第1話 原理神州鍵宮梯子の会からの脱出
文字数 1,362文字
私は中学2年生の夏休みに、母親と2人で父親から逃げてきた。
あんなに大切にしていた杖もお守りもお札も教典も、すべて置いてきた。
新幹線の窓ガラスに映る腫 れた左頬 と、斜めに流れる雨の雫を眺めながら、私はこれからどんな罰が当たるのだろうか、どんな風に落ちぶれていくのだろうかとぼんやり思った。
隣の席で母親は
「もうなにも心配しないで。シェルターに入るから大丈夫。今までのことは忘れるのよ」
と何度も繰り返した。
そうは言っても、私はあの父親から逃げられるとは思えなかった。
見つかって連れ戻されたとき、なんて言い訳しよう。
「母親に無理矢理」で通用するのだろうか。
瀬下 理事に対し、取り返しのつかないことをしてしまった。
内藤女史にも迷惑をかけてしまった。私をかばってお立場が悪くなったのではないか。
今まで鍵宮流杖術 を鍛錬して心身を磨いて選別 の名誉を受けたのに、それももう剥奪。全部一からやり直し。振り出しに戻る、だ。
と、そこまで考えて我に返る。私はもうあそこには戻らなくていいのだ、と。
その思考を何度も何度も繰り返した。何度も夢を見た。
最初は日本海側北陸地区、片田舎のシェルターに入った。
お風呂は共同、備品は施設の物を使わせてもらった。落ちぶれる恐怖があったのだが、実際暮らしてみると、生活水準はさほど変わりはしなかった。
父親は税務署に勤めていたけど、収入のほとんどを教団に喜捨 していたから。小さい頃から質素な生活には慣れていた。
そこで身を隠し近くの中学校にも通ったが、なぜだかここでの生活はあまり憶えていない。
定期的に母親とバスに乗って、カウンセリングを受けに行ったのは覚えている。
父親や教団にいつか見つかってしまうのではないかという不安が常にあって、例えて言うなら毎日、薄氷 を踏むような生活だった。
私なりに勉強もお勤めも杖術の鍛錬も頑張って尽くして、教団に貢献してきた。それなのに私がやってきたことは、いったい何だったのだろう。
急に “虚しさ” に全身が絡めとられてしまう瞬間が幾度となく訪れて、しばらくの間私は無気力になった。
優等生だった成績もあっという間に下がり、42点の答案用紙を見ても平気になったとき、確かに落ちぶれたものだと思った。
母親は中学2年生の終わり頃から、
「お父さんと教団が探している、ここが見つかってしまう夢を見た」
と何度も言い、そのたびに過呼吸を起こすようになった。
そして『原理神州鍵宮梯子 の会』から内紛の末、分裂独立した『クリスタルギルド梯子の会』が勢力を伸ばしている地域なら安全かもしれないと、ここ東北央地方の泉水市に移ってきたのだ。
種原山自然公園という地味な山の北側、符丁 町に古い母子寮 があって、母親と2人そこにたどり着いたわけだが、すべてを洗い流すような雨風がしばらく続いた。
『開祖様はお隠れになられました。今はあまねく存在する光となっておられます。お伺いすればお答えくださるでしょう。あなたの魂が泉のようであれば』
『耳を澄ませなさい。欲望は脱ぎ捨て喜捨し身軽になって梯子に登りなさい。この世の真実の鍵を探すのです』
『開祖様はお心を痛めておられます。まだ物欲の奴隷となるのですか。開祖様は私達の身代わりとなり業火で焼かれておられます。原理の教えを守りなさい。開祖様の梯子を登りなさい』
あんなに大切にしていた杖もお守りもお札も教典も、すべて置いてきた。
新幹線の窓ガラスに映る
隣の席で母親は
「もうなにも心配しないで。シェルターに入るから大丈夫。今までのことは忘れるのよ」
と何度も繰り返した。
そうは言っても、私はあの父親から逃げられるとは思えなかった。
見つかって連れ戻されたとき、なんて言い訳しよう。
「母親に無理矢理」で通用するのだろうか。
内藤女史にも迷惑をかけてしまった。私をかばってお立場が悪くなったのではないか。
今まで
と、そこまで考えて我に返る。私はもうあそこには戻らなくていいのだ、と。
その思考を何度も何度も繰り返した。何度も夢を見た。
最初は日本海側北陸地区、片田舎のシェルターに入った。
お風呂は共同、備品は施設の物を使わせてもらった。落ちぶれる恐怖があったのだが、実際暮らしてみると、生活水準はさほど変わりはしなかった。
父親は税務署に勤めていたけど、収入のほとんどを教団に
そこで身を隠し近くの中学校にも通ったが、なぜだかここでの生活はあまり憶えていない。
定期的に母親とバスに乗って、カウンセリングを受けに行ったのは覚えている。
父親や教団にいつか見つかってしまうのではないかという不安が常にあって、例えて言うなら毎日、
私なりに勉強もお勤めも杖術の鍛錬も頑張って尽くして、教団に貢献してきた。それなのに私がやってきたことは、いったい何だったのだろう。
急に “虚しさ” に全身が絡めとられてしまう瞬間が幾度となく訪れて、しばらくの間私は無気力になった。
優等生だった成績もあっという間に下がり、42点の答案用紙を見ても平気になったとき、確かに落ちぶれたものだと思った。
母親は中学2年生の終わり頃から、
「お父さんと教団が探している、ここが見つかってしまう夢を見た」
と何度も言い、そのたびに過呼吸を起こすようになった。
そして『
種原山自然公園という地味な山の北側、
『開祖様はお隠れになられました。今はあまねく存在する光となっておられます。お伺いすればお答えくださるでしょう。あなたの魂が泉のようであれば』
『耳を澄ませなさい。欲望は脱ぎ捨て喜捨し身軽になって梯子に登りなさい。この世の真実の鍵を探すのです』
『開祖様はお心を痛めておられます。まだ物欲の奴隷となるのですか。開祖様は私達の身代わりとなり業火で焼かれておられます。原理の教えを守りなさい。開祖様の梯子を登りなさい』