第11話 符丁神社へ急げ~お祓いは長期戦へ~
文字数 2,107文字
母親が警戒するといけないからと、大山さんが最初だけ付き添ってくれた。
母子寮入口で、大山さんは母親にどのように説明するのだろうと聞いていたら、
「真奈さんの背後に、太鼓を叩く父親の生霊が何体かいるらしいのです。あと、梯子のマークの御札や卒塔婆もみえるらしいのです。それから幹部信者の姿も。大至急、符丁神社でお祓いをした方がよろしいかと」
これ以上無いストレートさで話をしたのだった。
案の定、母親も私同様に真っ青になり手が震えだしたが、「はい、わかりました」とすぐにバッグを持って出てきた。
母親は、大山さんに対して絶大な信頼があるのだ。当の大山さんは次の予定があるのでと、そこで別れ自転車で去って行った。
母親は歩きながら、村瀬さんに、
「料金はおいくらなんでしょう?」
と質問している。確かに大切なこと。
村瀬さんが、
「1件5千円です。あとは本人の気持ちで上乗せするみたいです。私もお祓いしてもらったことがありますが、5千円しか払っていません」
5千円は痛いけど仕方ない、という母親の表情が見て取れた。
……もうすっかり体調はいいのだから、ずっと家にいないでバイトでも始めたらいいのに。
いつも通っていたのに、こんな所に神社があるなんて気がつかなかった。
道の駅の駐車場の奥、鬱蒼 とした緑の中に確かに神社はあった。
気がついた途端、急に、榊 の木々や鳥居が鮮明に立ち現れたのだ。
鳥居のそばの木陰に、神主さんが立っていた。遠目でもわかったのは、着物で袴を履いていたから。
近づいていくと、扇子でバタバタあおいで貧乏揺すりをしている。思っていたよりも若い。色白のぽっちゃりした眼鏡。
挨拶をするまえに、神主さんは不機嫌そうに言った。
「来た来た来た来た! 原理神州鍵宮梯子の会ご一行様。なかなか焦燥感を煽るねぇ、その太鼓のリズム」
神主さんは、梯子の会のように仰々しい儀式などはしなかった。
そんなに広くない神殿に通されると、神主さんは大幣 を振ってから榊の葉を振っただけだった。時間にして15分ほど。
終始、神主さんは機嫌が悪かった。
終わってから別室に通されると、そこに村瀬さんが待っていた。小柄で上品なお婆さんと楽しそうに話をしている。
「あら、お疲れ様、どうぞおかけになって」お婆さんは立ち上がり、村瀬さんがお手伝いをしてジュースを運んできてくれた。
「柚子ジュースはお好きかしら」
神主さんも汗を拭き拭き入って来るなり、
「母さーん、俺のは蜂蜜入れて甘くして」
「これ以上太ったら大変よ」
「うるさいなーもう、疲れたの! 一日の終わりにこんな凄いのがくるなんて」
柚子ジュースというものを初めて飲んだのだが、「美味しい」思わず声に出た。
「あらそう、よかったわ、そこの道の駅で買ったのよ」
神主さんはジュースを一気に飲んで一息つくと、私を見た。
「キミ、しばらく通ってください。どうせ夏休みでしょ。少し時間をかけてお祓いします。ずーっと悪夢を見ているじゃん」
確かにそれはそうだったが、仕方のないことと諦めていた。
「あら、秀一さんでも手強い相手なの? 珍しいわね」
お婆さんの言葉に被せるように、
「念には念を入れてなの! 敵は体系の裏打ちがあるから、一筋縄にはいかないの! 夏休み中には終わらせるから!」
母親が慌てて、
「あの、追加の料金はかかるんですか?」
「タダだよ。それからあなたはね、そこの道の駅でバイトをしてください。販売スタッフ募集中です。スタッフはみんな明るく、アットホームな職場です。最初は短い時間でもいいですから。家に籠もってばかりいないで、誰かと話しをしたり体を動かしたりして、記憶の上書きをしてください!」
時折、大山さんがやんわり母親に話していたことを、神主さんが単刀直入に言ってくれた。バイト先も指定してくれるなんて親切ではないか。
お祓いに来て、道の駅でバイトをしろなんて言われるとは思ってもいなかった母親の目が泳いでいる。
そのとき、またずっと黙って聞いていた村瀬さんが、口を開いた。
「……ここって、巫女さんのバイト、今も募集中ですか?」
「募集中よ。お祓いのアシスタントをしてもらいたくてね。他の雑用は住み込みの住田 君がいるから大丈夫なの。簡単な仕事なんだけど、なかなか志願者がいないのよ」
「お姉さんの考えが読めた」
宮司はパチンと扇子を閉じた。
「はい。高山さんて、絶対巫女姿が似合うと思うんです。どうせここに通うならバイトしたらどうかと思って」
「確かにそうだわ、お嬢さんの言うとおり。あなた、お顔立ちが端正で品があって上背があるから絵になりそう……短髪の巫女って新鮮で素敵よね」
「私でよければ、よろしくお願いします。園芸部の水やり当番の時間以外なら、いつでも大丈夫です」
「ちょっと待ってよ、由緒正しい符丁神社の巫女が、邪教梯子崩れの杖術使いなの? ……まったくもう、面白いじゃん。採用」
そのとき、盛り上がる私達を尻目に、母親が恐る恐る言った。
「あのですね、うちは生活保護を受けているので、収入が生じたらケースワーカーに相談しないと……保護費が減額されてしまうので」
神主さんは即答した。
「じゃ、相談すりゃいいじゃん」
母子寮入口で、大山さんは母親にどのように説明するのだろうと聞いていたら、
「真奈さんの背後に、太鼓を叩く父親の生霊が何体かいるらしいのです。あと、梯子のマークの御札や卒塔婆もみえるらしいのです。それから幹部信者の姿も。大至急、符丁神社でお祓いをした方がよろしいかと」
これ以上無いストレートさで話をしたのだった。
案の定、母親も私同様に真っ青になり手が震えだしたが、「はい、わかりました」とすぐにバッグを持って出てきた。
母親は、大山さんに対して絶大な信頼があるのだ。当の大山さんは次の予定があるのでと、そこで別れ自転車で去って行った。
母親は歩きながら、村瀬さんに、
「料金はおいくらなんでしょう?」
と質問している。確かに大切なこと。
村瀬さんが、
「1件5千円です。あとは本人の気持ちで上乗せするみたいです。私もお祓いしてもらったことがありますが、5千円しか払っていません」
5千円は痛いけど仕方ない、という母親の表情が見て取れた。
……もうすっかり体調はいいのだから、ずっと家にいないでバイトでも始めたらいいのに。
いつも通っていたのに、こんな所に神社があるなんて気がつかなかった。
道の駅の駐車場の奥、
気がついた途端、急に、
鳥居のそばの木陰に、神主さんが立っていた。遠目でもわかったのは、着物で袴を履いていたから。
近づいていくと、扇子でバタバタあおいで貧乏揺すりをしている。思っていたよりも若い。色白のぽっちゃりした眼鏡。
挨拶をするまえに、神主さんは不機嫌そうに言った。
「来た来た来た来た! 原理神州鍵宮梯子の会ご一行様。なかなか焦燥感を煽るねぇ、その太鼓のリズム」
神主さんは、梯子の会のように仰々しい儀式などはしなかった。
そんなに広くない神殿に通されると、神主さんは
終始、神主さんは機嫌が悪かった。
終わってから別室に通されると、そこに村瀬さんが待っていた。小柄で上品なお婆さんと楽しそうに話をしている。
「あら、お疲れ様、どうぞおかけになって」お婆さんは立ち上がり、村瀬さんがお手伝いをしてジュースを運んできてくれた。
「柚子ジュースはお好きかしら」
神主さんも汗を拭き拭き入って来るなり、
「母さーん、俺のは蜂蜜入れて甘くして」
「これ以上太ったら大変よ」
「うるさいなーもう、疲れたの! 一日の終わりにこんな凄いのがくるなんて」
柚子ジュースというものを初めて飲んだのだが、「美味しい」思わず声に出た。
「あらそう、よかったわ、そこの道の駅で買ったのよ」
神主さんはジュースを一気に飲んで一息つくと、私を見た。
「キミ、しばらく通ってください。どうせ夏休みでしょ。少し時間をかけてお祓いします。ずーっと悪夢を見ているじゃん」
確かにそれはそうだったが、仕方のないことと諦めていた。
「あら、秀一さんでも手強い相手なの? 珍しいわね」
お婆さんの言葉に被せるように、
「念には念を入れてなの! 敵は体系の裏打ちがあるから、一筋縄にはいかないの! 夏休み中には終わらせるから!」
母親が慌てて、
「あの、追加の料金はかかるんですか?」
「タダだよ。それからあなたはね、そこの道の駅でバイトをしてください。販売スタッフ募集中です。スタッフはみんな明るく、アットホームな職場です。最初は短い時間でもいいですから。家に籠もってばかりいないで、誰かと話しをしたり体を動かしたりして、記憶の上書きをしてください!」
時折、大山さんがやんわり母親に話していたことを、神主さんが単刀直入に言ってくれた。バイト先も指定してくれるなんて親切ではないか。
お祓いに来て、道の駅でバイトをしろなんて言われるとは思ってもいなかった母親の目が泳いでいる。
そのとき、またずっと黙って聞いていた村瀬さんが、口を開いた。
「……ここって、巫女さんのバイト、今も募集中ですか?」
「募集中よ。お祓いのアシスタントをしてもらいたくてね。他の雑用は住み込みの
「お姉さんの考えが読めた」
宮司はパチンと扇子を閉じた。
「はい。高山さんて、絶対巫女姿が似合うと思うんです。どうせここに通うならバイトしたらどうかと思って」
「確かにそうだわ、お嬢さんの言うとおり。あなた、お顔立ちが端正で品があって上背があるから絵になりそう……短髪の巫女って新鮮で素敵よね」
「私でよければ、よろしくお願いします。園芸部の水やり当番の時間以外なら、いつでも大丈夫です」
「ちょっと待ってよ、由緒正しい符丁神社の巫女が、邪教梯子崩れの杖術使いなの? ……まったくもう、面白いじゃん。採用」
そのとき、盛り上がる私達を尻目に、母親が恐る恐る言った。
「あのですね、うちは生活保護を受けているので、収入が生じたらケースワーカーに相談しないと……保護費が減額されてしまうので」
神主さんは即答した。
「じゃ、相談すりゃいいじゃん」