第10話 たんぽぽ食堂心霊カンファレンス~私の背後にあるものは~
文字数 2,839文字
「あら、大山さん、すごい子連れてきたわねぇ」
「ほんとだわ、一体後ろに何人いるんだい?」
小柄な女の子も私をじっと見上げている。正確には私の背後を。
私は店の真ん中で4人から見つめられた。
眼光鋭い短髪のお婆さんは、写真で刷り込まれた開祖様に少し雰囲気が似ていて、緊張して手汗が滲 んでくる。
「これはこれは、みなさん、そろいもそろってどうされました?」
大山さんの問いに、パーマのお婆さんは顔をしかめて私に言った。
「後ろに御札とか卒塔婆 みたいなものが見えるんだけど。鳥居? 井戸の井? 変な模様が血糊 で描かれているみたい。悪趣味だわ。ねえ田所さん?」
「私には黒い小男が……2体と半分見える。ああ、太鼓がやかましい。それからずっと後ろに……長い棒を持った陽炎 のように揺らめいている……女か、長い髪のおっかない中年女だ」
父親と内藤女史だ。
私は血の気が引き足元が崩れる錯覚がして、ガタッとテーブルに手をついた。
幹部しか知らない人形や御札を使った術があると、くるみちゃんが得意そうにしゃべっていたことがあった。
「梯子の形に針を刺して人をコントロールするんだって」「体の中に邪気を送り込めるらしいよ、知ってた?」
調理師さんと女の子が駆け寄り、私を椅子に座らせてくれた。女の子が言うには、
「同じものを見ているんだけど、みんなそれぞれ受信器の差で見え方が違うの。私にはうっすら影しかわからない」
女の子の声はあどけない見かけに反し、低く落ち着いていた。
「私もよ」調理師さんが冷たい麦茶を持ってきてくれた。
私は、ハッタリや幻覚にしては芯をついたお婆さん達の叙述 に困惑し、助けを求めるように唯一の顔見知りである大山さんを見た。
大山さんは私の隣に座ると、
「私は無能ですか、このお二人には物の怪を見る能力がありましてね、にわかには信じられないでしょうけど、そういった世界は否定できないというのが私の考えです」
そしてみんなを紹介してくれた。
パーマのお婆さんはこの店の大家の二宮さんで、短髪のお婆さんは占い師で田所さん。調理師の畑中さんに、泉工医大の大学生の村瀬さん。
大山さんは言葉を発せられないでいる私を見ると、
「高山さんの経歴を、この場のみんなにはお話ししてもいいですか?」
私は頷いた。
「高山さんは父親のDV被害にあい、中学生のときにお母さんと逃げてきたんですよね?」
私は「はい」と言ったあと、この人達にはごまかしがきかないと思い、ありのままを話す決心をした。
「取り憑いている黒い小男は父親だと思います。御札や卒塔婆は父親の術の類 い……棒を持った女というのは内藤女史という幹部信者だと」
「幹部信者ってなに?」
大家さんの声が裏返った。
「父親は『原理神州鍵宮梯子の会』の熱心な信者です」
ああ! 知っている、公安の監視対象よ! とみんなが声を上げた。
「それでそれで?」と大家さんが前のめりで話をうながす。
「私も小さい頃から信仰というか洗脳されていて、信者以外の人間とつきあうことは禁止でした。中学2年生のときに」
そこで私は言葉に詰まった。大山さんは、伝えていなかった事実を静かに聞いていて「ゆっくりでいいんですよ」とささやいた。
「あの、ここだけの話にしてください。母親にも細かいことは言っていないので」
みんな、「わかってる」と大きく頷く。
「あの日、父親と幹部の指示で、浴衣姿になって研修室に行くと、本部の理事がいて、私は布団の上で胸を掴まれ、というより捻 られました。驚いて思わず反撃してしまい、逆上した理事に杖という木の棒で背中を滅多打ちにされました。父親も私をビンタして」
ペラペラしゃべり出した私を、俯瞰 で見ている自分がいる。この場面を思い出すときはいつもこんな感じ。中空に浮いている。
「打撲で1週間動けず、それで、洗脳みたいなものが解けてきて。母親と逃げて来ました。母親は信者ではなかったので」
みんなが大きなため息をつく。
「最初は別の所へ逃げましたが、途中から母親が悪夢を繰り返し見て過呼吸起こすようになったので、それでここに来ました。内部分裂した反勢力『クリスタルギルド梯子の会』の本拠地なら安全じゃないかと言って」
大家さんと田所さんが、「ダメダメ」「クリスタルギルドなんて、あんなのなんの力も無いよ、ただの商売だもの」
それを聞いた私は、唐突にやるせなさのようなものがこみ上げてきて、
「……ここでやっと地に足ついた平和な生活に出会えたのに、信仰とか悪霊とか呪いとか祟りとか! もうウンザリ、あいつら全員……ごめんなさい、少し落ち着きます」
「我慢しなくてもいいのよ」と、畑中さんがささやいた。
「父親がなぜ2体半いるのかはわかりません。内藤女史は『杖術』という神州鍵宮梯子の会に伝わる武道の師範で、私はその人から期待され目をかけられていました」
田所さんによると、
「のべつまくなし念を送って、自分の生霊を何体も作っているんだよ」
それまでじっと黙って聞いていた大学生の村瀬さんが、
「理事も父親も狂っている」
と急に怒りだした。そしてそのあと遠慮がちに、
「あの、言いたくなければ答えなくていいんだけど、理事に無理矢理、その、性的な方の乱暴、レ、レイプはされなかったの? 」
「それは未遂です」
「よかった……」村瀬さんが胸をなで下ろした。
大家さんが、
「でも棒で滅多打ちって、当たり所悪ければ死ぬし障害残るわよ。大人しくレイプされていた方がダメージが少なかったんじゃない? 理事ってお爺ちゃんでしょ? 四十代? 若いわね。サイズの個人差あるし、少しの間だけギュッと目をつぶってじっとやり過ごした方が」
「大家さん、レイプの方がダメ! 中学生の胸を捻るとか変態!」
「二宮さんと村瀬さん、話が脱線していますよ」
大山さんが冷静に口を挟んで、村瀬さんが謝る。「ごめんなさい」
この人達としゃべっていると、なんとなく気持ちが軽くなってくる。
母親にも言えなかったあのときのことを、話したのは初めてだった。やっぱり異常な世界だったのだ。
「ま、とにかくこれは田中宮司案件よ。大至急お祓 いの予約入れるから待ってて」
大家さんは電話をかけ出した。私はあっけにとられて、
「お祓い、ですか」
田所さんはしゃがれ声で「そうだよ」と。それから、
「躊躇 しているとどんどん邪魔が入ってくるからね。村瀬さんに取り憑いていたカラス男は雑魚 だったけど、あんたの後ろにいる父親は……それよりずっとタチが悪い。だって本体は遠くにいるのに生霊があんたの匂いを嗅ぎつけてきている」
大家さんがスマホ片手に「丁度空いているって!」
「母親も一緒に行った方がいい。どうせ母親もモラハラとか受けていたんだろうよ」
図星だった。例えば洗面所に髪の毛が一本落ちていたとかで、父は母を執拗に責め立てた。
田所さんはそのまま「はあ、疲れた」と目を閉じた。
「符丁神社は母子寮の近くですよ」
大山さんが言うと、村瀬さんがサッと立ち上がった。
「案内するよ、行こう」
「ほんとだわ、一体後ろに何人いるんだい?」
小柄な女の子も私をじっと見上げている。正確には私の背後を。
私は店の真ん中で4人から見つめられた。
眼光鋭い短髪のお婆さんは、写真で刷り込まれた開祖様に少し雰囲気が似ていて、緊張して手汗が
「これはこれは、みなさん、そろいもそろってどうされました?」
大山さんの問いに、パーマのお婆さんは顔をしかめて私に言った。
「後ろに御札とか
「私には黒い小男が……2体と半分見える。ああ、太鼓がやかましい。それからずっと後ろに……長い棒を持った
父親と内藤女史だ。
私は血の気が引き足元が崩れる錯覚がして、ガタッとテーブルに手をついた。
幹部しか知らない人形や御札を使った術があると、くるみちゃんが得意そうにしゃべっていたことがあった。
「梯子の形に針を刺して人をコントロールするんだって」「体の中に邪気を送り込めるらしいよ、知ってた?」
調理師さんと女の子が駆け寄り、私を椅子に座らせてくれた。女の子が言うには、
「同じものを見ているんだけど、みんなそれぞれ受信器の差で見え方が違うの。私にはうっすら影しかわからない」
女の子の声はあどけない見かけに反し、低く落ち着いていた。
「私もよ」調理師さんが冷たい麦茶を持ってきてくれた。
私は、ハッタリや幻覚にしては芯をついたお婆さん達の
大山さんは私の隣に座ると、
「私は無能ですか、このお二人には物の怪を見る能力がありましてね、にわかには信じられないでしょうけど、そういった世界は否定できないというのが私の考えです」
そしてみんなを紹介してくれた。
パーマのお婆さんはこの店の大家の二宮さんで、短髪のお婆さんは占い師で田所さん。調理師の畑中さんに、泉工医大の大学生の村瀬さん。
大山さんは言葉を発せられないでいる私を見ると、
「高山さんの経歴を、この場のみんなにはお話ししてもいいですか?」
私は頷いた。
「高山さんは父親のDV被害にあい、中学生のときにお母さんと逃げてきたんですよね?」
私は「はい」と言ったあと、この人達にはごまかしがきかないと思い、ありのままを話す決心をした。
「取り憑いている黒い小男は父親だと思います。御札や卒塔婆は父親の術の
「幹部信者ってなに?」
大家さんの声が裏返った。
「父親は『原理神州鍵宮梯子の会』の熱心な信者です」
ああ! 知っている、公安の監視対象よ! とみんなが声を上げた。
「それでそれで?」と大家さんが前のめりで話をうながす。
「私も小さい頃から信仰というか洗脳されていて、信者以外の人間とつきあうことは禁止でした。中学2年生のときに」
そこで私は言葉に詰まった。大山さんは、伝えていなかった事実を静かに聞いていて「ゆっくりでいいんですよ」とささやいた。
「あの、ここだけの話にしてください。母親にも細かいことは言っていないので」
みんな、「わかってる」と大きく頷く。
「あの日、父親と幹部の指示で、浴衣姿になって研修室に行くと、本部の理事がいて、私は布団の上で胸を掴まれ、というより
ペラペラしゃべり出した私を、
「打撲で1週間動けず、それで、洗脳みたいなものが解けてきて。母親と逃げて来ました。母親は信者ではなかったので」
みんなが大きなため息をつく。
「最初は別の所へ逃げましたが、途中から母親が悪夢を繰り返し見て過呼吸起こすようになったので、それでここに来ました。内部分裂した反勢力『クリスタルギルド梯子の会』の本拠地なら安全じゃないかと言って」
大家さんと田所さんが、「ダメダメ」「クリスタルギルドなんて、あんなのなんの力も無いよ、ただの商売だもの」
それを聞いた私は、唐突にやるせなさのようなものがこみ上げてきて、
「……ここでやっと地に足ついた平和な生活に出会えたのに、信仰とか悪霊とか呪いとか祟りとか! もうウンザリ、あいつら全員……ごめんなさい、少し落ち着きます」
「我慢しなくてもいいのよ」と、畑中さんがささやいた。
「父親がなぜ2体半いるのかはわかりません。内藤女史は『杖術』という神州鍵宮梯子の会に伝わる武道の師範で、私はその人から期待され目をかけられていました」
田所さんによると、
「のべつまくなし念を送って、自分の生霊を何体も作っているんだよ」
それまでじっと黙って聞いていた大学生の村瀬さんが、
「理事も父親も狂っている」
と急に怒りだした。そしてそのあと遠慮がちに、
「あの、言いたくなければ答えなくていいんだけど、理事に無理矢理、その、性的な方の乱暴、レ、レイプはされなかったの? 」
「それは未遂です」
「よかった……」村瀬さんが胸をなで下ろした。
大家さんが、
「でも棒で滅多打ちって、当たり所悪ければ死ぬし障害残るわよ。大人しくレイプされていた方がダメージが少なかったんじゃない? 理事ってお爺ちゃんでしょ? 四十代? 若いわね。サイズの個人差あるし、少しの間だけギュッと目をつぶってじっとやり過ごした方が」
「大家さん、レイプの方がダメ! 中学生の胸を捻るとか変態!」
「二宮さんと村瀬さん、話が脱線していますよ」
大山さんが冷静に口を挟んで、村瀬さんが謝る。「ごめんなさい」
この人達としゃべっていると、なんとなく気持ちが軽くなってくる。
母親にも言えなかったあのときのことを、話したのは初めてだった。やっぱり異常な世界だったのだ。
「ま、とにかくこれは田中宮司案件よ。大至急お
大家さんは電話をかけ出した。私はあっけにとられて、
「お祓い、ですか」
田所さんはしゃがれ声で「そうだよ」と。それから、
「
大家さんがスマホ片手に「丁度空いているって!」
「母親も一緒に行った方がいい。どうせ母親もモラハラとか受けていたんだろうよ」
図星だった。例えば洗面所に髪の毛が一本落ちていたとかで、父は母を執拗に責め立てた。
田所さんはそのまま「はあ、疲れた」と目を閉じた。
「符丁神社は母子寮の近くですよ」
大山さんが言うと、村瀬さんがサッと立ち上がった。
「案内するよ、行こう」