第12話 符丁神社のお仕事~お祓い事例~
文字数 2,475文字
次の日の朝8時半に神社に行った。
神社の奥、宮司さんの自宅のインターホンを押す。
玄関脇のプランターに、白と紫の見事なテッセンの花が咲いていた。蓬莱川に行く途中の道で、小関先輩から教えてもらった花。
「これはテッセン、オレンジ色の垂れ下がった花はノウゼンカズラ、あそこに咲いているのは?」
「ヒマワリ。ケイラ先輩に似ている」
「確かに。言われてみれば」
そんな会話をしたことを思い出していると、田中さんが出てきた。
前もって、神主さんは『宮司 』、神主さんのお母さんは『田中さん』と呼んでねと申し渡されていた。
「おはようございます」
「おはよう高山さん、まずは8時50分まで榊の木の水やりとその周りの掃除をしていただけるかしら」
葉っぱが光沢のある榊の木に、駐車場の端に群れて咲くのは赤と白の彼岸花。
園芸部に入ってから、世界中に名前が溢れていることがわかって楽しい。
掃き掃除をして境内に戻る。
「高山さん、中に入って」
家に上がり、手を洗いうがいをしてから六畳の居間に通された。
日当たりがよく掃除が行き届いた和室で、白衣に緋袴 の巫女装束 に着替える。
マジックテープで私でも簡単に装着できる作りの着物だった。田中さんは、
「やっぱりね、思った通り似合うわ。モデルさんみたい。素敵。これで神事にも箔 がつくってものよ」
何度も褒めてくれるので少し恥ずかしくなった。
「うちの秀一さん、お祓いの腕はピカイチなんだけど、見た目がちょっとアレでしょ? 口も悪いけど気にしないでね。内面は優しくていい子なの。ちょっとここで待っていて。秀一さん呼んでくる」
私としては、小関先輩や宮司さんのように、ずけずけ言ってくれる方が好き。
ケイラ先輩達やたんぽぽ食堂の人達とかも、気軽に話しかけてくれてとても嬉しい。
ここに来る前、教団以外では友達がいなくて、学校ではいつも腫れ物扱いだったから。
巫女姿で玄関で待っていると、遠くからドスドスドスと足音立てて宮司がやって来た。後ろから田中さんがパタパタと追いかけて、
「秀一さん、トマト食べてないじゃないの」
「食べたよ、うるさいなー」
平和なやりとり。
今日は9時半、10時、10時半、11時と4件お祓いの予約が入っているという。
私の仕事は、儀式の間、田中さんの合図で鈴や大幣 や榊をサッと宮司に渡すこと。その間、背筋を伸ばし立っているだけらしい。
最初に来たお客さんは、女の子の浪人生だった。
風合いの良いスーツを着た両親が心配そうに見守っている。受験でノイローゼになっていると聞こえた。
宮司が榊を祓うと、女の子はガクッと放心状態になって崩れた。
両親が駆け寄り、宮司が気取った風に「もう大丈夫ですよ」と。
……私は学芸会でも見ているような気分になったが、こうしている間も時給は発生している。気取って澄まして立っていた。
帰り際、3人は宮司に何度も頭を下げ、厚みのある封筒ときれいな紙袋を田中さんに渡していた。
次のお客さんは男子高校生。
この暑いさなかワンピースと同色のベージュ色のストールを巻き、大振りなシルバーのピアスが揺れる綺麗な母親が付き添ってきた。以下同様。
休憩時間に宮司は、
「夏休みだと受験生が多いんだよ。うち、医学部系の予備校とパイプあるし」
田中さんが、
「10時半のお客様、都合でキャンセルですって」
六畳の控え室で、宮司は葛餅 を冷たい麦茶を流し込みながら、
「今日一番お祓いしないとダメな人じゃん。邪魔が入ったな。だから駅前のホテルに前乗りしとけって言っておいたのにさー」
ふと私を見て、
「キミは四 の五 の言う前に勢いで連れて来られてよかったよね。誰かさんに人の助言に耳を貸せみたいなこと、言われていた?」
「はい。人の話をよく聞いてって言われていました……誰かに。誰だったかな」
それが誰だったか思い出そうとしたところ、田中さんがやって来た。
「最後のお客様、早めにお見えになっていますよ」
真面目そうな夫婦だった。長年不妊治療をしていると言った。
宮司は、榊を祓ったあと、しばし目をつむり、そして早口でまくし立てた。
「宗教戦争だよ、これ。お互いの実家が別々の宗教で争っている。双方の実家から渡された御札やお守り、置物なんかは全部捨ててください。そう、本や石も全部だよ。一見、関係なさそうなファンシーグッズもダメ。2人とも実家と縁切らないと授からないよ。授かったとしても、双方の宗教母体から運と能力をスポイルされちゃうから子どもが悲惨」
夫婦は一瞬顔を見合わせ、奥さんの方は心当たりがあるようで、視線を落とした。
旦那さんの方が腑 に落ちない表情で、「うちの実家は無宗教だ」と。
「旦那さんのご両親に接触して、勧誘している夫婦がいるはずだよ。占い暦や会報、パンフレットなんかを持ち込まれて結界ができている。あれー? 関連グループの投資セミナーなんかも勧められていない? 実家は汚染されているな。奥さんも旦那の親からなにかもらったものあるでしょ?」
「あ、これ、月とウサギの。ウサギは安産だからって」
奥さんが鞄についているキーホルダーを見せた。硝子細工のウサギと三日月が、細かくカッティングされてキラキラしている。
私にはなんの変哲も無いように見えるが。
「うわーっ、クリスタルギルド梯子の会の日焼けがべったり。商品リピートさせられるよ?」
宮司はいつもの邪険 な物言いになってしまっている。集中しているのかもしれない。
奥さんが上ずった声で、
「あ、あの、御札の処分は、お焚 き上げとかした方がいいでしょうか」
「そんな悠長なこと言ってないで、全部普通に分別してゴミの日に出しちゃえ」
旦那さんはは消化不良で機嫌の悪い顔のまま、妻は泣きそうな顔で帰って行った。
これで午前の仕事は終わり。
「宮司、午後の予定は」
「午後は仕事しないよ。キミみたいな飛び込みの客だけだよ。僕は有能だから仕事が早いんです! 今日のキミのバイトは終了。お腹空いたー」
控え室に戻った宮司は、座椅子に座り伸びをしたあとハッとして、
「あー、キミのお祓い忘れていた。戻って戻って」
また神殿に引き返した。
神社の奥、宮司さんの自宅のインターホンを押す。
玄関脇のプランターに、白と紫の見事なテッセンの花が咲いていた。蓬莱川に行く途中の道で、小関先輩から教えてもらった花。
「これはテッセン、オレンジ色の垂れ下がった花はノウゼンカズラ、あそこに咲いているのは?」
「ヒマワリ。ケイラ先輩に似ている」
「確かに。言われてみれば」
そんな会話をしたことを思い出していると、田中さんが出てきた。
前もって、神主さんは『
「おはようございます」
「おはよう高山さん、まずは8時50分まで榊の木の水やりとその周りの掃除をしていただけるかしら」
葉っぱが光沢のある榊の木に、駐車場の端に群れて咲くのは赤と白の彼岸花。
園芸部に入ってから、世界中に名前が溢れていることがわかって楽しい。
掃き掃除をして境内に戻る。
「高山さん、中に入って」
家に上がり、手を洗いうがいをしてから六畳の居間に通された。
日当たりがよく掃除が行き届いた和室で、白衣に
マジックテープで私でも簡単に装着できる作りの着物だった。田中さんは、
「やっぱりね、思った通り似合うわ。モデルさんみたい。素敵。これで神事にも
何度も褒めてくれるので少し恥ずかしくなった。
「うちの秀一さん、お祓いの腕はピカイチなんだけど、見た目がちょっとアレでしょ? 口も悪いけど気にしないでね。内面は優しくていい子なの。ちょっとここで待っていて。秀一さん呼んでくる」
私としては、小関先輩や宮司さんのように、ずけずけ言ってくれる方が好き。
ケイラ先輩達やたんぽぽ食堂の人達とかも、気軽に話しかけてくれてとても嬉しい。
ここに来る前、教団以外では友達がいなくて、学校ではいつも腫れ物扱いだったから。
巫女姿で玄関で待っていると、遠くからドスドスドスと足音立てて宮司がやって来た。後ろから田中さんがパタパタと追いかけて、
「秀一さん、トマト食べてないじゃないの」
「食べたよ、うるさいなー」
平和なやりとり。
今日は9時半、10時、10時半、11時と4件お祓いの予約が入っているという。
私の仕事は、儀式の間、田中さんの合図で鈴や
最初に来たお客さんは、女の子の浪人生だった。
風合いの良いスーツを着た両親が心配そうに見守っている。受験でノイローゼになっていると聞こえた。
宮司が榊を祓うと、女の子はガクッと放心状態になって崩れた。
両親が駆け寄り、宮司が気取った風に「もう大丈夫ですよ」と。
……私は学芸会でも見ているような気分になったが、こうしている間も時給は発生している。気取って澄まして立っていた。
帰り際、3人は宮司に何度も頭を下げ、厚みのある封筒ときれいな紙袋を田中さんに渡していた。
次のお客さんは男子高校生。
この暑いさなかワンピースと同色のベージュ色のストールを巻き、大振りなシルバーのピアスが揺れる綺麗な母親が付き添ってきた。以下同様。
休憩時間に宮司は、
「夏休みだと受験生が多いんだよ。うち、医学部系の予備校とパイプあるし」
田中さんが、
「10時半のお客様、都合でキャンセルですって」
六畳の控え室で、宮司は
「今日一番お祓いしないとダメな人じゃん。邪魔が入ったな。だから駅前のホテルに前乗りしとけって言っておいたのにさー」
ふと私を見て、
「キミは
「はい。人の話をよく聞いてって言われていました……誰かに。誰だったかな」
それが誰だったか思い出そうとしたところ、田中さんがやって来た。
「最後のお客様、早めにお見えになっていますよ」
真面目そうな夫婦だった。長年不妊治療をしていると言った。
宮司は、榊を祓ったあと、しばし目をつむり、そして早口でまくし立てた。
「宗教戦争だよ、これ。お互いの実家が別々の宗教で争っている。双方の実家から渡された御札やお守り、置物なんかは全部捨ててください。そう、本や石も全部だよ。一見、関係なさそうなファンシーグッズもダメ。2人とも実家と縁切らないと授からないよ。授かったとしても、双方の宗教母体から運と能力をスポイルされちゃうから子どもが悲惨」
夫婦は一瞬顔を見合わせ、奥さんの方は心当たりがあるようで、視線を落とした。
旦那さんの方が
「旦那さんのご両親に接触して、勧誘している夫婦がいるはずだよ。占い暦や会報、パンフレットなんかを持ち込まれて結界ができている。あれー? 関連グループの投資セミナーなんかも勧められていない? 実家は汚染されているな。奥さんも旦那の親からなにかもらったものあるでしょ?」
「あ、これ、月とウサギの。ウサギは安産だからって」
奥さんが鞄についているキーホルダーを見せた。硝子細工のウサギと三日月が、細かくカッティングされてキラキラしている。
私にはなんの変哲も無いように見えるが。
「うわーっ、クリスタルギルド梯子の会の日焼けがべったり。商品リピートさせられるよ?」
宮司はいつもの
奥さんが上ずった声で、
「あ、あの、御札の処分は、お
「そんな悠長なこと言ってないで、全部普通に分別してゴミの日に出しちゃえ」
旦那さんはは消化不良で機嫌の悪い顔のまま、妻は泣きそうな顔で帰って行った。
これで午前の仕事は終わり。
「宮司、午後の予定は」
「午後は仕事しないよ。キミみたいな飛び込みの客だけだよ。僕は有能だから仕事が早いんです! 今日のキミのバイトは終了。お腹空いたー」
控え室に戻った宮司は、座椅子に座り伸びをしたあとハッとして、
「あー、キミのお祓い忘れていた。戻って戻って」
また神殿に引き返した。