第50話 根津公一~報復は神の仕事~
文字数 2,408文字
原理神州鍵宮梯子の会襲撃事件の余波により、クリスタルビルの収益も斜陽 となるでしょう。
私は後任に引き継ぎ、ひっそりとクリスタルギルド梯子の会を辞めました。あんな仕事、誰がやっても一緒ですから。
身辺整理をして鞄を持ってエレベーターに乗り込むと、中で服部君に出くわしました。
「あ、根津さん、これからどちらへ?」
「今日は用事があって、これで失礼しますね」
「あ、そうですか。お疲れ様でした」
服部君と福田さんに感づかれたら面倒です。
去り際はさり気なく、気づかれないように……
会話が終わると服部君はいつものように、リュックに付けたキーホルダーを触り出しました。
アニメの可愛い女の子の絵が描いてあるプラスチックのキーホルダー。触りすぎて薄れて消えかかっています。
それを見たら少しだけ服部君が不憫になって、こんなアドバイスをしてしまいました。
「服部君、君のお祖父さんが羽河商工会の会頭 と聞きましたよ。お父様はハットリ製菓の取締役なのでしょう? 堅実経営の大きな会社じゃないですか。君は裕福なのだから人気の美容室とブティックに行き、店員さんにお任せしてコーディネートしてもらいなさい。育ちはいいのだから清潔感と落ち着きと思いやりを身につけて。焦ったら心の中で数字でも数えなさい。そうすれば大丈夫」
服部君は、呆けた顔で立ちすくんでいました。
ビルの外に出て大きく伸びを一つ。
これから県北、三依市の雲間境温泉でしばらく湯治 でもしようかと思います。
株は大暴落前に売り抜けて、今は不動産賃貸業と早くから始めていた太陽光の売電収入がメイン。家族が居ないので気ままです。
三依市は長閑 で風光明媚な温泉境と思いきや、街の中心に予想以上に立派な最新設備の雲間境温泉リハビリセンターがありました。
裏道を入ればチープな芸者置屋。夜になるとサイバーパンク感があります。
すっかり気に入りました。
やっと西園寺君と出会えました。西園寺君がリハビリセンターで治療を受けているという情報を入手していたのです。
リハビリセンターのロビーで、西園寺君の方から「あれ?」という顔で目を合わせてくれました。
「こんにちは、お体の調子はいかがですか?」
「やっぱり、あのときのオジサン。いい声だからすぐ思い出した」
「それは君の方でしょう」
私達はほぼ年の差二十ですが、旧年来の友人のようにすぐに打ち解けました。
私はクリスタルビルに集まる輩 のような願い事はしません。
お客さんや従業員たちを見ていると、願い事がよくもまあ次から次へとそんなに出てくるものだと感心します。
それにそんなに願い事を追いかけ回したら、願い事の方で逃げるのが道理ですよ。
だいたい、キーホルダーや札や石に意味を持たせすぎです……
そんな私にとっての、久々の願い事が叶いそうでワクワクします。
“西園寺君に恩返しがしたい” という願い事です。
「私はもう梯子の会は辞めてしまいましたが、西園寺君、治療が済んだらバンド活動は再開するのですか?」
「いや、もういいかなぁ」
すると西園寺君は私の手元の会社四季報を指さして、
「根津さん、俺にその読み方を教えてよ」
それから私達は昼下がりになると、紅葉した山々に囲まれた硝子張りの明るいロビーで、世界情勢と地政学、金融や不動産、株のお話しに興じました。
西園寺君は賢い。打てば響く。教え甲斐があります。そして前髪を切ってサッパリしたら、見目麗しく俳優さんのようでした。
蒙昧 な服部君と福田さんとはえらい違いです。おっと、比べてしまったら可哀相ですね。
「西園寺君、梯子の会に恨みはありますか?」
「ははっ、それはもうどうでもいいかな。だって、ほら……報復は……神の仕事、でしょ?」
なにかを思い出すようにして言葉を紡ぎました。
”報復は神の仕事” 確か聖書の言葉です。なぜ西園寺君が知っているのでしょう。
「西園寺君? 打ち所が悪かった?」
「根津さん、ひでえ」
「冗談はさておき、西園寺君はクリスチャンですか?」
「俺が? まさか」
「報復は神の仕事というのは、聖書の言葉ですよ」
「へえ、そうなんだ」
どんないきさつでその言葉にたどり着いたのでしょうか。それから西園寺君は、フッと下を向いて笑って、
「その言葉を教えてくれたヤツが、治療を勧めてきて……根津さんだから言っちゃおうかな。俺、不能なんですよ」
フノウ……? 私がぼんやりしていると西園寺君はあっけらかんと言いました。
「生まれつき勃ちにくくて」
ああ、それ福田さんが言っていた! 福田さんの話は聞き流すようにしていたのですが、本当だったとは!
西園寺君は治療を受けてみると言いました。西園寺君みたいな好青年が不能で悩んでいるなんて聞いたら、看護師さん達なんとかしてあげたくなってしまうのではないでしょうか。私はちょっと下世話にもマンガみたいな展開を想像してしまいました。
「西園寺君、治療が済んだら、女の子とおつき合いしたいですか?」
「俺、今までこのコンプレックスもあって女が嫌いだったけど、そうだな……治療を勧めてきたヤツは女にしては骨があるから一目置いているし、その子と一緒にいた女の子も気になったなぁ」
「どんな子ですか? 」
「最初男だと思ったんだ。いわゆる美形だね。ライブに来たとき、1人だけ異様に冷静で俺を見透かすような目をしていて隙が無くて、浮世離れした雰囲気がちょっと根津さんに似ていた。次会ったとき女子高生だったから驚いたな」
私に似ている女子高生ですか、怖いけど私も会ってみたいですね。
ところで、こんな告白を私にするなんて、西園寺君少し性格が変わったのでしょうか?
やっぱり頭を打ったせいかもしれませんね。
冷たさが緩和され、弱さも売りにできて、そしてその端麗な容姿と上質な声。
治療が済んだら、西園寺君をパートナーにしてなにか新しい事業をしたいものです。
私も俗っぽくなりました。願い事がひっきりなしです。
私は後任に引き継ぎ、ひっそりとクリスタルギルド梯子の会を辞めました。あんな仕事、誰がやっても一緒ですから。
身辺整理をして鞄を持ってエレベーターに乗り込むと、中で服部君に出くわしました。
「あ、根津さん、これからどちらへ?」
「今日は用事があって、これで失礼しますね」
「あ、そうですか。お疲れ様でした」
服部君と福田さんに感づかれたら面倒です。
去り際はさり気なく、気づかれないように……
会話が終わると服部君はいつものように、リュックに付けたキーホルダーを触り出しました。
アニメの可愛い女の子の絵が描いてあるプラスチックのキーホルダー。触りすぎて薄れて消えかかっています。
それを見たら少しだけ服部君が不憫になって、こんなアドバイスをしてしまいました。
「服部君、君のお祖父さんが羽河商工会の
服部君は、呆けた顔で立ちすくんでいました。
ビルの外に出て大きく伸びを一つ。
これから県北、三依市の雲間境温泉でしばらく
株は大暴落前に売り抜けて、今は不動産賃貸業と早くから始めていた太陽光の売電収入がメイン。家族が居ないので気ままです。
三依市は
裏道を入ればチープな芸者置屋。夜になるとサイバーパンク感があります。
すっかり気に入りました。
やっと西園寺君と出会えました。西園寺君がリハビリセンターで治療を受けているという情報を入手していたのです。
リハビリセンターのロビーで、西園寺君の方から「あれ?」という顔で目を合わせてくれました。
「こんにちは、お体の調子はいかがですか?」
「やっぱり、あのときのオジサン。いい声だからすぐ思い出した」
「それは君の方でしょう」
私達はほぼ年の差二十ですが、旧年来の友人のようにすぐに打ち解けました。
私はクリスタルビルに集まる
お客さんや従業員たちを見ていると、願い事がよくもまあ次から次へとそんなに出てくるものだと感心します。
それにそんなに願い事を追いかけ回したら、願い事の方で逃げるのが道理ですよ。
だいたい、キーホルダーや札や石に意味を持たせすぎです……
そんな私にとっての、久々の願い事が叶いそうでワクワクします。
“西園寺君に恩返しがしたい” という願い事です。
「私はもう梯子の会は辞めてしまいましたが、西園寺君、治療が済んだらバンド活動は再開するのですか?」
「いや、もういいかなぁ」
すると西園寺君は私の手元の会社四季報を指さして、
「根津さん、俺にその読み方を教えてよ」
それから私達は昼下がりになると、紅葉した山々に囲まれた硝子張りの明るいロビーで、世界情勢と地政学、金融や不動産、株のお話しに興じました。
西園寺君は賢い。打てば響く。教え甲斐があります。そして前髪を切ってサッパリしたら、見目麗しく俳優さんのようでした。
「西園寺君、梯子の会に恨みはありますか?」
「ははっ、それはもうどうでもいいかな。だって、ほら……報復は……神の仕事、でしょ?」
なにかを思い出すようにして言葉を紡ぎました。
”報復は神の仕事” 確か聖書の言葉です。なぜ西園寺君が知っているのでしょう。
「西園寺君? 打ち所が悪かった?」
「根津さん、ひでえ」
「冗談はさておき、西園寺君はクリスチャンですか?」
「俺が? まさか」
「報復は神の仕事というのは、聖書の言葉ですよ」
「へえ、そうなんだ」
どんないきさつでその言葉にたどり着いたのでしょうか。それから西園寺君は、フッと下を向いて笑って、
「その言葉を教えてくれたヤツが、治療を勧めてきて……根津さんだから言っちゃおうかな。俺、不能なんですよ」
フノウ……? 私がぼんやりしていると西園寺君はあっけらかんと言いました。
「生まれつき勃ちにくくて」
ああ、それ福田さんが言っていた! 福田さんの話は聞き流すようにしていたのですが、本当だったとは!
西園寺君は治療を受けてみると言いました。西園寺君みたいな好青年が不能で悩んでいるなんて聞いたら、看護師さん達なんとかしてあげたくなってしまうのではないでしょうか。私はちょっと下世話にもマンガみたいな展開を想像してしまいました。
「西園寺君、治療が済んだら、女の子とおつき合いしたいですか?」
「俺、今までこのコンプレックスもあって女が嫌いだったけど、そうだな……治療を勧めてきたヤツは女にしては骨があるから一目置いているし、その子と一緒にいた女の子も気になったなぁ」
「どんな子ですか? 」
「最初男だと思ったんだ。いわゆる美形だね。ライブに来たとき、1人だけ異様に冷静で俺を見透かすような目をしていて隙が無くて、浮世離れした雰囲気がちょっと根津さんに似ていた。次会ったとき女子高生だったから驚いたな」
私に似ている女子高生ですか、怖いけど私も会ってみたいですね。
ところで、こんな告白を私にするなんて、西園寺君少し性格が変わったのでしょうか?
やっぱり頭を打ったせいかもしれませんね。
冷たさが緩和され、弱さも売りにできて、そしてその端麗な容姿と上質な声。
治療が済んだら、西園寺君をパートナーにしてなにか新しい事業をしたいものです。
私も俗っぽくなりました。願い事がひっきりなしです。