第21話 村瀬さんに恋愛相談~身体接触までの猶予期間~

文字数 1,992文字

 あれから私は用事のない放課後は、小関先輩と一緒に帰った。
先輩のクラスメイト達は、「小関、彼女が来たぞ」と声をかけてくれるようになった。
もう弟子やストーカー、妹、もちろん弟では無い。

 先輩も、私の教室に迎えに来てくれるようになった。
そんな時の先輩はいつもの気さくな感じと違い、気取って大人ぶっているので少し面白い。

 意思疎通ができてからは、私の挙動不審は収まり、少し落ち着いて喋れるようになった。ただし、この平和な日々は私にとって嵐の前の静けさ。
11月18日、19日と先輩の推薦の試験と面接が終わり、28日の発表を待っている段階。

 私は土曜日の午後、村瀬さんにこっそり相談した。
「え? わ、私に恋愛相談!?」
 村瀬さんはマンガのようなリアクションをした。

「実は彼氏ができて、28日に彼が泉工医大に合格したら、本格的なおつき合いがスタートするんですが」
「まだスタートしていないの?」
「彼が受験なので」
「今はどんな段階なの?」
「一緒に帰りながらおしゃべりしたり」
「スタートしているじゃない」

「私の中ではプレスタートというか。あの、本格的につき合っていくとなると、体の接触が始まりますよね? それが私にできるのかどうか」

「あ、なるほど、体の接触、ね。トラウマがあるもんね」
「私の過去の出来事を正直に話した方がいいのかなって。でも引かれてギクシャクしそうな気がして」

「……うーん、正直に話したら? 言ったらギクシャクするかもしれないけど、言わなくてもギクシャクしそうだもん。でもね、処女だってことはよーく説明するのよ。それが一番大事。最初に言っておくこと」

「はい」

「それで引くような相手だったら、高山さんから振るのよ。高山さんが気を遣ってつき合うような関係は続かないと思う。ダメとわかったら、すぐ切り替えて次に行ったらいいと思う。地上で生きられる時間は限られているし、どうせならいろいろ見て回らないと」

「観光ですか? ……でも、そんなすぐに切り替えなんかできないですよ。どうしてかわからないけど、好きなんです。誰でもいいわけじゃないんです」

 村瀬さんは下を向くとゆっくり話しだした。
まるで自分に言い聞かせるように。

「大丈夫、男は他にもいるんだから。この人じゃなければダメっていうのは、多分錯覚で、恋愛って錯覚なのよ。多分近くにいる人を好きになるんだと思う。私、そう思うことにしたの。別れたとき体が引き裂かれるみたいに辛いだろうけど、時間がたてば錯覚も治まると思うの」

「芽依、ちょっと外来て」
 村瀬さんが話している背後、いつの間にか百川さんが食堂に来ていた。
村瀬さんは一瞬表情を硬くして、百川さんの後をついて出て行った。
私は思わずこっそりあとをつけ、聞き耳をたてた。

「なんだよさっきの言い方。遠距離になるけど会いに来るって何度も言ってるじゃないか。そりゃ頻繁には無理だけど」
「うん。希望のところに就職決まったのに、ごめんね」
「俺だってダメもとで受けたんだよ。まさか受かるとはさ……」

「東京の大手ゼネコンなんてすごいよ。きっと激務だから慣れるまでは私のことは気にしないで。諒君には仕事に専念して欲しいの。足を引っ張りたくないから」
 村瀬さん、言葉とは裏腹に泣いている。

「わかったよ。でも会いに来るから」
「本当は寂しくて死にそう」
「俺だってそうだよ。芽依も東京で就職しろよ」
「私、院行くし、東京なんて怖くて無理だし」

 二人で泣いている。
百川さん、泣くくらいならここで就職すればいいのに。
……結局百川さんは、錯覚かもしれない恋愛より、実態のある有名企業を選んだわけか。

 村瀬さんこの間、「これ、自然消滅コース確定よ」とため息ついていた。
確かに東京とここじゃ、アクセスが悪く地味に遠い。
引っ越してきたときのことを思い出す。

 村瀬さんと百川さんの2人がいないとき、八島さんが麦倉さんに話していた。
「つき合ったのは2年くらいだけど、週末やりまくっていて倦怠期に入る頃だろうし、潮時なんじゃないすかね?」


 小関先輩から電話があった。
「あ、合格したわ」
「おめでとう、よかった。ちょっと心配だった」
「舐めんな、楽勝だよ。これから学費振り込んだりバタバタするけど、終わったら飯でも食いに行こうぜ」
「うん。種原山の入口に、たんぽぽ食堂っていうお店があるの。お祝いに私が奢るから、食べに行こうよ」
「おお! 楽しみ。また連絡する」

 ……とうとうこの日がやって来た。
まずは手をつないだり、それからキスまでは、どんなに早くても1か月くらいの猶予はあるんだよね、多分。
村瀬さんが「個人差あるけど、世間一般の平均では多分それくらいかな?」首をかしげながら言っていた。村瀬さんは違っていたみたいだけど。
 そして体を触られるまでには、きっと半年くらいの猶予はあるはず。
少しずつ少しずつ慣れていけるだろうか。

 と、この時は思っていた。

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登場人物紹介

高山 真奈


カルト宗教『原理神州鍵宮梯子の会』と信者の父親から、母親と二人で逃亡。中学3年生の夏休みに泉水市へ移り住んだ。美少女だが極力目立たないよう、男の子っぽく装っている。

高山 悟


高山真奈の父親。真奈を梯子の会に入れ、洗脳していた。偏執症。

小関 順


園芸部の部長。気さくな性格。父子家庭。

石川 ケイラ


園芸部の先輩。パキスタン人と日本人のハーフ。

田中 秀一


符丁神社の宮司。無邪気で明るく子どもっぽいが、お祓いスキルは抜群。霊能力者。独身。

中原 美弥


真奈の友達。ナツメグオタ。レンコン信者。

大山 仁市


真奈の母親が頼りにしている民生委員。

村瀬 芽依


泉工医大理工学部の学生 たんぽぽ食堂で学習補助をしている。

二宮 治子


たんぽぽ食堂のオーナー。資産家。

天宮 開(第3部の主人公)


女子中学生 たんぽぽ食堂の常連で勉強仲間 父親が経営していた会社が倒産して貧困となったが、ポテンシャルが高く逆境をものともしない 優秀で数学が好き バイセクシャル 

成田 宗也(第4部の主人公)


高専生 たんぽぽ食堂の常連で勉強仲間 父親が失踪しているため母子家庭状態 


アイドルのような甘い顔立ちだが、父親に似ているため自分の顔が嫌い 真面目でやや不器用な性格

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