第41話 ネットの反響とお便り①

文字数 1,931文字

 「見て見て、真奈ちん」
月曜日の放課後、美弥ちゃんがスマホを取り出した。
#バイブル・シャッフル #バイブ西園寺 #梯子の会 


“西園寺 カルト宗教に切り込むなんて 無双過ぎでしょ”

“初めて行ったライブが 宗教クリスタルギルド乱入とかw”

“賛否両論あるみたいだけど 洗脳されている信者を救うためにメンバーが危険を冒して作った曲ということはわかって欲しい“

“直也さん いつもご苦労さまです”

“梯子2 教団の呪文にベースとドラム重ねたとき 俺の中で花火が上がって絶頂 これマジ最高傑作 西園寺教に入ってよかった“ 

“梯子の信者涙目ww 西園寺悪魔かよ”

“梯子の会信者とサイ君の直接対決 見たいな どこで見られるかな”

“マジカン9話ってマジですか! サイコパスの宇宙人なんですか? ナツメグに剪定されたんですか!? ”

「これ最後のは私なんだけど。みんな梯子と対決ばっかり盛り上がっているけど、スルーできないって」
 それからいきなり私に手を合わせて、
「真奈ちんお願い、帰りフィンランドにつき合って、一目見たいのサイ様を」
「私、店の中には入れないよ、西園寺怖いし順君に叱られる」

 そのとき松岡君が声をかけてきた。
「俺、一緒に行ってあげようか? どこだか知らないけど」
「松岡君助かった、美弥ちゃんをよろしく頼みます。スーパーヤオシン裏のフィンランドっていう雑貨屋さんだよ」
「仕方ない、マッちゃんで我慢するか。でも、店に入ったらちょっと離れてね」
「なんだよそれ」
 成り行き上、3人でフィンランドまで歩いた。
今日は今にも降り出しそうな灰色の雲が垂れ込めている。この(にび)色の空は泉水市の初期設定なので、もう慣れた。

 フィンランドに着いて、私は2人に「じゃあ、また明日」と言って別れた。美弥ちゃんと松岡君が、漫才のような掛け合いをしながらお店に入っていくのが見える。
あ、またあの取り巻き男子高校生2人組が店の前にいる。毎日来ているのかな、暇だな。部活や勉強はしないのか。

「高山さん、こんにちは」
 振り返ると椎貝さんがいた。スーパーヤオシンの買い物帰りみたいだった。
「こんにちは」
 椎貝さんはいつもの聖母のような微笑みで歩いてくると、
「あ、ここ、フィンランド雑貨のお店なのね? 知らなかった、私好きなのこういうの」
 ショーウインドウ越しにお店の中を覗いた。
「このお店のバイトが、この間言っていた『バイブル・シャッフル』っていうバンドのボーカルで」
 私も一緒にショーウインドウを覗きながら言った。
「……バイブル、シャッフル? 物騒なお名前なのね。ちょっと中を覗いてみようかな」
 そのとき不意に西園寺がドアを開け、お店の外に出て来たのだ。

 硬直する私の前に立ち、西園寺は言った。
「君、ライブに来ていたよね、女だったんだ。……何者?」

 私は制服のスカート姿だった。西園寺は今日は黒地にロゴ入りのTシャツ姿、首の痣がはっきり見える。
西園寺から話しかけてきたせいか、男2人組が私をにらんでいる。
私の背後、梯子の会の前科が西園寺には見えるのだろうか。西園寺の感情はつかめない。下手な動きも言葉も出せないが、こういった緊張状態には慣れている、平気。

 そのとき、ドサッと何かが落ちる音。
椎貝さんがスーパーの袋を落としたのだ。振り返ると椎貝さんが西園寺を凝視して喉元に手を置いている。
様子がおかしい。この発作はあれだ。母親が北陸のシェルターで頻繁に起こしていた過呼吸だ。
私は中身のシリアルと牛乳をアスファルトに転がすと、スーパーの袋を椎貝さんの口元に当てた。
西園寺と椎貝さんは10秒ほど見つめ合ったあと、西園寺は急に興味無さそうに店内に戻っていった。

「椎貝さん、大丈夫ですよ、すぐ治まりますから」
 私は椎貝さんの背中をさすった。アスファルトに大粒の雨粒が落ちてきて模様をつける。椎貝さんの頬にも大粒の涙。

 私は鞄と牛乳とシリアルを抱え、過呼吸が治まった椎貝さんと一緒にたんぽぽ食堂に飛び込んだ。少し雨には濡れた。
「どうしたの二人して」
 大家さんがタオルを渡してくれた。
椎貝さんは椅子に座りタオルで顔を覆うと、そのまま黙り込んだ。私は受け取ったタオルで濡れた髪を拭きながら、
「フィンランドの前で椎貝さん、過呼吸になってしまって」
 尋常で無い椎貝さんの様子を見た畑中さんが、お水を持ってきてくれた。
「急に? なにか原因はあるの?」
 大家さんの問いに、椎貝さんは答えない。私は我慢できずに椎貝さんに話しかけた。

「椎貝さん、西園寺を知っているんですか?」
 椎貝さんは微かに頷いた。少ししてから椎貝さんは、
「高山さんありがとう、あとで説明するわ。あの男の人は、一番会いたくなくて、一番会いたかった人なの」
 そう呟いた。

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登場人物紹介

高山 真奈


カルト宗教『原理神州鍵宮梯子の会』と信者の父親から、母親と二人で逃亡。中学3年生の夏休みに泉水市へ移り住んだ。美少女だが極力目立たないよう、男の子っぽく装っている。

高山 悟


高山真奈の父親。真奈を梯子の会に入れ、洗脳していた。偏執症。

小関 順


園芸部の部長。気さくな性格。父子家庭。

石川 ケイラ


園芸部の先輩。パキスタン人と日本人のハーフ。

田中 秀一


符丁神社の宮司。無邪気で明るく子どもっぽいが、お祓いスキルは抜群。霊能力者。独身。

中原 美弥


真奈の友達。ナツメグオタ。レンコン信者。

大山 仁市


真奈の母親が頼りにしている民生委員。

村瀬 芽依


泉工医大理工学部の学生 たんぽぽ食堂で学習補助をしている。

二宮 治子


たんぽぽ食堂のオーナー。資産家。

天宮 開(第3部の主人公)


女子中学生 たんぽぽ食堂の常連で勉強仲間 父親が経営していた会社が倒産して貧困となったが、ポテンシャルが高く逆境をものともしない 優秀で数学が好き バイセクシャル 

成田 宗也(第4部の主人公)


高専生 たんぽぽ食堂の常連で勉強仲間 父親が失踪しているため母子家庭状態 


アイドルのような甘い顔立ちだが、父親に似ているため自分の顔が嫌い 真面目でやや不器用な性格

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