第46話 福田史子~ゴミ置き場で呪いの儀式~

文字数 2,414文字

 名塚っち、名塚祥子(なづかしょうこ)と喧嘩した勢いで私はナチュカを辞めた。

 親と絶縁状態だから実家にも戻れないし、スナックやキャバクラでちょこちょこ働いたあと、私は年明けから『株式会社ノース物流サービス』というショボい会社でバイトすることにした。

 須川(すがわ)課長は最初から私をエロい目で見た。
私が郵便を誤送付してしまいそうになり、それを見つけた独身お局ババア及川(おいかわ)がみんなの前でこれ見よがしに騒ぎ立てたときも、
「次から気をつけて。これから及川さんにダブルチェックしてもらって」
 とさほど怒られなかった。
地味な顔にネイルだけ派手な及川は、ナチュカやショップにはまりそうな養分顔。いくらくらい金を落としそうかなと、ついつい癖で社員さんを査定してしまう。

 お礼といってはなんだけど私は、須川課長に2週間遅れのバレンタインプレゼントをしようと思い、「仕事のことで課長に相談したい」と居酒屋に呼び出し、お酒を勧めて酔わせ、雪道を転びそうになる振りして胸を押し当てて歩き、駅東のホテルミントタイムへ誘った。
チョロかった。


 私はイライラしていた。
1年以上前に、ナチュカのイベントに来て生意気な口をきいた大学生の女が、ショッピングモールで男と歩いているのを見たことがあった。
 勉強だけしてきたような苦労知らずのプライドだけ高いダサい女。貧相で全然魅力的じゃ無い。それなのにラグビー選手みたいな男と一緒だったのだ。
 そしてそのあと、私はまたショッピングモールで偶然あの二人を見かけてしまった。
アクセサリー売り場でイチャイチャしていた。
男と店の女が指輪を勧めているのに、あの女は「ちょっと恥ずかしい」とかなんとかカワイ子ぶりやがって。

 ショッピングモールに行くたびに、私はそれを思い出してイライラしてしまう。
最近、ショッピングモールを通りかかったとき『バレンタインフェア』をしていて、またイライラしてきた。
 私は自分に男がいないのが悔しくて、誰でもいいからヤって発散したくなったのだ。


 終わったあと須川課長は酔いが醒めたらしく、
「そっちから誘ったんだからね、今回だけね、後腐れなしよ、わかってるね」
 と言いながら、全裸でベッドの上で仰向けになっている私の写真を何枚か撮り、最後にドスの利いた声で「絶対誰にも言うなよ」と言った。
課長はよく見たら、だらしのない体の中年男だった。

 須川課長は私の体に夢中になったらしく、2週間後、またホテルに誘われた。
課長は私のラッキーカラー、パープルのランジェリーのブラを下にずらしながら呟いた。
「乳輪でかいな」
 聞き違いなのかなと思い、私は「課長、好き」と言ってみた。
「ああ、そういうのやめて」と言いながら、課長はショーツを食い込ませた写真を撮った。

 須川課長とは毎週金曜日にホテルに行くようになった。
ある日、ベッドの上で課長はローターを使いながら言った。
「福田、ミス多過ぎ、うちの仕事向いてない、(かば)いきれないから来月でもう辞めてね。福田は水商売向きだよ」


 仕方なく私は『ノース物流サービス』を辞めて、6月にまたクリスタルビルに戻った。
ショップにもナチュカにも戻れず、4階の『サロン梯子』でバイトさせてもらうことにしたが、私は「株」の知識は皆無。肩身が狭かった。

 会社を辞めてからも、須川から定期的にホテルに誘われた。
「ノルマが達成できない」と得意の泣き真似をすると、ちょっと同情したのか、話だけ聞きに行ってやると言ってくれた。
サロンに連れてくればこっちのもの。『サロン梯子』代表の根津(ねづ)さんが対応した。

 根津さんは不思議だ。
小柄で飄々としていて、決して強い言葉を使ったりはしない。私は根津さんのテクニックがわからないが、お客さんのプライドをさり気なく刺激するのが上手だと聞いた。

 須川はあっさり根津さんに転がされてセミナー代を払い、最初は20万円で株取引をスタートした。
ホテルの待ち合わせ場所で、須川はテカった赤ら顔でスマホを手に、得意そうに株のチェックをしていた。

 須川はコンスタントにセミナーに出て資料を買い、いっぱしの投資家気取りで株に少しずつ貯金をつぎ込んでいった。
根津さんが微笑みながら言っていたことがある。
「株なんて難しくていまだに私はわかりません。株は余裕のある人が余剰資金でやるものです」
 それを聞いた私は少し心配になったけど、ノルマがあるので黙っていた。


 3月中旬に私は須川に呼び出された。
「騙したな!」
 私はホテルで須川から首を絞められるのではないかと思った。
「絶対大丈夫だって言ったから買ったのに、どうしてくれる、全部パアだ! 根津に言ってもあいつじゃ埒があかない」
「福田てめえ、つまんねえライン送りやがって! スマホ見られたんだよ、睦月に! 家ん中めちゃくちゃだよ」
「ロック解除して写真見られたからな、もう言い訳きかないんだよ、そうだよオマエのビラビラの写真だよ。貸した金もすぐ返せ!」
「今日で最後だ、よく味わえ淫乱デブ」

 私はホテルに置き去りにされた。
人通りの少ない道を駅まで歩いて、丁度来た最終バスに乗った。バスの中は気がつくと私1人で、窓から赤い月が見えた。
 体のあちこちが痛い。きっと痣になるだろう。須川、赤黒い顔で鼻息荒く私の動画を撮っていた。

 原理神州鍵宮梯子の会を抜けたとき、くすねてきた人形がまだあったはず。
須川の髪の毛はさっき拾っておいた。今まで大目に見ていたけど、私に対し失礼を重ね過ぎたので須川は始末する。
私はバカだからバカと言っても許すけど、「デブ」「ブス」と言ったヤツは全員殺す。

 帰って来てすぐに粘土の人形に須川の髪の毛を埋め込んだ。
私は町内のゴミ捨て場で、思いっきり人形の頭部をヒールで踏みつけ、足で丸めて隅に寄せ黄色いネットの中に潜り込ませた。

 どこかに私の王子様はいないかな。今度は私と同年代がいいな。
赤く滲む月明かりの下、ゴミ置き場で私はお祈りした。
私に素敵な彼ができますように。

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登場人物紹介

高山 真奈


カルト宗教『原理神州鍵宮梯子の会』と信者の父親から、母親と二人で逃亡。中学3年生の夏休みに泉水市へ移り住んだ。美少女だが極力目立たないよう、男の子っぽく装っている。

高山 悟


高山真奈の父親。真奈を梯子の会に入れ、洗脳していた。偏執症。

小関 順


園芸部の部長。気さくな性格。父子家庭。

石川 ケイラ


園芸部の先輩。パキスタン人と日本人のハーフ。

田中 秀一


符丁神社の宮司。無邪気で明るく子どもっぽいが、お祓いスキルは抜群。霊能力者。独身。

中原 美弥


真奈の友達。ナツメグオタ。レンコン信者。

大山 仁市


真奈の母親が頼りにしている民生委員。

村瀬 芽依


泉工医大理工学部の学生 たんぽぽ食堂で学習補助をしている。

二宮 治子


たんぽぽ食堂のオーナー。資産家。

天宮 開(第3部の主人公)


女子中学生 たんぽぽ食堂の常連で勉強仲間 父親が経営していた会社が倒産して貧困となったが、ポテンシャルが高く逆境をものともしない 優秀で数学が好き バイセクシャル 

成田 宗也(第4部の主人公)


高専生 たんぽぽ食堂の常連で勉強仲間 父親が失踪しているため母子家庭状態 


アイドルのような甘い顔立ちだが、父親に似ているため自分の顔が嫌い 真面目でやや不器用な性格

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