第40話 梯子の歌2

文字数 2,361文字

「梯子の歌2」

 無音になると、微かにゆったりとした調べが流れ出した。
観客は「なに?」「なんの曲?」ザワついたが私には馴染みのある曲だ。
これは原理神州鍵宮梯子の会の数え歌なのだ。開祖様が生きていた頃の梯子祭りのCDのように聞こえる。


一の宮から目印付けても 
三羽のトンビがかすめ取る 
五つのお宝盗まれて 
七つのお社荒れ放題 
十と一つの世迷い言に 
十三夜の月をたどる

境川の瀬は 入れば深い 
幾度ともなく 溺れては 
浮世の波間に 手を振る
宝を得ても 泡と消える 
生まれてきて還る その身にまとう 
衣は 絹か泥か


開祖様はお隠れになりましたが、あまねく存在し、お尋ねすればお答えになります 
耳を澄ませなさい 欲望は捨てゆきなさい 喜捨しなさい
身軽にして梯子を登りなさい 真理を知りたければ 


 数え歌に続いたのは『原理神州鍵宮梯子の会定説』の導入部。
梯子の会の太鼓に合わせて、バイブル・シャッフルの演奏が始まった。
太鼓に併走し、低く一定の速度で曲の心拍数を刻むのは、ベースという楽器だと美弥ちゃんから教わった。


現世の借金 来世に残るぞ 
貢いだ金の行き先はどこ 
御利益は大暴落 
元本は割れっぱなし 
有り金全部溶かしちまえよ 
その呪文に 意味があるのか 
みすぼらしいお前を 誰が救うか 

教祖は鍵垢 錆びた鍵穴 
梯子をかけた行き先はどこ 
後悔しても戻れない 
梯子は外れっぱなし 
孫の代まで搾取される 
貧相な体に 鎧のプライド 
お前は特別じゃ無い ただの養分だ


 曲が終わったとき、遠くの西園寺と目が合ったような気がして、私はマスクを戻した。

「スーツのおじさんは骨があったけど、残りの二人はモブだったね。クリスタルギルドは所詮二番煎じかな。やっぱり元祖の原理神州鍵宮梯子の会の皆さまにライブにお越しいただいて、アンサーもらいたい」

 今日初めて西園寺はマイクでおしゃべりをした。
ギターの男が呆れたようなおどけたポーズをとりながら、
「この原理ナントカの音源ヤバくない? 呪われそう」
観客がクスクス笑う。「ナオヤー」声援が飛ぶ。
私はペットボトルの水を飲んだ。

 なるほど。こういう曲か。
西園寺は梯子の会に喧嘩を売っている。梯子の信者は単細胞だから反応はするはずだ。
西園寺はアンサーと言ったな。つまるところ西園寺は、梯子の会は ”搾取するばかりのまがい物” であり “詐欺” だと歌っている。それに対し、原理神州鍵宮梯子の会はちゃんとアンサーが返せるのだろうか。

 そのあと、予習しなかった『バイブル・シャッフル』というバンド名と同じ曲が流れた。
私は梯子の歌が終わったばかりで、少し緊張が解けていたのだ。


雨を降らせる秘訣はね 
雨が降るまで踊ること
君のバイブルはすでにボロボロ
さあ プラットフォームに降り立って
神様を乗り換えよう
誰かが叶えている 
どこかで叶っている
君の願いは 知らずに叶っている


 動悸が止まらない。
父親から逃げてきたあの朝、新幹線のプラットフォームの雑踏と激しい雨音が蘇った。
神経を刺すような焦燥感。夜中に何度も動悸と共に飛び起きた悪夢。不意打ちを食らった。
どうして西園寺は私のことを知っているの? 私の気持ちがわかるの? そんな風に錯覚させる、これは西園寺の才能だ。

 そのあと西園寺は、「ハレルヤ・ループ」「地磁気は乱れています」「ホワイトセージ」をノンストップで演奏して、私は壁に寄りかかり聞いた。
西園寺はその日その時の気分に合わせ、即興で歌えるようだ。同じ歌詞では飽きてしまうのかもしれない。

 梯子の会にいつまで興味を持ってくれるだろうか。
すぐに飽きてしまいそうな気もする。梯子の会は西園寺と違い、アナログでやることはマンネリ、いつも定型通りだし。
西園寺が飽きる前に接触して欲しい。梯子の会は、西園寺に任せた。


 帰り道、美弥ちゃんと村瀬さんは盛り上がっていた。
「前の方の女の子、バタバタ倒れちゃって、もー大変」
「男のファンも多かったね、まるで西園寺教の黒ミサじゃない」
「生歌ヤバかった、やっぱライブはいいな! 最高ー」
「観客含め恐怖のアトラクションよ、凄かったとしか語彙力ない。服部、いつの間にか梯子の会の信者になっていたなんて」

 その時、フィンランドにいた男子高校生2人が通りかかった。美弥ちゃんは勢いのまま話しかけていた。
「ねえねえ、なんでアンコールやらなかったの?」
生意気な2人は「にわか」と吐き捨てた。あとで美弥ちゃんと村瀬さんが言うには、これは私達をバカにした言葉だったらしい。

「クリスタルギルドのヤツらがショボすぎて期待外れだからだよ。西園寺さん、機嫌悪いときはやらないんだ」
「西園寺さんはガチの対話がしたかったんだよ。ちゃんとアンサー返さないであいつら逃げ出して」
「だからさ、これから俺たちで梯子のヤツら煽るから。元祖梯子をライブに来させないと。あんたらも拡散してよ」

 男子高校生2人組が去ると、2人は同時に私を見た。
「どうした真奈ちん、疲れた?」「高山さん、気分はどう?」
「大丈夫……元祖梯子は北関東が活動拠点だから、ここまで来させるには相当煽らないと」
 美弥ちゃんは言った。
「バイブは夏に東北と関東をツアーする予定だよ。どこかで接触するかもよ」


 私はこの夜、順君に連絡を入れるのをすっかり忘れてしまい、気がつくと順君からの着信がいっぱいになっていた。
次の日、順君から叱られたとき、私は地に足がついてホッとして泣いてしまった。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「本当に心配したんだから。これからは気をつけてよ」
 順君は私の涙を拭うと、そのままソファーに押し倒しキスした。この日も頭が痺れるように気持ちがよかった。

 西園寺より順君の方がずっとずっと素敵。
そんなこと言うと、また美弥ちゃんから「バカップル」って言われてしまうけど。

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登場人物紹介

高山 真奈


カルト宗教『原理神州鍵宮梯子の会』と信者の父親から、母親と二人で逃亡。中学3年生の夏休みに泉水市へ移り住んだ。美少女だが極力目立たないよう、男の子っぽく装っている。

高山 悟


高山真奈の父親。真奈を梯子の会に入れ、洗脳していた。偏執症。

小関 順


園芸部の部長。気さくな性格。父子家庭。

石川 ケイラ


園芸部の先輩。パキスタン人と日本人のハーフ。

田中 秀一


符丁神社の宮司。無邪気で明るく子どもっぽいが、お祓いスキルは抜群。霊能力者。独身。

中原 美弥


真奈の友達。ナツメグオタ。レンコン信者。

大山 仁市


真奈の母親が頼りにしている民生委員。

村瀬 芽依


泉工医大理工学部の学生 たんぽぽ食堂で学習補助をしている。

二宮 治子


たんぽぽ食堂のオーナー。資産家。

天宮 開(第3部の主人公)


女子中学生 たんぽぽ食堂の常連で勉強仲間 父親が経営していた会社が倒産して貧困となったが、ポテンシャルが高く逆境をものともしない 優秀で数学が好き バイセクシャル 

成田 宗也(第4部の主人公)


高専生 たんぽぽ食堂の常連で勉強仲間 父親が失踪しているため母子家庭状態 


アイドルのような甘い顔立ちだが、父親に似ているため自分の顔が嫌い 真面目でやや不器用な性格

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