第24話 男性恐怖症? 大丈夫、俺に任せて
文字数 2,943文字
翌週の土曜日の午後、また先輩とデートした。
前回と同じコース。たんぽぽ食堂でお昼ご飯を食べた。その日は大家さんだけがいた。
「あら僕ちゃん、いつお父さん連れてくるのよ。待っているのに」
「あー、今、年末で忙しいみたいで」
大家さんにはいわゆる社交辞令というものは通用しないようだ。
私も社交辞令かそうでないかを見分けるのは苦手だが。
この日のメニューは、手羽元と大根の中華風煮、ニンジンとツナのサラダ、山芋の漬け物、ベーコンと冬野菜のシチュー。
「出来たてって感動するよな」
「温まるね。先輩は普段はどんな料理を作っているの?」
「ご飯だけ炊いて、納豆や卵、商店街の精肉店や魚屋の惣菜で間に合わせることが多いかな。土日は鍋だし。水曜日はノー残業デーでオヤジが買ってくるんだけど、だいたい焼き鳥と刺身。ワンパターン。面倒くさいときは弁当だな」
大家さんが口を挟んだ。
「じゃあ、夕飯ここに食べにくればいいのに」
「それもそうだな……オヤジに言っとくよ」
先輩はすごいな。もう大家さんにタメ口だ。
シチューで温まったところで種原山に散策に出発。
今日は天気がよく暖かい。なんとなく、先輩の顔から険 がとれている。
「高山の誕生日っていつ?」
「私は10月6日。先輩は?」
「俺は12月22日」
「もうすぐだね」
前回勇気を出して手を握ったら「ちょこざいな」と言われてしまったので、もう自分からはアクションを起こさないと決めていた。
5分くらい他愛ない会話しながら歩いたところで、先輩は左腕を私につきだした。
「あーもうじれったいな、早く腕組んで」
私は恐る恐る先輩の腕に右手を絡める。
すると、「もっとくっついて」
このまま先輩のペースに乗せられたら進捗が早まってしまいそう。
先輩は受験が終わった開放感からハイになっているのか、或いは17歳のうちにある程度経験しておきたいのか。
村瀬さんが先日言っていた。
「男の子ってけっこう自惚れやさんでバカよ」
ケイラ先輩も同じようなこと言っていたっけ。
「あそこで少し休もうか」
見ると川に近くに古い東屋 があった。
今日に限ってハイキングの人にあまり会わない。
古い木造の椅子に座ると、先輩はすぐ隣に座り、私の肩に手を回してきた。
ためらいがない、積極的だ。
確かに部活の時も、仕切っているときが一番楽しそうだった。自分がリードする方が好きなのかもしれない。
これは、多分、キスをするような流れだ。先輩の瞳がまた熱っぽくなっているもの。
私は慌てた。
「あの、ですね、話しておきたいことが」
顔を近づけてくる先輩から逃れるように言うと、
「なに?」
こんなこと言ったら、きっと雰囲気ぶち壊しだ。
重くて面倒くさい女の子だと思われるだろうな。初恋が成就した途端壊れちゃうのかな。なんだか悲しくなってきた。
「どうしたの、なんで涙目」
「私、男性恐怖症で」
「ああ、オーキャンのときも言っていたね」
「……父親のDVで逃げてきたと言ったけど、込み入った経緯があって」
そのとき先輩は、パッと体を離した。
「もしかして……父親からセクハラっていうか乱暴されたの?」
「あ! 違う、そういうことはされていない。私、あの、しょ、処女だし……」
私は下を向いた。
絶対これだけは言っておけという、村瀬さんのアドバイスを早い内にクリアできた。
「その経緯、聞かせてもらえる? 嫌かな?」
先輩はあからさまにホッとした表情を浮かべていた。
「あのね、梯子の会っていう宗教団体聞いたことある? 父親はその熱狂的な信者で、幹部理事に気に入られようとして、あの、中2のときなんだけど、関係の無い私を無理矢理、なんて言ったらいいのかな、理事への、い、生け贄? 貢ぎ物? 相手をさせようとして、その」
12月の寒空の下なのに変な汗が出てきた。
「わかった、わかったから高山、だいたいのニュアンスは伝わった。それで逃げられたのか?」
「宗教団体の研修施設に連れて行かれたから逃げられないよ。思わず床の間に飾ってあった棒を掴んで、防御して」
「え? そんなことして大丈夫なのか?」
私は首を振りながら、
「大丈夫じゃない。そのあとその棒を引ったくられて背中を滅多打ちされた。父親からもビンタされて。あのとき殺されるって思った」
すると先輩は両手を私の肩に回して引き寄せ、私をそっと抱きしめた。
「おまえ、ひどい目にあってきたんだな。何故かいつもおまえの背中が気になっていたんだ。寂しそうでさ」
そう言いながら私の背中をさすったのだ。
「そんな目にあったんじゃ、男が怖くなるよな……大丈夫、俺に任せて。俺のことは怖くないだろ?」
「うん」
「例えば、特になにが怖い?」
「えっと、理事から胸をつねられて、それで痛みと驚きで反撃しちゃって、だから、胸を触るときは気をつけて欲しい」
あ、違う、間違った……!
私、触ってもいい前提で話をしちゃっている!!
「わかった。俺に任せておまえは安心していろよ。あー、どうしてもおまえって言っちゃうな。今から真奈って呼ぶわ。真奈はもう怖がらなくていいから」
先輩ってどうしてこんなに自信たっぷりなんだろう。
「もしかして先輩って経験あるの?」
先輩は笑って「無いよ! 無いけどさ、任せとけ」そして、
「真奈も順って呼べよ」
「順、君?」
「なに、真奈」先輩はささやきながら再び顔を近づけてきた。
「こら-、トーマ君ってば待ちなさーい」
「キャッキャ」
「ほら転んだ!」
「ウワーン」
親子連れはしばらくの間、川のほとりできれいな石を探してうろついた。
私は少しホッとして、先輩は苦笑しながらガックリしていた。
それでも先輩は毎回少しずつでもいいから進展したかったとみえる。
別れ際に、私の前髪を指でそっと寄せて、おでこにキスした。
「これくらいなら平気だろ?」
「……少しびっくりした」
私は先輩の指がおでこに触れたとき、ビクッとして体が強張った。
そんな私の反応を見て、先輩は嬉しそうだった。
カミングアウトした結果、先輩は面倒くさい私に失望することなく、むしろ満足そうに帰って行ったのだ。
村瀬さんの読み通りだった。
村瀬さんに恋愛相談をした次の日、
「昨日の夜考えたんだけど、全部を正直に話す必要は無いと思うの。ややこしくなるから。少し話を省略していい感じにまとめた方がいいと思うの。例えば、高山さんは信仰とはまったくの無関係ってことにして、信仰している父親に無理矢理、理事と性交渉するように強要され抵抗したら暴力を振るわれたことにしたらどう? 嘘をつくと辻褄 が合わなくなるから、細かいことはしゃべらなければいいのよ」
「それからね、 ”原理神州鍵宮” とは言わないで、 ”梯子の会” とだけ言った方がいいかも。宗教と政治思想とスピリチュアルが合体したみたいで強烈な名前だから」
村瀬さんは真剣に考えていてくれたのだ。そして続けて、
「マジカル・カンファレンスっていうアニメ知っている? 主人公のシナモンが男性恐怖症でね、コウジっていう男の子がそこに興味持ってアプローチするの。『俺がリハビリしてやろーか』とか言って。彼氏、大人しそうなタイプじゃないもんね。男性恐怖症ってカミングアウトしたら、自分が好きなようにリードできるし、かえって高山さんに興味持つんじゃないかな」
前回と同じコース。たんぽぽ食堂でお昼ご飯を食べた。その日は大家さんだけがいた。
「あら僕ちゃん、いつお父さん連れてくるのよ。待っているのに」
「あー、今、年末で忙しいみたいで」
大家さんにはいわゆる社交辞令というものは通用しないようだ。
私も社交辞令かそうでないかを見分けるのは苦手だが。
この日のメニューは、手羽元と大根の中華風煮、ニンジンとツナのサラダ、山芋の漬け物、ベーコンと冬野菜のシチュー。
「出来たてって感動するよな」
「温まるね。先輩は普段はどんな料理を作っているの?」
「ご飯だけ炊いて、納豆や卵、商店街の精肉店や魚屋の惣菜で間に合わせることが多いかな。土日は鍋だし。水曜日はノー残業デーでオヤジが買ってくるんだけど、だいたい焼き鳥と刺身。ワンパターン。面倒くさいときは弁当だな」
大家さんが口を挟んだ。
「じゃあ、夕飯ここに食べにくればいいのに」
「それもそうだな……オヤジに言っとくよ」
先輩はすごいな。もう大家さんにタメ口だ。
シチューで温まったところで種原山に散策に出発。
今日は天気がよく暖かい。なんとなく、先輩の顔から
「高山の誕生日っていつ?」
「私は10月6日。先輩は?」
「俺は12月22日」
「もうすぐだね」
前回勇気を出して手を握ったら「ちょこざいな」と言われてしまったので、もう自分からはアクションを起こさないと決めていた。
5分くらい他愛ない会話しながら歩いたところで、先輩は左腕を私につきだした。
「あーもうじれったいな、早く腕組んで」
私は恐る恐る先輩の腕に右手を絡める。
すると、「もっとくっついて」
このまま先輩のペースに乗せられたら進捗が早まってしまいそう。
先輩は受験が終わった開放感からハイになっているのか、或いは17歳のうちにある程度経験しておきたいのか。
村瀬さんが先日言っていた。
「男の子ってけっこう自惚れやさんでバカよ」
ケイラ先輩も同じようなこと言っていたっけ。
「あそこで少し休もうか」
見ると川に近くに古い
今日に限ってハイキングの人にあまり会わない。
古い木造の椅子に座ると、先輩はすぐ隣に座り、私の肩に手を回してきた。
ためらいがない、積極的だ。
確かに部活の時も、仕切っているときが一番楽しそうだった。自分がリードする方が好きなのかもしれない。
これは、多分、キスをするような流れだ。先輩の瞳がまた熱っぽくなっているもの。
私は慌てた。
「あの、ですね、話しておきたいことが」
顔を近づけてくる先輩から逃れるように言うと、
「なに?」
こんなこと言ったら、きっと雰囲気ぶち壊しだ。
重くて面倒くさい女の子だと思われるだろうな。初恋が成就した途端壊れちゃうのかな。なんだか悲しくなってきた。
「どうしたの、なんで涙目」
「私、男性恐怖症で」
「ああ、オーキャンのときも言っていたね」
「……父親のDVで逃げてきたと言ったけど、込み入った経緯があって」
そのとき先輩は、パッと体を離した。
「もしかして……父親からセクハラっていうか乱暴されたの?」
「あ! 違う、そういうことはされていない。私、あの、しょ、処女だし……」
私は下を向いた。
絶対これだけは言っておけという、村瀬さんのアドバイスを早い内にクリアできた。
「その経緯、聞かせてもらえる? 嫌かな?」
先輩はあからさまにホッとした表情を浮かべていた。
「あのね、梯子の会っていう宗教団体聞いたことある? 父親はその熱狂的な信者で、幹部理事に気に入られようとして、あの、中2のときなんだけど、関係の無い私を無理矢理、なんて言ったらいいのかな、理事への、い、生け贄? 貢ぎ物? 相手をさせようとして、その」
12月の寒空の下なのに変な汗が出てきた。
「わかった、わかったから高山、だいたいのニュアンスは伝わった。それで逃げられたのか?」
「宗教団体の研修施設に連れて行かれたから逃げられないよ。思わず床の間に飾ってあった棒を掴んで、防御して」
「え? そんなことして大丈夫なのか?」
私は首を振りながら、
「大丈夫じゃない。そのあとその棒を引ったくられて背中を滅多打ちされた。父親からもビンタされて。あのとき殺されるって思った」
すると先輩は両手を私の肩に回して引き寄せ、私をそっと抱きしめた。
「おまえ、ひどい目にあってきたんだな。何故かいつもおまえの背中が気になっていたんだ。寂しそうでさ」
そう言いながら私の背中をさすったのだ。
「そんな目にあったんじゃ、男が怖くなるよな……大丈夫、俺に任せて。俺のことは怖くないだろ?」
「うん」
「例えば、特になにが怖い?」
「えっと、理事から胸をつねられて、それで痛みと驚きで反撃しちゃって、だから、胸を触るときは気をつけて欲しい」
あ、違う、間違った……!
私、触ってもいい前提で話をしちゃっている!!
「わかった。俺に任せておまえは安心していろよ。あー、どうしてもおまえって言っちゃうな。今から真奈って呼ぶわ。真奈はもう怖がらなくていいから」
先輩ってどうしてこんなに自信たっぷりなんだろう。
「もしかして先輩って経験あるの?」
先輩は笑って「無いよ! 無いけどさ、任せとけ」そして、
「真奈も順って呼べよ」
「順、君?」
「なに、真奈」先輩はささやきながら再び顔を近づけてきた。
「こら-、トーマ君ってば待ちなさーい」
「キャッキャ」
「ほら転んだ!」
「ウワーン」
親子連れはしばらくの間、川のほとりできれいな石を探してうろついた。
私は少しホッとして、先輩は苦笑しながらガックリしていた。
それでも先輩は毎回少しずつでもいいから進展したかったとみえる。
別れ際に、私の前髪を指でそっと寄せて、おでこにキスした。
「これくらいなら平気だろ?」
「……少しびっくりした」
私は先輩の指がおでこに触れたとき、ビクッとして体が強張った。
そんな私の反応を見て、先輩は嬉しそうだった。
カミングアウトした結果、先輩は面倒くさい私に失望することなく、むしろ満足そうに帰って行ったのだ。
村瀬さんの読み通りだった。
村瀬さんに恋愛相談をした次の日、
「昨日の夜考えたんだけど、全部を正直に話す必要は無いと思うの。ややこしくなるから。少し話を省略していい感じにまとめた方がいいと思うの。例えば、高山さんは信仰とはまったくの無関係ってことにして、信仰している父親に無理矢理、理事と性交渉するように強要され抵抗したら暴力を振るわれたことにしたらどう? 嘘をつくと
「それからね、 ”原理神州鍵宮” とは言わないで、 ”梯子の会” とだけ言った方がいいかも。宗教と政治思想とスピリチュアルが合体したみたいで強烈な名前だから」
村瀬さんは真剣に考えていてくれたのだ。そして続けて、
「マジカル・カンファレンスっていうアニメ知っている? 主人公のシナモンが男性恐怖症でね、コウジっていう男の子がそこに興味持ってアプローチするの。『俺がリハビリしてやろーか』とか言って。彼氏、大人しそうなタイプじゃないもんね。男性恐怖症ってカミングアウトしたら、自分が好きなようにリードできるし、かえって高山さんに興味持つんじゃないかな」