第6話 県立泉水中央高校園芸部②~ローズマリー~

文字数 1,187文字

 次の日の放課後、授業が終わるや否や私は3年2組の教室に走って行った。

 掃除当番でなくてよかった。教室の入口から中を覗く。ウロウロしている私に気づいて、小関部長が松葉杖をついて出てきた。
慌てた様子で、
「高山さんだよね。どうしたの? やっぱり入部をやめるとか?」
「いえ入部の意志は固いです。畑までお供します。荷物持ちをさせてください」
「あ、いいよ大丈夫、リュックだし。慣れているのでお気遣いなく。……ありがとね」
 部長はびっくり顔で言い、語尾は独り言のようにささやいた。

「これから部長にはお世話になりますから」
「でも俺、3年だから夏休み前で引退だよ」
「あ……」
「天然ちゃんなの?」
「あ、それ、言われたことあります」
「なんか調子狂うなあ」
 廊下で他の生徒が私達を見ている。
「……もしかしてご迷惑でしたか?」
「いや、そんなことは無いよ。2年の青木と深田なんて先輩を先輩とも思わないんだから」

 階段で私は部長から松葉杖とリュックを受け取った。部長は手摺(てす)りにつかまり、階段を一段ずつ片足でゆっくり下りながら、
「今日は畑と花壇の雑草抜きをするよ。汚れるから体操着に着替えてからおいでよ」
「はい」

 私は階段を降りてから松葉杖とリュックを部長に渡すと、狭い職員用靴箱の前でスカートの下にジャージをはき、背中を向けてブラウスを脱いだ。
「ちょ、ちょっと! こんな所で着替えないで」
 私はタンクトップ姿で体操着をかぶりながら、
「部長をお待たせする訳にはいきませんから」
「人前で着替え禁止! 部長命令だよ。まったく、とんだ天然ちゃんが入ってきたもんだ」
 スカートを脱ぐ間も、部長は見ないように顔を背けて小声でブツクサ言った。

 部長は私にお節介されるのを防ぐためなのか、放課後になると急いで畑に向かうようになった。私は走って3年2組の教室に行き、
「小関部長はいますか?」
とクラスの人に尋ね、「小関の弟子」「ストーカー」「妹いや、弟」と呼ばれるようになった。
「いいなぁ、小関なつかれて」そして、「小関のどこがいいの?」
と聞かれたので考えてみたが、自分でもわからなかった。

 教室にいないとなると私はまた廊下を走って部長を探した。
松葉杖の部長には簡単に追いつき、そして部長は体操着で走ってくる私を見て呆れ顔で言った。
「高山ってどう見ても体育会系だよな」


 気温が上がってくると、毎朝、少ない部員で交代して野菜や花に水やりをした。
もちろん怪我している部長は免除で、その分は私が志願して替わりに行った。
梯子の会のお勤めの名残で、朝は5時には目が覚めてしまうのだ。昨夜の勉強の見直しをしてから学校に行き、用務員さんに挨拶をする。
「おはようございます」
「おはよう、今日も早いね」
 畑の野菜と先生のハーブに水をあげてから、ローズマリーの葉を指にこすりつけ鼻に近づける。頭が冴える香り。
 この毎日がずっと続きますように。

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登場人物紹介

高山 真奈


カルト宗教『原理神州鍵宮梯子の会』と信者の父親から、母親と二人で逃亡。中学3年生の夏休みに泉水市へ移り住んだ。美少女だが極力目立たないよう、男の子っぽく装っている。

高山 悟


高山真奈の父親。真奈を梯子の会に入れ、洗脳していた。偏執症。

小関 順


園芸部の部長。気さくな性格。父子家庭。

石川 ケイラ


園芸部の先輩。パキスタン人と日本人のハーフ。

田中 秀一


符丁神社の宮司。無邪気で明るく子どもっぽいが、お祓いスキルは抜群。霊能力者。独身。

中原 美弥


真奈の友達。ナツメグオタ。レンコン信者。

大山 仁市


真奈の母親が頼りにしている民生委員。

村瀬 芽依


泉工医大理工学部の学生 たんぽぽ食堂で学習補助をしている。

二宮 治子


たんぽぽ食堂のオーナー。資産家。

天宮 開(第3部の主人公)


女子中学生 たんぽぽ食堂の常連で勉強仲間 父親が経営していた会社が倒産して貧困となったが、ポテンシャルが高く逆境をものともしない 優秀で数学が好き バイセクシャル 

成田 宗也(第4部の主人公)


高専生 たんぽぽ食堂の常連で勉強仲間 父親が失踪しているため母子家庭状態 


アイドルのような甘い顔立ちだが、父親に似ているため自分の顔が嫌い 真面目でやや不器用な性格

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