第15話 凪の昼と氾濫する夜②~邪教の数え歌~ 

文字数 2,912文字

 「ねーねー高山さん、ちょっと杖術っていうのやってみせてよ、これなんかでどう?」
宮司がいつもより長いサイズの大幣(おおぬさ)を持ってきた。

 ギクッとしたけど、宮司の顔は天真爛漫そのもの、純粋に見たいらしい。
「2年ぶりだから上手く出来るかどうか」
大幣を受け取る。大幣をギュッと握りしめ、感触を掴む。
型と呼吸法は私の体に染みついていたようで、流れるように演舞ができた。
宮司は珍しく褒めてくれた、ように思う。
「即戦力じゃん。梯子臭がしないな」

 それから宮司が運転する軽自動車で、天神中学校近くの古い武道具屋さんに行った。
「高山さん、この中で使いやすいものを選んでよ」
 手にしっくりきたので、合気道の棒術で使用するという一本の棒を選んだ。
「巫女さんがボディガードなのかい? 絵になるねぇ」
 店主が腕組みして面白がっていた。


【久々に職場に顔を出す。無休になる前にいったん復職した。また具合が悪くなったら無理せず休めばいい。蒙昧(もうまい)な人間達と仕事するのは疲れるんだ。しばらく休んでいる内に事務の集約化が進み社内の雰囲気は様変わりしていた。新しいシステムがいくつも導入されている。正社員の私へのOJTがパートの久保だとは、嫌がらせかもしれないが仕方ない、とにかく新システムを覚えなければ。久保が呆れ顔でこちらを見ている。西日で眩しいんだよ、誰かブラインドを下げてこい。本当にみんな気が利かない。「そんなに難しいことではありませんよ、ほらここ、マニュアル通りですし、あっ! あ~あ、よく確認しないと、それじゃ最初からやり直しですね、振り出しに戻り」内藤女史の十八番じゃないか。馬鹿にしやがって。頭が痛くなってきた。医者からもらった薬、今夜からはちゃんと飲むか。辛くてもしばらくは休むわけにはいかない。お布施が足りないんだ。】

一の宮から目印付けても 
三羽のトンビがかすめ取る
五つのお宝盗まれて 
七つのお(やしろ)荒れ放題
十と一つの世迷(よまい)い言に 
十三夜の月をたどる

【誰だ、数え歌を歌っているのは。やめてくれ、頭に響く】


 父親の夢を見た早朝は、榊の水やりをしたあとに神社の境内で棒術の稽古をした。
宮司が「これからは棒術って呼ぼうよ」と決めてくれたのだ。
棒を振るうと、右往左往している父親の影が木っ端みじんに千切れていくような爽快感を覚えた。
 たまにお祓いに疲れた宮司から「棒術やって」とリクエストされた。
私の演舞をじっと見て「たいしたもんだ」と宮司にしてはしみじみ褒めてくれるのだった。
そして田中さんはというと
「高山さんは女剣士の生まれ変わり?」
と毎回驚くので、それがとても可笑しかった。


【復帰してから2か月。新システムにも慣れた。こんな体調で我ながらよくやっていると思う。パートの久保は相変わらず嫌みったらしいけど、もう1人のパートの金沢さんは優しい人だ。俺が休職中に採用された独身の地味なおばさん。なんとか毎日が送れるのはお布施を頑張ったからだろう。頑張っている自分へのご褒美に次の月曜日は休もうと思う。たまには研修施設に行かないと。俺がいないと経理が大変だろうから】

【三連休明けの火曜日、キャビネットに昨日の分の仕事がそっくり残っていた。本当にみんな気が利かない。久保は知らんぷりだけど、金沢さんは「手伝いますか? 」と声をかけてくれた。もちろんやってもらった。そのためのパートだろう。なるべく疲れないようにするため、仕事は金沢さんにお任せしよう。帰ってからお勤めに励まないといけないのだから。もう少しで真奈が見つかりそうなんだ。錆びた橋に梯子をかけてじっと目を凝らす。真奈にこの太鼓の音が聞こえるよう連打する。】



「ホントに憂鬱、高山さんはなんとも感じない?」
「はい」
 その仕事が決まった日から宮司は愚痴っていた。
泉水市から依頼された、市営住宅のお祓いの仕事だ。飛び降り自殺が続き、住民が居るのに心霊スポット認定されマスコミが来るという。
田中さんが軽自動車を運転して現場に到着すると、市役所の担当者、住民、野次馬が待ち構えていた。

 宮司は中空を見て顔をしかめ、咳払いを一つ。「なんだよあの穴」
宮司は普段は落ち着きがないが、一旦神事が始まるとその集中はすさまじい。なのに今日はいつもと様子が違う。
神事を始めたが、何度も咳払いをして中空を目線がさまよっている。

 そのとき野次馬の痩せた若い女が、獣のような唸り声を上げながら宮司にジリジリ近づいていった。それを見た宮司の体が硬直してしまっている。
私はとっさに棒を構え女の足元をすくい上げると、一瞬女は宙に浮き、ドサッと地面に落ちた。
間髪入れずに背中を棒で上から押さえつける。女はゴキブリのようにバタバタ手足を動かし(うな)り声から金切り声に。
「宮司!!」大声で呼んだ。

 宮司はハッとして女の背中にいつもと違う長い祓詞(はらえことば)をかけたあと、指でなにやら図形を描いた。
時間にして20秒くらいだったと思うが、周囲をブーンという重低音が響き渡りひどく長く感じた。女はダラリと抜け殻のようになった。
宮司を見ると真っ青な顔なのに汗だく。
一体なにが見えていたのだろう。

「この人は憑依されただけです、おおもとの元凶は去りました」
 宮司はかすれ声で言うと、フラフラと車の後部座席に乗り込み「疲れた」を連発。
そして神社に着くとヨロヨロ自宅に帰って行った。

 田中さんは私の手を握りしめ、
「高山さん、秀一さんを守ってくれて、本当に本当にありがとう」
といつものお財布からではなく、封筒を差し出した。
家に帰って中身を見てみると1万円札が入っていて、私は次の日返しに行ったが、田中さんは学費の足しにしてと言うばかりだった。

 模試や学校行事があって、バイトを休むと伝えると宮司は露骨にぶすくれた。
「秀一さん、仕方ないでしょう」
田中さんの言葉も耳に入らない。でもそれはほんの少しの間で、すぐに機嫌は戻った。
被害者意識が高じて加害者になるような私の父親とは違い、宮司は単純でわかりやすくて一緒にいて楽だった。


【薬を飲むとぼんやりしてお勤めができない。誰かが毒を入れているのかもしれないな。やはり薬はやめるとするか。梯子を降りて川沿いを歩き回ると、対岸に真奈の背中が見えた。でもそれは一瞬で、日に反射して眩しく光る葉っぱに隠れてしまう。真奈の周りで年寄りから若いのから大勢の話し声が響いていて神経に障る。「悪趣味」「やかましい」「狂っている」「邪教」俺に向かって言っているのか? 「彼女の人生を歩ませてあげなさい。あなたと彼女は別の人間なのよ、執着するのはやめなさい」誰だ。俺に指図するのは。真奈が不幸にならないよう、父親の私が導くのが道理だろう。ああうるさい、太鼓の音が反響して集中できない、誰が叩いているのだ。俺なのか? ふとドブの臭いが鼻につくと思ったら、あっという間に川が氾濫して私は飲み込まれ下流に流されてしまった。】

   境川の瀬は 入れば深い   
   幾度ともなく 溺れては
   浮世の波間に 手を振る
   宝を得ても 泡と消える
   生まれてきて還る その身にまとう
   衣は 絹か泥か

【真奈に近づこうとすると溺れてしまう。苦しい、これはいつまで続くのか】

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登場人物紹介

高山 真奈


カルト宗教『原理神州鍵宮梯子の会』と信者の父親から、母親と二人で逃亡。中学3年生の夏休みに泉水市へ移り住んだ。美少女だが極力目立たないよう、男の子っぽく装っている。

高山 悟


高山真奈の父親。真奈を梯子の会に入れ、洗脳していた。偏執症。

小関 順


園芸部の部長。気さくな性格。父子家庭。

石川 ケイラ


園芸部の先輩。パキスタン人と日本人のハーフ。

田中 秀一


符丁神社の宮司。無邪気で明るく子どもっぽいが、お祓いスキルは抜群。霊能力者。独身。

中原 美弥


真奈の友達。ナツメグオタ。レンコン信者。

大山 仁市


真奈の母親が頼りにしている民生委員。

村瀬 芽依


泉工医大理工学部の学生 たんぽぽ食堂で学習補助をしている。

二宮 治子


たんぽぽ食堂のオーナー。資産家。

天宮 開(第3部の主人公)


女子中学生 たんぽぽ食堂の常連で勉強仲間 父親が経営していた会社が倒産して貧困となったが、ポテンシャルが高く逆境をものともしない 優秀で数学が好き バイセクシャル 

成田 宗也(第4部の主人公)


高専生 たんぽぽ食堂の常連で勉強仲間 父親が失踪しているため母子家庭状態 


アイドルのような甘い顔立ちだが、父親に似ているため自分の顔が嫌い 真面目でやや不器用な性格

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