第26話 先輩のやりたいこと工程表②~初めてのお泊まり~
文字数 3,033文字
仕事中の母親にラインした。
「今日、友達の家に泊まる」
「クリスマス会? お母さんも今日忘年会。明日はあんまり遅くならないようにね」
母親は、まさか男の子の家とは予想していないのだろう。
家に戻ってから、言われた通りに下着と歯ブラシと洗顔料と、部活で松岡君が試作した小さい容器に入った化粧水とクリームも鞄に入れた。
先週バイト代で、新年用の下着を買っておいてよかった。パジャマは先輩が用意してくれると言っていた。
すっかり日は沈み、外灯の下を白い息を吐きながらゆっくり歩く。
往来の車のライト。学生の自転車。コンビニ袋を下げた作業着のおじさん達。
いつもの景色なのに不思議な気分。
好きな人に自分を変えてもらいに行く、不安とスリルめいたもの。好きな人と共犯関係のような……
恋愛にかまけている私は、心の中のメモリーが先輩で一杯になってしまい、信仰していた頃の記憶がフラッシュバックしないで済んでいるのかもしれない。
自分の体と感情を、自分で思う存分好きなように乗りこなしている楽しさ。
恐る恐るインターホンを押すと、すぐにドアが開いて、
「あーよかった、戻ってきてくれなかったらどうしようと思っていた」
安堵した笑顔の先輩。
一緒にテレビを見ながら、先輩が作った鍋を食べた。
「適当だけど」と言いながら取り分けてくれたのは、白菜とネギとサバ缶の鍋だった。
「すごく美味しい。先輩って器用だ。なんでもできる」
「こんなの誰でも作れるよ。みんなスーパーヤオシンで買ったんだ、あそこ安くていいよな」
「ヤオシンの店長さん、たんぽぽ食堂の常連さんだよね」
「吉本さんだろ? 昨日さ、向こうから声かけてくれて挨拶したよ」
たわいもない話をしてから、先輩が「シメはうどん」と、冷凍うどんと卵を投入した。
「先輩っていろんなこと知っているね」
「こんなのよくある鍋だよ」
お腹がいっぱいになったところで、先輩はデザートにアイスを出してくれた。
キャラメルとナッツが入っていて、
「先輩、このアイス高価なんじゃない?」
と聞くと、
「これもヤオシンのアイスだよ、真奈はなんでも感激してくれるから嬉しいな。自分が有能なのかと勘違いできるよ」
と言った。続けて、
「アイスと一緒にゴムも買ったから。準備は万全だから安心してくれ」
ゴム?
なんのことだろうと首をかしげると、先輩は笑いながら、
「コンドームだよ。真奈はそういうことにホント疎いよな、外見は大人っぽいのに」
「先輩って無神経だ」
ちょっと待って。
「それ買ったとき、店長さんに見つからなかった?」
「ああ、カゴの中のゴム見て『ガンバレ』って言ってくれた」
先輩は右手で握りこぶしを作った。いかにも店長さんがしそうなポーズだ。
「そ、それで先輩は、なんて返したの?」
「おう! って」
今度、どんな顔して食堂に行けばいいの?
お風呂が沸いて、先に先輩に入ってもらった。
私はその間、近くにあった義肢装具学科のパンフレットを見ていた。
ああ、確かに……それぞれの人に合った装具を作るなんて精密で根気のいる作業、器用じゃないとできないな。先輩に合っているかも。
「真奈も入れよ」
先輩はすぐに出てきて、私にバスタオルとグレイのスウェットの上下を渡してくれた。
先輩の前髪が濡れていて、いつもと雰囲気が違ってドキッとする。
湯船に入っていた入浴剤は、文化祭のとき先輩に渡したローズマリーの香りだった。
「あー、ブカブカで可愛いな」
先輩のスウェットはさすがに大きかった。
それにしても先輩は二人きりのとき “可愛い” を連発するので、照れくさくてどう反応していいのかわからなくなる。
夜の9時。肩を抱かれ先輩の部屋に入った。
先輩は口数が少なくなって、そして灯りを小さくした。
先輩はベッドの上で私を抱きしめると、髪や頬や首にキスした。
やっぱり先輩は器用だ。
私は身を固くしていたけど、すぐにのぼせたようになっていった。
「先輩、好き」
「俺もだよ」
スウェットとTシャツを脱がされてしまい、先輩もいつの間にかトランクスだけになっていた。
恥ずかしいけれど、肌を合わせるととても気持ちがいい。
先輩はお願い通りに、私の胸を慎重に優しく触れてくれているのだけれど、それが焦らされている感覚になって私はだんだん熱くなってしまう。
少しして先輩が下着の中に指を差し込んできたとき、
「あっ、そこはだめなの」
ビクッとして声をあげてしまった。
先輩は小声で、
「さっき、隣の人帰って来たから声出さないで」
それから
「もう観念しなさい」
と下着を抜き取り、足を少し広げたのだ。
恥ずかしいところも全部見られて触られて、もう取り返しがつかない。
催眠術にかけられたみたい、私どうかしている。
こんな無防備な姿をさらけ出して、先輩の言いなりになってしまっているなんて。
「ここを触ったことはある?」
私は思いっきり首を左右に振った。
指でそんな風に触らないで。痺れてくる。
「気持ちいい?」
「先輩、おかしくなっちゃうからやめて」
小さい声で囁き、私は枕をギュッと掴んだ。
それから私は全身に電流が走り、背筋と足が突っ張って力尽きた。
いったい自分の体になにが起きたのかわからなかった。
壁に向かって背を丸め、息づかいを荒くしている私を見た先輩は、
「イったの? イクときはイクって言って」
「……先輩のバカ……声出すなって言ったり、出せって言ったり……」
それから先輩はトランクスを脱ぐと背中を丸めてゴソゴソして、あ、ゴムをつけているのかと気がついたと同時に私にまたがり、先を当てると少しずつ押し込んできた。
「ここだよね」
「わかんない、痛い……」
「痛い? ちょっとだけ我慢して」
「大きいよ……」
「まだあんまり濡れてなかったかな」
「う……無理かも」
「もうちょっとだから我慢な」
先輩は全然やめてくれない。嘘つき。
先輩の顔を見ると、目が真剣で必死の形相。
なぜかそのとき、杖術の試合をフッと思い出した。
試合の相手がいつもこんな表情だった。
私の対戦相手ははるか年上でも、こんな顔をして向かってきた。相手が必死になればなるほど私は高揚してきて、反面、頭は冷静になって相手の動きの先が読めたのだった。
先輩のそんな臨戦態勢を間近で見たらゾクゾクして私は濡れてきて、痛みは消えた。
先輩が私の中に入ったのを見て、なんだ、セックスって思っていたよりあっけないものなんだと思った。
「ギリ17歳で童貞卒業できた」
先輩はティッシュペーパーで後始末しながら言った。
私は下に敷いていたバスタオルに、微かに付いた血が気になって、
「ごめん、汚しちゃった」
と言うと先輩は、
「気にすんな、今日の記念にとっておこうかな」
なんて言ったので、私は慌ててスウェットを着て洗面所で水洗いをした。
先輩が後から来て、
「そんなことしなくていいって」
と、バスタオルを洗濯機に放り投げると、私の後ろから手を回して抱きつき、
「真奈の胸のほくろとか、俺しか知らないんだな。あのときの顔とか。もう真奈は俺のだから。絶対浮気なんかするなよ」
「こんなこと他の人とできないよ。先輩も浮気しちゃダメだよ」
「どうかな、福祉医療学部は女が多いんだよなー、俺モテちゃうかもなー」
「また先輩いじわるだ」
ちょっと間を置いて、先輩は真顔になると、
「俺、真奈のことずっと守るから」
セリフのような硬い口調。
多分これは用意してあったセリフかもしれない。
「うん」と言いながら心の中で、私も先輩のこと守ってあげる、と思った。
「今日、友達の家に泊まる」
「クリスマス会? お母さんも今日忘年会。明日はあんまり遅くならないようにね」
母親は、まさか男の子の家とは予想していないのだろう。
家に戻ってから、言われた通りに下着と歯ブラシと洗顔料と、部活で松岡君が試作した小さい容器に入った化粧水とクリームも鞄に入れた。
先週バイト代で、新年用の下着を買っておいてよかった。パジャマは先輩が用意してくれると言っていた。
すっかり日は沈み、外灯の下を白い息を吐きながらゆっくり歩く。
往来の車のライト。学生の自転車。コンビニ袋を下げた作業着のおじさん達。
いつもの景色なのに不思議な気分。
好きな人に自分を変えてもらいに行く、不安とスリルめいたもの。好きな人と共犯関係のような……
恋愛にかまけている私は、心の中のメモリーが先輩で一杯になってしまい、信仰していた頃の記憶がフラッシュバックしないで済んでいるのかもしれない。
自分の体と感情を、自分で思う存分好きなように乗りこなしている楽しさ。
恐る恐るインターホンを押すと、すぐにドアが開いて、
「あーよかった、戻ってきてくれなかったらどうしようと思っていた」
安堵した笑顔の先輩。
一緒にテレビを見ながら、先輩が作った鍋を食べた。
「適当だけど」と言いながら取り分けてくれたのは、白菜とネギとサバ缶の鍋だった。
「すごく美味しい。先輩って器用だ。なんでもできる」
「こんなの誰でも作れるよ。みんなスーパーヤオシンで買ったんだ、あそこ安くていいよな」
「ヤオシンの店長さん、たんぽぽ食堂の常連さんだよね」
「吉本さんだろ? 昨日さ、向こうから声かけてくれて挨拶したよ」
たわいもない話をしてから、先輩が「シメはうどん」と、冷凍うどんと卵を投入した。
「先輩っていろんなこと知っているね」
「こんなのよくある鍋だよ」
お腹がいっぱいになったところで、先輩はデザートにアイスを出してくれた。
キャラメルとナッツが入っていて、
「先輩、このアイス高価なんじゃない?」
と聞くと、
「これもヤオシンのアイスだよ、真奈はなんでも感激してくれるから嬉しいな。自分が有能なのかと勘違いできるよ」
と言った。続けて、
「アイスと一緒にゴムも買ったから。準備は万全だから安心してくれ」
ゴム?
なんのことだろうと首をかしげると、先輩は笑いながら、
「コンドームだよ。真奈はそういうことにホント疎いよな、外見は大人っぽいのに」
「先輩って無神経だ」
ちょっと待って。
「それ買ったとき、店長さんに見つからなかった?」
「ああ、カゴの中のゴム見て『ガンバレ』って言ってくれた」
先輩は右手で握りこぶしを作った。いかにも店長さんがしそうなポーズだ。
「そ、それで先輩は、なんて返したの?」
「おう! って」
今度、どんな顔して食堂に行けばいいの?
お風呂が沸いて、先に先輩に入ってもらった。
私はその間、近くにあった義肢装具学科のパンフレットを見ていた。
ああ、確かに……それぞれの人に合った装具を作るなんて精密で根気のいる作業、器用じゃないとできないな。先輩に合っているかも。
「真奈も入れよ」
先輩はすぐに出てきて、私にバスタオルとグレイのスウェットの上下を渡してくれた。
先輩の前髪が濡れていて、いつもと雰囲気が違ってドキッとする。
湯船に入っていた入浴剤は、文化祭のとき先輩に渡したローズマリーの香りだった。
「あー、ブカブカで可愛いな」
先輩のスウェットはさすがに大きかった。
それにしても先輩は二人きりのとき “可愛い” を連発するので、照れくさくてどう反応していいのかわからなくなる。
夜の9時。肩を抱かれ先輩の部屋に入った。
先輩は口数が少なくなって、そして灯りを小さくした。
先輩はベッドの上で私を抱きしめると、髪や頬や首にキスした。
やっぱり先輩は器用だ。
私は身を固くしていたけど、すぐにのぼせたようになっていった。
「先輩、好き」
「俺もだよ」
スウェットとTシャツを脱がされてしまい、先輩もいつの間にかトランクスだけになっていた。
恥ずかしいけれど、肌を合わせるととても気持ちがいい。
先輩はお願い通りに、私の胸を慎重に優しく触れてくれているのだけれど、それが焦らされている感覚になって私はだんだん熱くなってしまう。
少しして先輩が下着の中に指を差し込んできたとき、
「あっ、そこはだめなの」
ビクッとして声をあげてしまった。
先輩は小声で、
「さっき、隣の人帰って来たから声出さないで」
それから
「もう観念しなさい」
と下着を抜き取り、足を少し広げたのだ。
恥ずかしいところも全部見られて触られて、もう取り返しがつかない。
催眠術にかけられたみたい、私どうかしている。
こんな無防備な姿をさらけ出して、先輩の言いなりになってしまっているなんて。
「ここを触ったことはある?」
私は思いっきり首を左右に振った。
指でそんな風に触らないで。痺れてくる。
「気持ちいい?」
「先輩、おかしくなっちゃうからやめて」
小さい声で囁き、私は枕をギュッと掴んだ。
それから私は全身に電流が走り、背筋と足が突っ張って力尽きた。
いったい自分の体になにが起きたのかわからなかった。
壁に向かって背を丸め、息づかいを荒くしている私を見た先輩は、
「イったの? イクときはイクって言って」
「……先輩のバカ……声出すなって言ったり、出せって言ったり……」
それから先輩はトランクスを脱ぐと背中を丸めてゴソゴソして、あ、ゴムをつけているのかと気がついたと同時に私にまたがり、先を当てると少しずつ押し込んできた。
「ここだよね」
「わかんない、痛い……」
「痛い? ちょっとだけ我慢して」
「大きいよ……」
「まだあんまり濡れてなかったかな」
「う……無理かも」
「もうちょっとだから我慢な」
先輩は全然やめてくれない。嘘つき。
先輩の顔を見ると、目が真剣で必死の形相。
なぜかそのとき、杖術の試合をフッと思い出した。
試合の相手がいつもこんな表情だった。
私の対戦相手ははるか年上でも、こんな顔をして向かってきた。相手が必死になればなるほど私は高揚してきて、反面、頭は冷静になって相手の動きの先が読めたのだった。
先輩のそんな臨戦態勢を間近で見たらゾクゾクして私は濡れてきて、痛みは消えた。
先輩が私の中に入ったのを見て、なんだ、セックスって思っていたよりあっけないものなんだと思った。
「ギリ17歳で童貞卒業できた」
先輩はティッシュペーパーで後始末しながら言った。
私は下に敷いていたバスタオルに、微かに付いた血が気になって、
「ごめん、汚しちゃった」
と言うと先輩は、
「気にすんな、今日の記念にとっておこうかな」
なんて言ったので、私は慌ててスウェットを着て洗面所で水洗いをした。
先輩が後から来て、
「そんなことしなくていいって」
と、バスタオルを洗濯機に放り投げると、私の後ろから手を回して抱きつき、
「真奈の胸のほくろとか、俺しか知らないんだな。あのときの顔とか。もう真奈は俺のだから。絶対浮気なんかするなよ」
「こんなこと他の人とできないよ。先輩も浮気しちゃダメだよ」
「どうかな、福祉医療学部は女が多いんだよなー、俺モテちゃうかもなー」
「また先輩いじわるだ」
ちょっと間を置いて、先輩は真顔になると、
「俺、真奈のことずっと守るから」
セリフのような硬い口調。
多分これは用意してあったセリフかもしれない。
「うん」と言いながら心の中で、私も先輩のこと守ってあげる、と思った。