので、教祖様だと気がついた。
写真や画像でしか見たことのなかった教祖様。私も上級生に習って額を床につけた。
後ろから内藤女史と世話係達が入って来たのが気配でわかった。顔を少しずつ上げて見てみると、世話係が手にしたお盆にはアイスクリームが人数分用意されていた。
 教祖様はおっしゃった。
「開祖様はみんなの成長を喜んでおられました。さあ座って召し上がれ」


 今まで引っ込み思案だったくるみちゃんの態度が、次第に大きくなっていった。
あの日アイスクリームを食べたあと、くるみちゃんは教祖様に名前を呼ばれ、一人だけ別室に行ったのだ。

「支部としては高山を推薦していましたが」
「対外的に高山の方が、見栄えがいいしね」
「すみません、私の方から、次回から真奈にはもう少し機微を読むよう教育します」
「仕方ない、これは代表の好みの問題。父親が言ってどうこうできるものではない」
「代表のデブ好みは昔からだしね」
 私は大人達の会話を盗み聞きした。

 教祖様からここでの一番に選ばれなかったのは、私の演舞が劣っているわけではない。好みの問題なのだ。
それでも父親は失望を隠さなかった。


 鬼と思っていた内藤女史だったが、たまに私にだけ声をかけてくれるようになった。
小さな紙袋に可愛い付箋紙(ふせんし)やクリップを入れて、
「高山の頑張りは私が一番知っている。高山の杖術が一番美しい」
 内藤女史をがっかりさせるようなことがあってはならないと、私は肝に銘じた。

 私達5人は、演舞の終わりに報奨(ほうしょう)金をいただいた。
小学校高学年で3千円、中学生で5千円、梯子祭りや支部大会の時などは1万円だった。くるみちゃんはもっと貰っているとの噂だった。
私はそのお金を、亡くなったお祖母ちゃんが作ってくれた郵貯口座に積んでいった。

 梯子祭りでは太鼓と笛に合わせ、みんなで数え歌を歌った。

  一の宮から目印付けても 
  三羽のトンビがかすめ取る
  五つのお宝盗まれて 
  七つのお社荒れ放題
  十と一つの世迷い言に
  十三夜の月をたどる

  境川(さかいがわ)の瀬は 入れば深い
  幾度ともなく 溺れては
  浮世の波間に 手を振る
  宝を得ても 泡と消える
  生まれてきて還る その身にまとう
  衣は 絹か泥か

 歌には開祖様の予言が織り込まれていると内藤女史は教えてくださった。
敵対勢力が梯子の会の秘儀(ひぎ)を盗み、現世は荒れ放題になってしまっているという。
 自我に固執(こしつ)し教えを踏み外すと、現世とあの世の境の川に落ち泡と消えるのだそうだ。

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登場人物紹介

高山 真奈


カルト宗教『原理神州鍵宮梯子の会』と信者の父親から、母親と二人で逃亡。中学3年生の夏休みに泉水市へ移り住んだ。美少女だが極力目立たないよう、男の子っぽく装っている。

高山 悟


高山真奈の父親。真奈を梯子の会に入れ、洗脳していた。偏執症。

小関 順


園芸部の部長。気さくな性格。父子家庭。

石川 ケイラ


園芸部の先輩。パキスタン人と日本人のハーフ。

田中 秀一


符丁神社の宮司。無邪気で明るく子どもっぽいが、お祓いスキルは抜群。霊能力者。独身。

中原 美弥


真奈の友達。ナツメグオタ。レンコン信者。

大山 仁市


真奈の母親が頼りにしている民生委員。

村瀬 芽依


泉工医大理工学部の学生 たんぽぽ食堂で学習補助をしている。

二宮 治子


たんぽぽ食堂のオーナー。資産家。

天宮 開(第3部の主人公)


女子中学生 たんぽぽ食堂の常連で勉強仲間 父親が経営していた会社が倒産して貧困となったが、ポテンシャルが高く逆境をものともしない 優秀で数学が好き バイセクシャル 

成田 宗也(第4部の主人公)


高専生 たんぽぽ食堂の常連で勉強仲間 父親が失踪しているため母子家庭状態 


アイドルのような甘い顔立ちだが、父親に似ているため自分の顔が嫌い 真面目でやや不器用な性格

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