第27話 祠に佇む影は誰?①~畑中さんの過去~
文字数 2,257文字
冬休みに入り符丁神社にバイトに行った。
田中宮司と顔を合わすとき、少し気後れした。宮司は全部お見通しような気がしたから。
案の定、宮司は私の顔を見た途端「あれれれれ?」と言った。
「なんか、バージョンアップした?」
「いえ、ちょっとわかりませんけど」
「正直に言いなさい」
宮司に誤魔化しはきかない。
「えっとですね、あの、実はおつき合いしている彼がいまして、先日、ちょっと、関係を深めてしまいました」
すると宮司の顔が見る見る真っ赤になった。
「あっ! もしかして巫女失格ですか?」
「違う違う! 僕が聞いているのは気持ちの面! 前より覇気 が出ているからなんだろうって思ったわけ! 彼氏がいるからクビとか、そんなセクハラしませんよ。びっくりしたな、もう」
なんだ。私も真っ赤になった。
「あのですね、今まで父親や教団に見つからないように息を殺して生活していたのですが、そうなる以前の自分の性格を思い出したんです。自分は……試合とか試験とか、他人と競い合うのが好きで、ライバル視されて向かってこられるとゾクゾクしてですね、特に相手が本気になればなるほど」
「だよねぇ」
「なんか楽しくなってきちゃって」
「君、ポテンシャル高いもんね。消化試合とか絶対できない人だよね。でも周りが驚くから、小出しにしなさいね」
「はい、気づかれないよう隠して競います」
「それから君は自然と相手のポテンシャルも引き出すから、どんどん人と絡んでいった方がいいのよ。世捨て人なんかにならないでね」
今日は小雨が降り、お祓いの予約も2件だけだった。
田中さんは映画鑑賞に、街中までお出かけ中。
「おー寒い寒い。温かいもの食べたいな」
「宮司、お昼にたんぽぽ食堂に行きませんか?」
「あそこかー、二宮さんが僕を見るたび、挑発するんだよなー」
「? 今日は豚汁と鶏の竜田揚げだそうですよ」
「あ、じゃあ行く」
1時過ぎにたんぽぽ食堂に行った。
私は着替えて、宮司はそのまま神主さんの出で立ちで。太ってスウェット以外の服がきついそうだ。
天気が悪いせいか、お客さんは田所さんとアパートの大学生だけだった。
大家さんが宮司を見て言った。
「あら、地主様が来たわ」
すると宮司も、
「なにをおっしゃいますやら、二宮さんの地主力に比べたら僕なんてまだまだ」
「いーえ、私なんか借金まみれで自転車操業ですから」
「それは僕には与信 があるという自慢に聞こえちゃいますねー」
百川さんと八島さんがコソコソ笑っている。
「ゴジラ対メカゴジラ」「どっちでもいいから養子に入りたい」
「よしん?」
と私が呟くと、八島さんが、
「資産があると銀行が信用して金を貸してくれるんだよ。その信用を与えられた力のこと」
と教えてくれた。後日、村瀬さんがこっそり補足してくれたのだが、
「道の駅周辺一帯とネクスト製紙工場の駐車場は田中家所有らしいの。大家さんはね、スーパーヤオシンの敷地とあとアパートが10棟くらいあるって噂。2人ともそれ以外にも貸しビルなんかがあるらしいのよ」
宮司は大盛りにしたランチを、あっという間に平らげお茶を飲んでスマホを見ていた。
そのときスーパーヤオシンの店長さんがやって来て、畑中さんに声をかけ段ボールを運んでいた。店長さん、畑中さんの前ではちょっと気取って話し出すんだけど、すぐにデレデレしてしまう。
畑中さんが行ったり来たりするのを、宮司が目で追いかけている。
「あーそうか、あなたか」
宮司が不意に出した声は少し大きめだったので、みんなが振り返った。
「高山さんのお祓いしたときに、ここら辺一帯の点検をしたんだけどさ」
確かあのとき、土地のツボ要所要所に布石をしたと言っていた。
「符丁町の祠の後ろに2体、影が佇んでいたんだよ。まったく嫌な感じしないから、今まで気がつかなかったんだよね。なんだろうって思ったけど、わかった……あなたのことを心配して佇んでいるんだ」
畑中さんはギョッとした顔をした。
「どんな影っ?」
いつもの畑中さんらしくない大声に、みんなシーンとした。
「どうって、2体とも一本筋が通った真っ当な男の影だよ。カラス男や梯子男なんかとは全然違う」
「私の、私の心配なんてしなくていいからって言って! 早く!」
「どうかなぁ、僕みたいな未婚の若造の言うことなんて聞くかなあ。2人とも渋くて保身を考えないタイプ。自分が納得しないことには動かざるごと山のごとし」
「しがない勤め人なんだから、人の心配より自分の心配をしなさいって! 私はここで幸せにやっているんだから大丈夫だって、よく言って聞かせてやって!」
激しい畑中さんの言いっぷりに、店長さん驚き顔で呆然と突っ立っている。
「怖―い」宮司はゆっくりと席を立った。
「まあ、一応説得だけはしてみますけど」
宮司は私に「また明日ね」と行って食堂を後にした。
「畑中さん、どうしたの?」
大家さんの問いに、畑中さんは「すみません」と厨房に戻っていった。
ランチタイムが終わり男性客がいなくなったところで、大家さんは畑中さんを呼び、椅子に座らせた。
取り調べの始まりのようだ。
私なんかがこの場にいていいのだろうかと迷ったが、村瀬さんが私の分のほうじ茶を煎れてくれたので、そのまま居座った。
「畑中さん、黙っているなんて水くさいじゃない。今までなにがあったのよ」
「そうだよ。その影っていうのは誰なんだい?」
大家さんと田所さんが単刀直入に切り出す。
「私のこんな話聞かされても、返答に困ると思いますよ」
もう6年くらい経つんですけど、と畑中さんは静かに語り出した。
田中宮司と顔を合わすとき、少し気後れした。宮司は全部お見通しような気がしたから。
案の定、宮司は私の顔を見た途端「あれれれれ?」と言った。
「なんか、バージョンアップした?」
「いえ、ちょっとわかりませんけど」
「正直に言いなさい」
宮司に誤魔化しはきかない。
「えっとですね、あの、実はおつき合いしている彼がいまして、先日、ちょっと、関係を深めてしまいました」
すると宮司の顔が見る見る真っ赤になった。
「あっ! もしかして巫女失格ですか?」
「違う違う! 僕が聞いているのは気持ちの面! 前より
なんだ。私も真っ赤になった。
「あのですね、今まで父親や教団に見つからないように息を殺して生活していたのですが、そうなる以前の自分の性格を思い出したんです。自分は……試合とか試験とか、他人と競い合うのが好きで、ライバル視されて向かってこられるとゾクゾクしてですね、特に相手が本気になればなるほど」
「だよねぇ」
「なんか楽しくなってきちゃって」
「君、ポテンシャル高いもんね。消化試合とか絶対できない人だよね。でも周りが驚くから、小出しにしなさいね」
「はい、気づかれないよう隠して競います」
「それから君は自然と相手のポテンシャルも引き出すから、どんどん人と絡んでいった方がいいのよ。世捨て人なんかにならないでね」
今日は小雨が降り、お祓いの予約も2件だけだった。
田中さんは映画鑑賞に、街中までお出かけ中。
「おー寒い寒い。温かいもの食べたいな」
「宮司、お昼にたんぽぽ食堂に行きませんか?」
「あそこかー、二宮さんが僕を見るたび、挑発するんだよなー」
「? 今日は豚汁と鶏の竜田揚げだそうですよ」
「あ、じゃあ行く」
1時過ぎにたんぽぽ食堂に行った。
私は着替えて、宮司はそのまま神主さんの出で立ちで。太ってスウェット以外の服がきついそうだ。
天気が悪いせいか、お客さんは田所さんとアパートの大学生だけだった。
大家さんが宮司を見て言った。
「あら、地主様が来たわ」
すると宮司も、
「なにをおっしゃいますやら、二宮さんの地主力に比べたら僕なんてまだまだ」
「いーえ、私なんか借金まみれで自転車操業ですから」
「それは僕には
百川さんと八島さんがコソコソ笑っている。
「ゴジラ対メカゴジラ」「どっちでもいいから養子に入りたい」
「よしん?」
と私が呟くと、八島さんが、
「資産があると銀行が信用して金を貸してくれるんだよ。その信用を与えられた力のこと」
と教えてくれた。後日、村瀬さんがこっそり補足してくれたのだが、
「道の駅周辺一帯とネクスト製紙工場の駐車場は田中家所有らしいの。大家さんはね、スーパーヤオシンの敷地とあとアパートが10棟くらいあるって噂。2人ともそれ以外にも貸しビルなんかがあるらしいのよ」
宮司は大盛りにしたランチを、あっという間に平らげお茶を飲んでスマホを見ていた。
そのときスーパーヤオシンの店長さんがやって来て、畑中さんに声をかけ段ボールを運んでいた。店長さん、畑中さんの前ではちょっと気取って話し出すんだけど、すぐにデレデレしてしまう。
畑中さんが行ったり来たりするのを、宮司が目で追いかけている。
「あーそうか、あなたか」
宮司が不意に出した声は少し大きめだったので、みんなが振り返った。
「高山さんのお祓いしたときに、ここら辺一帯の点検をしたんだけどさ」
確かあのとき、土地のツボ要所要所に布石をしたと言っていた。
「符丁町の祠の後ろに2体、影が佇んでいたんだよ。まったく嫌な感じしないから、今まで気がつかなかったんだよね。なんだろうって思ったけど、わかった……あなたのことを心配して佇んでいるんだ」
畑中さんはギョッとした顔をした。
「どんな影っ?」
いつもの畑中さんらしくない大声に、みんなシーンとした。
「どうって、2体とも一本筋が通った真っ当な男の影だよ。カラス男や梯子男なんかとは全然違う」
「私の、私の心配なんてしなくていいからって言って! 早く!」
「どうかなぁ、僕みたいな未婚の若造の言うことなんて聞くかなあ。2人とも渋くて保身を考えないタイプ。自分が納得しないことには動かざるごと山のごとし」
「しがない勤め人なんだから、人の心配より自分の心配をしなさいって! 私はここで幸せにやっているんだから大丈夫だって、よく言って聞かせてやって!」
激しい畑中さんの言いっぷりに、店長さん驚き顔で呆然と突っ立っている。
「怖―い」宮司はゆっくりと席を立った。
「まあ、一応説得だけはしてみますけど」
宮司は私に「また明日ね」と行って食堂を後にした。
「畑中さん、どうしたの?」
大家さんの問いに、畑中さんは「すみません」と厨房に戻っていった。
ランチタイムが終わり男性客がいなくなったところで、大家さんは畑中さんを呼び、椅子に座らせた。
取り調べの始まりのようだ。
私なんかがこの場にいていいのだろうかと迷ったが、村瀬さんが私の分のほうじ茶を煎れてくれたので、そのまま居座った。
「畑中さん、黙っているなんて水くさいじゃない。今までなにがあったのよ」
「そうだよ。その影っていうのは誰なんだい?」
大家さんと田所さんが単刀直入に切り出す。
「私のこんな話聞かされても、返答に困ると思いますよ」
もう6年くらい経つんですけど、と畑中さんは静かに語り出した。