第32話 森奏絵 クリスタルギルドのおまじない①
文字数 3,119文字
私は中学2年生のとき、牧田君と同じクラスになった。
隣の席になったとき、牧田君は私の首と肘 の内側を見ながら言った。
「森さん、もしかしてアトピーなの?」
またか。私はうんざりした。小学校の頃から男子にそれでいじめられてきた。
「うん……」
私はおざなりに頷 いた。
「気にしていたらごめんね、俺の妹もアトピーでさ、かわいそうなんだ。森さんはどこの皮膚科に通っているの?」
「あっ、ひ、皮膚科にはあんまり行っていない。どこも一緒だから。保湿するようにして、ひどいときだけステロイド薄く塗って、あとは刺激物を避けて睡眠不足にならないようにするとか、そんなもん」
「やっぱりそうか、うちも同じような感じだよ。なにかいい薬やクリームがあったら教えてね」
「うんっ」
私は驚いた。
私に対し普通に話しかけてくれる男子は今までいなかった。
「えー隣、森かよ最悪」
「森、プールに入るなよ、汚染される」
「森と手なんか繋げねえよ」
男子からの心ない言葉を無視していたら、私のあだ名が「アスペ」になったときもあった。
学級委員長で真面目で面倒見がよく、頭のいい牧田君。
私はすぐに牧田君を好きになった。
次の日の土曜日、クリスタル・ショップに行った。
駅近くのクリスタルビルの1階。すぐに福ちゃんが私を見つけて手を振ってくれた。
「奏絵 ちゃん、いらっしゃーい」
いつもの人懐こい笑顔にハスキーボイスの福ちゃん。
パープルの小さい花柄ワンピースを着ていた。パープルは福ちゃんのトレードマーク。私も手を振り返す。
「こんにちは、福田さーん」
「もう、奏絵ちゃんは真面目なんだから、福ちゃんでいいのよ」
「福ちゃん、今日のワンピ、カワイイね」
「ありがとー、気に入っているの。奏絵ちゃんも癒やし系でカワイイよ、学校でモテるんじゃない?」
「えー? 私なんて男子から “モンゴル” って呼ばれて意地悪されているよ? モンゴル相撲の力士に似ているんだって、ひどいでしょ」
「意地悪するのは奏絵ちゃんが気になる証拠! 興味無かったら無視するはずだもん。中学生男子ってバカだよねー、奏絵ちゃんにかまってもらいたいのよ」
「アハハッ、そうかなー」
福ちゃんとおしゃべりすると、気持ちが明るくなる。
福ちゃんは福田史子 さんといって、このビルの人気の店員さん。
3階のナチュラルカーネーションっていうサロンでも仕事していて、商品に詳しくいつも一生懸命。
「波動鉱石を入れたお水はちゃんと飲んでる?」
「うん、でも毎日2リットルはきついな」
「頑張って! デトックスされて代謝が上がるから。前よりアトピー治まったんじゃない? きれいになっている。奏絵ちゃんがこの間買ってくれたクローバーの水晶のチャームも、浄化を助けてくれているはずなんだ」
「うん、少し調子はいいの。今日はね、別の相談があって……」
片思いの男の子がいること、その男の子は頭がいいから県トップ校の泉水第一高校を狙っていること、一緒の高校に行きたいことを、端にあるカフェコーナーで話した。
福ちゃんは話が早くフレンドリーで、絶対に私をバカにしたりしない。
すぐに回答をくれた。
「じゃあね、この恋愛を助けるハート型の水晶と、知恵を授けるフクロウ型の水晶がいいわよ。受験に勝利する特製お守りもあるけど。その子と両思いになって同じ高校に行ければいいのよね」
「お小遣いでは全部は買えないかな」
「ハートのチャームは自分の魅力を最大限引き出せて恋愛全般に効くから、これはおすすめだな。それにカワイイでしょ?」
福ちゃんが指でつまんでキーホルダーを揺らした。
淡いピンクでコロンとしたハートに、金平糖のようなお星様が2つ付いていてキラキラしている。1000円。恋愛全般に効くとなると欲しくなる。フクロウも1000円。
特製お守りは1500円、生成りの袋に赤い糸で梯子の刺繍が施されている。
「今日はこのハートだけ買います」
「そうね、少しずつ買い足していけばいいしね。ありがとう。今月の梯子の会報も入れておくね」
私は水晶の入った紙袋を胸に抱えた。
勉強は自分で頑張ればいい。
福ちゃんの喜ぶ顔が見たいと思い、お祖母ちゃんから問題集を買うと言って貰ったお金を使ってしまおうか、すごく迷ったがなんとか堪えた。
帰りに本屋に寄ってちゃんと問題集を買った。
小さい頃から「奏絵は賢い子だ、脇道にそれるんじゃないよ」と言ってくれているお祖母ちゃんを裏切ることはできない。
お祖母ちゃんは私を買いかぶっている。お祖母ちゃんが思っているほど私は勉強ができるわけではない。284人中70位前後。
お祖母ちゃん、脇道にそれてはいないけど、私、梯子に足をかけてしまったよ。
アトピーが今よりひどかった小学5年生のとき、クリスタル・ショップのチラシを見たのだ。 ”これでアトピーが治った!” の大きな文字。
お年玉を握りしめ、藁 をも掴む思いで波動鉱石を買ったのが始まりだった。
波動鉱石のスカスカの説明書と一緒に何枚かチラシが入っていた。
そのうちの1つに『一歩スクール』の案内が入っていて、イラストの可愛いぶち猫が吹き出しでこんなことを言っていた。
ひとりぼっちで戦って
自分を削っているキミ
梯子の会に来れば
高次元へ梯子をかけられるニャ
昨日までの自分をリセットして
リスタートするのは今!
本来の輝く自分を取り戻すメソッドを
やさしく教えてあげるニャ
不登校や引きこもり
いじめや体調不良で苦しんでいるキミ
勇気を出して
ボクに会いに来て欲しいニャー!
私は教科書とプリントを何度も見返して、問題集も何周もして、ジワジワ順位を上げていった。
目立たなかった私が学年20位に入り、担任の先生はみんなの前で褒めてくれた。
「森は特別なことはしていないぞ。先生が作った定期テストやプリントを何度も見返して完璧にしているそうだ。それで校外模試の成績も上がっているぞ」
そんなことより、牧田君の「森さんすごいね」の一言が100倍嬉しかった。
私は学年トップ3名のように、一度で覚える記憶力やすぐに理解する回路、要領の良さを搭載していない。
私にできることは、暗記科目を落とさないこと、指導者の立場ならどの問題を出すだろうかと戦略を練ること、毎日休まず地道にやることだ。
そして疲れたときは近所の蓬莱橋に行って、橋の上から川面を眺めた。
ハートの水晶の効果で、3年生でも牧田君と同じクラスになれた。
波動鉱石のお水を頑張って飲んで体重も7キロ減った。
片思いの牧田君に告白するなんてとんでもない、毎日見て朝夕の挨拶をするだけで満足だった。
たまにちょっと苦手な問題を牧田君に質問したりした。
「この問題と解き方一緒だよ」
と教えてもらった日の帰り道は、それを反芻 し蓬莱橋の上から
「今日はいい日だった、梯子の神様ありがとう」
と感謝した。
お年玉やお小遣いを貯めて、水晶のキーホルダーをそろえていった。新作のお守りも。
福ちゃんも喜んでくれた。「奏絵ちゃんがハッピーになれば私もハッピーよ!」
フクロウの水晶と受験のお守りの効果で、テスト順位は12位から16位の間をいったりきたりするようになった。
天神中学校は優秀な子が多くて、毎年10人くらいの生徒が泉水第一高校に合格する。もう少し、もう少しだ。夏休みで一気に力を蓄えるつもりだ。
私の家は兼業農家。
今年は例年になく長雨が続いていて、これでは収入が減ると父がこぼした。
母が私に、
「夏休みなんだから少しは家の手伝いもしなさい」
と言うと、お祖母ちゃんが
「奏絵は勉強だけやっていればいい」
と助けてくれた。
みんなが塾に行くなか、私はスケジュールを組んで自宅に籠もって勉強した。
そして夏休み明けに、高山真奈さんは転校してきた。
隣の席になったとき、牧田君は私の首と
「森さん、もしかしてアトピーなの?」
またか。私はうんざりした。小学校の頃から男子にそれでいじめられてきた。
「うん……」
私はおざなりに
「気にしていたらごめんね、俺の妹もアトピーでさ、かわいそうなんだ。森さんはどこの皮膚科に通っているの?」
「あっ、ひ、皮膚科にはあんまり行っていない。どこも一緒だから。保湿するようにして、ひどいときだけステロイド薄く塗って、あとは刺激物を避けて睡眠不足にならないようにするとか、そんなもん」
「やっぱりそうか、うちも同じような感じだよ。なにかいい薬やクリームがあったら教えてね」
「うんっ」
私は驚いた。
私に対し普通に話しかけてくれる男子は今までいなかった。
「えー隣、森かよ最悪」
「森、プールに入るなよ、汚染される」
「森と手なんか繋げねえよ」
男子からの心ない言葉を無視していたら、私のあだ名が「アスペ」になったときもあった。
学級委員長で真面目で面倒見がよく、頭のいい牧田君。
私はすぐに牧田君を好きになった。
次の日の土曜日、クリスタル・ショップに行った。
駅近くのクリスタルビルの1階。すぐに福ちゃんが私を見つけて手を振ってくれた。
「
いつもの人懐こい笑顔にハスキーボイスの福ちゃん。
パープルの小さい花柄ワンピースを着ていた。パープルは福ちゃんのトレードマーク。私も手を振り返す。
「こんにちは、福田さーん」
「もう、奏絵ちゃんは真面目なんだから、福ちゃんでいいのよ」
「福ちゃん、今日のワンピ、カワイイね」
「ありがとー、気に入っているの。奏絵ちゃんも癒やし系でカワイイよ、学校でモテるんじゃない?」
「えー? 私なんて男子から “モンゴル” って呼ばれて意地悪されているよ? モンゴル相撲の力士に似ているんだって、ひどいでしょ」
「意地悪するのは奏絵ちゃんが気になる証拠! 興味無かったら無視するはずだもん。中学生男子ってバカだよねー、奏絵ちゃんにかまってもらいたいのよ」
「アハハッ、そうかなー」
福ちゃんとおしゃべりすると、気持ちが明るくなる。
福ちゃんは福田
3階のナチュラルカーネーションっていうサロンでも仕事していて、商品に詳しくいつも一生懸命。
「波動鉱石を入れたお水はちゃんと飲んでる?」
「うん、でも毎日2リットルはきついな」
「頑張って! デトックスされて代謝が上がるから。前よりアトピー治まったんじゃない? きれいになっている。奏絵ちゃんがこの間買ってくれたクローバーの水晶のチャームも、浄化を助けてくれているはずなんだ」
「うん、少し調子はいいの。今日はね、別の相談があって……」
片思いの男の子がいること、その男の子は頭がいいから県トップ校の泉水第一高校を狙っていること、一緒の高校に行きたいことを、端にあるカフェコーナーで話した。
福ちゃんは話が早くフレンドリーで、絶対に私をバカにしたりしない。
すぐに回答をくれた。
「じゃあね、この恋愛を助けるハート型の水晶と、知恵を授けるフクロウ型の水晶がいいわよ。受験に勝利する特製お守りもあるけど。その子と両思いになって同じ高校に行ければいいのよね」
「お小遣いでは全部は買えないかな」
「ハートのチャームは自分の魅力を最大限引き出せて恋愛全般に効くから、これはおすすめだな。それにカワイイでしょ?」
福ちゃんが指でつまんでキーホルダーを揺らした。
淡いピンクでコロンとしたハートに、金平糖のようなお星様が2つ付いていてキラキラしている。1000円。恋愛全般に効くとなると欲しくなる。フクロウも1000円。
特製お守りは1500円、生成りの袋に赤い糸で梯子の刺繍が施されている。
「今日はこのハートだけ買います」
「そうね、少しずつ買い足していけばいいしね。ありがとう。今月の梯子の会報も入れておくね」
私は水晶の入った紙袋を胸に抱えた。
勉強は自分で頑張ればいい。
福ちゃんの喜ぶ顔が見たいと思い、お祖母ちゃんから問題集を買うと言って貰ったお金を使ってしまおうか、すごく迷ったがなんとか堪えた。
帰りに本屋に寄ってちゃんと問題集を買った。
小さい頃から「奏絵は賢い子だ、脇道にそれるんじゃないよ」と言ってくれているお祖母ちゃんを裏切ることはできない。
お祖母ちゃんは私を買いかぶっている。お祖母ちゃんが思っているほど私は勉強ができるわけではない。284人中70位前後。
お祖母ちゃん、脇道にそれてはいないけど、私、梯子に足をかけてしまったよ。
アトピーが今よりひどかった小学5年生のとき、クリスタル・ショップのチラシを見たのだ。 ”これでアトピーが治った!” の大きな文字。
お年玉を握りしめ、
波動鉱石のスカスカの説明書と一緒に何枚かチラシが入っていた。
そのうちの1つに『一歩スクール』の案内が入っていて、イラストの可愛いぶち猫が吹き出しでこんなことを言っていた。
ひとりぼっちで戦って
自分を削っているキミ
梯子の会に来れば
高次元へ梯子をかけられるニャ
昨日までの自分をリセットして
リスタートするのは今!
本来の輝く自分を取り戻すメソッドを
やさしく教えてあげるニャ
不登校や引きこもり
いじめや体調不良で苦しんでいるキミ
勇気を出して
ボクに会いに来て欲しいニャー!
私は教科書とプリントを何度も見返して、問題集も何周もして、ジワジワ順位を上げていった。
目立たなかった私が学年20位に入り、担任の先生はみんなの前で褒めてくれた。
「森は特別なことはしていないぞ。先生が作った定期テストやプリントを何度も見返して完璧にしているそうだ。それで校外模試の成績も上がっているぞ」
そんなことより、牧田君の「森さんすごいね」の一言が100倍嬉しかった。
私は学年トップ3名のように、一度で覚える記憶力やすぐに理解する回路、要領の良さを搭載していない。
私にできることは、暗記科目を落とさないこと、指導者の立場ならどの問題を出すだろうかと戦略を練ること、毎日休まず地道にやることだ。
そして疲れたときは近所の蓬莱橋に行って、橋の上から川面を眺めた。
ハートの水晶の効果で、3年生でも牧田君と同じクラスになれた。
波動鉱石のお水を頑張って飲んで体重も7キロ減った。
片思いの牧田君に告白するなんてとんでもない、毎日見て朝夕の挨拶をするだけで満足だった。
たまにちょっと苦手な問題を牧田君に質問したりした。
「この問題と解き方一緒だよ」
と教えてもらった日の帰り道は、それを
「今日はいい日だった、梯子の神様ありがとう」
と感謝した。
お年玉やお小遣いを貯めて、水晶のキーホルダーをそろえていった。新作のお守りも。
福ちゃんも喜んでくれた。「奏絵ちゃんがハッピーになれば私もハッピーよ!」
フクロウの水晶と受験のお守りの効果で、テスト順位は12位から16位の間をいったりきたりするようになった。
天神中学校は優秀な子が多くて、毎年10人くらいの生徒が泉水第一高校に合格する。もう少し、もう少しだ。夏休みで一気に力を蓄えるつもりだ。
私の家は兼業農家。
今年は例年になく長雨が続いていて、これでは収入が減ると父がこぼした。
母が私に、
「夏休みなんだから少しは家の手伝いもしなさい」
と言うと、お祖母ちゃんが
「奏絵は勉強だけやっていればいい」
と助けてくれた。
みんなが塾に行くなか、私はスケジュールを組んで自宅に籠もって勉強した。
そして夏休み明けに、高山真奈さんは転校してきた。